第115話 迫るリミット
サンダルフォン。上級天使の中でもさらに力を付け、神の座に近付きし最上級天使。その実力は他の天使をはるかに凌駕する。
思いもよらぬ天使の登場にミレイは全神経をサンダルフォンの動きに集中した。もし一瞬でも妙な動きをすればすぐさま攻撃できるように。
だが、そんな臨戦態勢のミレイに対してサンダルフォンは飄々とした態度のままだった。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれ。僕と君の仲だろう?」
『そんなに気安いものじゃ無かったと思うけど。あぁ、それともまた翼をもがれたい?』
「それは勘弁してくれ。この翼もやっと再生したばっかりなんだ」
『翼をもがれた天使は笑い者にされる、だったかしら? 笑い者にされたの?』
「あぁ、されたよ。そりゃもう酷かった。人族に負けた天使の面汚しだとか、堕天してしまえだとか、色々言われたさ。まぁ全員黙らせたけどな」
『そう。それなら翼をもいだ甲斐があったわ』
かつてとある出来事が原因でレイハとサンダルフォンは戦った。それは激しい戦いだったが、勝利したのはレイハだった。紙一重の勝利ではあったが、レイハはサンダルフォンの翼を斬り落とし、天界へと送り返したのだ。
「それにしても人間の成長は本当に早い。あの時の少女がまさかもうこんなに成長しているなんて。美しくなったね」
サンダルフォンの容姿は女性ならば誰もがときめいてしまうほどに美しい。神に愛されているとしか思えない造形だ。いや、神が作り出した存在なのだから当然と言えば当然なのだが。しかしミレイはそんな蕩けてしまいそうな笑みを向けられても顔色一つ変えない。
『あなたに褒められても嬉しくないわ。私の身も心も魂も、主様のモノだもの』
「こりゃ手厳しい。うーん、こうすると大抵の女性は機嫌良く話を聞いてくれるんだけどな」
『そういう見透かしたような態度が気に食わないって言ってるの。いい加減用件を話してくれるかしら? 私も暇じゃないの』
「そうだね。って言っても、たまたま知った気配を感じて降りてきただけなんだけど。ちょうど都合良く門が開いてたしね」
『じゃあ目的があるわけじゃないってこと?』
「強いて言うなら君に会うことかな。でも残念、君は本体じゃないんだね。本物の彼女は……ここからずっと離れた場所にいるみたいだ」
『……もし『私』がここに居たらどうするつもりだったの?』
「ははっ、そんなの決まってるじゃないか」
瞬間、サンダルフォンの身に纏う雰囲気が一変する。場の空気を塗り替えてしまうような、息の詰まるような圧迫感。
「あの時のお返しをするだけさ。あの時の屈辱は一秒だって忘れたことはないよ。そして僕は記憶力は良い方でね。この先も忘れることはないだろうね」
天使にとって翼をもがれるというのは耐えがたい屈辱だ。その原因であるレイハのことを忘れることなどできるわけがない。
「とはいえ、それは僕と彼女の問題さ。この場にいるならまだしも、わざわざ探しに行くほど僕も暇じゃ無い。今日のところはこれで帰るさ。君を叩き潰してもちょっとした憂さ晴らしにしかならないだろうしね」
『どうかしら? 今の私でも翼をもぐ程度ならできると思うけど』
ミレイとサンダルフォンの間にある実力差は明白だ。もしこの場で戦っても勝つことは不可能だろう。しかしそれでもただ負けるつもりは無かった。どんな手段を使ってでも一矢報いる。その覚悟がミレイにはあった。
「止めておいた方がいい。本体じゃない君でも、僕と本気で戦ったらこの学園がどうなるかわからない。それは君の望むところじゃないだろう? 彼を守るという意味でもね」
『…………』
サンダルフォンは奥の部屋を指さしながら言う。サンダルフォンのことには気付いていないのか、奥の部屋では賑やかな声が聞こえてくる。ハルマ達の食事の声だ。
ここまでの連戦で疲弊していたハルマ達にようやく与えられた休息。それを邪魔することはミレイの本意ではない。
『そうね。癪だけど、この場はあなたの言うことを受け入れてあげる』
「本当に君は僕の、いや、天使のことが嫌いなんだね。普通は天使に会えるなんて至上の喜びのはずなのに」
『私も……というか私の本体も、あなた達天使のそういう上から目線の見下したような態度が嫌いなの。喜んで当然だっていうその態度がね。何より神の関係者なんて歓迎できるわけがない。まぁ悪魔も似たような理由で嫌いだけど』
「こりゃ筋金入りだ。ま、僕も君のことは大っ嫌いだけどね。ところでそこの彼女だけど」
サンダルフォンの視線が眠っているフィオナに向く。
「君の気配を見つけてここに来たって言ったけど、本当はもう一つ理由があってね。それが彼女なんだ。半信半疑だったけど、ここまで来て確信した。彼女、面白いモノに憑かれてるね」
『……それで?』
「特に。それだけだよ。でも一緒にいることはオススメしないなぁ。どんなことになっても知らないよ? あぁ、なんだったらここで僕が彼女に祝福を与えてもいいけど」
『触らないで。別にこの子の命なんてどうでもいいけど、この子は主様に任された子なの。もし何かするなら……』
「わかった。わかったよ。別にこれは僕の管轄じゃないしね。もし必要になったらその時はその時だ。別の天使がやるだろうさ。それじゃあ僕は今度こそ帰るよ」
言葉が嘘で無いことを示すためか、サンダルフォンは翼を閉じ、両手を挙げて敵意が無いことを示しながらミレイに背を向ける。
そして出てきた時と同じように空間が裂け、ぽっかりと穴が開いた。
そのまま帰ろうとしたサンダルフォンだったが、穴を通る直前に振り返って思い出したかのように言う。
「そうだ。一つ言い忘れてた。あの門、閉じるなら早く閉じた方が良い。今はまだ下級の天使しかこっちに来てないけど。もしこのまま開きっぱなしならいずれ他の上級天使にバレる。そうなったら元凶ごとこの学園を滅ぼすためにボンッ、みたいなことをしかねないからね。僕は優しい天使だけど、人間に厳しい過激な天使も多いんだ」
『どの口が……』
「ははっ、それじゃあね。今度は思いっきり気兼ねなくやれることを祈ってるよ」
今度こそ姿を消すサンダルフォン。別に戦ったわけでもないというのにミレイは疲弊していた。
『本当に、天使っていうのはどいつもこいつも。で、あなたはいつまで寝たふりしてるの?』
「……気付いてたんだ」
『あの天使の存在にあなたが気付かないはずがないもの』
「確かに。あんたのが目の前に居て寝てられるわけがない。逆にどうしてハルマ達は気付いてないの?」
『サンダルフォンが意図的に気配を遮断してたから。無用な騒ぎを起こしたくなかったのは本当なんでしょう。もっとも、私の出方次第ではその限りではなかったでしょうけど』
「それなのにあんなに挑発してたんだ」
『仕方無いでしょ。嫌いなんだもの』
「……守ってくれてありがと」
『別にあなたのことを守ったわけじゃないわ。主様の命に従っただけ』
「ツンデレ?」
『違うわよ。その様子だと気分も少しはマシになったみたいね。向こうに主様達がいるわ。食事をとってきなさいな』
「ん。そうする」
フィオナは立ち上がるとハルマ達の元へと向かった。一人残ったミレイはサンダルフォンの言葉を思い返し、考え込む。
『さっきの彼の言葉、きっと嘘じゃ無い。このままあの門が開き続けてたら低級以上の天使がこっちにやって来る。そうなる前に早く術者を仕留めないと。居る場所は見当がついてるけど、あの場所には確実に奴もいる』
これまでミレイは無闇に走り回っていたわけでは無い。戦っている間もずっと索敵は続けていた。その結果、魔人族のいる場所には見当がついていた。
しかしそれはハルマ達を連れてザナトシュの居る場所に乗り込むということでもある。
『迷ってる時間は無いわ。手をこまねいても事態は悪化するだけ。それなら覚悟を決めて動く。『私』ならそうする』
たとえ何があろうともミレイの考えは変わらない。ハルマを守り抜く、それがミレイのただ一つの使命なのだから。
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