第114話 つかの間の休息、そして邂逅
天使の降臨から始まった戦いは苛烈極まりないものだった。天使は死を恐れない。なぜならこの世界で死んだとしてもその命は天界へと還り、次なる天使としての生を受けるだけだからだ。
そしてハルマ達を苦しめるのは天使だけではない。魔王教団や魔獣も依然脅威のまま。
次から次へと襲い来る敵に体力よりも精神がすり切れそうになる。もしミレイがいなければハルマ達はこの敵の数にまともに太刀打ちすることすらできずに倒されていただろう。
一番敵を相手にしているのは言うまでもなくミレイだが、次いで活躍していたのはエリカとアデルだった。ドラグニール流の剣術で押し切るエリカは、『剣』の【
そしてアデルの活躍もエリカに負けず劣らずだ。圧倒的数の不利。それをアデルは『土』の【
それだけではない、地面を隆起させて壁にする、針のような形状に変えて突き刺すなど攻防一体の柔軟性を兼ね備えていた。
『……見つけた。主様、あの建物の中に入ります。私が合図をしたら全員中に飛び込んでください!』
「うん、わかった!」
先頭を走るミレイは建物を見つけるとそこに入るように指示を出す。
『そこを、退きなさい! 『氷蝶乱舞』!!』
ギリギリまで魔力を使い、大量の氷蝶を作り出すミレイ。
触れた存在の一切合切を氷像へと変えてしまうその蝶は建物までの道を作り出す。
『今です!』
ミレイの合図に従って建物へと飛び込むハルマ達。ミレイは最後尾にいたアデルが建物に入ったのを確認してから自身も建物中へ滑り込む。そしてその後に続いて飛び込もうと入り口に殺到した魔獣と天使をミレイは氷壁を作って遮断した。
「はぁはぁはぁ……ミ、ミレイさん、思わず入っちゃったけどこのまま建物の中にいたら魔獣とか天使に囲まれちゃうんじゃ」
『問題ありません。今この建物の周辺は私が放った氷蝶に守られています。しばらくは持つでしょう。それに、入り口はこの一つだけ。今の一撃で塞ぎました。あの氷壁はそう簡単に打ち破れません。それに何より、天使が狙っているのは私達だけではありません。無理矢理降臨させられた天使は無差別に襲っている。魔獣も、魔王教団も、私達も関係無く。私達を見失えば次に狙うのは魔獣や魔王教団です。つまり――』
「つまり?」
『しばらくは休めます。今のうちに体力をできるだけ回復しておいてください』
ミレイの休める、という言葉にその場にいた全員の緊張が緩む。
「はぁーーーーーーっ、やっと休めるのか! もうマジで何回死ぬと思ったかわからねぇよ!! こんなん命がいくらあっても足りないだろ!」
壁にもたれかかるようにして座り込みながら叫ぶのはラゼンだ。ここのまでの道中もずっと『付与魔法』で陰ながら支援を続けていたラゼンだが、この数時間はまるで生きた心地がしていなかった。ずっと綱渡りをさせられていたような感覚だったのだ。一歩でも間違えば死ぬ。その恐怖だけがラゼンを突き動かしていた。
そしてそれはラゼンに限った話ではない。ミレイ以外の全員が抱いていた気持ちだ。
「エリカ、大丈夫? ずっとボクとフィオナのこと守ってくれてたけど」
「えぇ、大丈夫よ……って言いたいけど、さすがに疲れたわ。一日剣を振ってたってここまで疲れることはないのに。実戦になるだけでここまで変わるなんてね」
何よりもハルマ達を疲弊させたのは戦い続けることによる消耗以上に敵から向けられる殺意だ。相手が本気で殺しにきているというのは想像以上に精神を疲弊させる。
『休むのは構わないけど、緊張の糸は切らないで。主様もです。今はあくまで一時的に安全を確保しただけ。状況は何一つ改善されていません。主様、お疲れの所申し訳ありませんが魔力を譲渡していただけますか?』
「うん、もちろんいいよ。今のボクってそれくらいしか役に立ててないし」
『そんなことはありません。ここまでもその女を守り続けていたのは主様ではありませんか』
天使の降臨によって調子を崩したフィオナは今はスヤスヤと眠っている。
「それもみんなのおかげだけど。それにしても、もうすっかり夜になっちゃったね。みんな無事だといいんだけど」
「はっ、こんな状況でも他人の心配とはな。お人好しを通り越して能天気過ぎるだろ。今は他人どうこうよりどうやってこの場を切り抜けるかだ。このままじゃどのみち死ぬだけだぞ」
「ランドール君、そんな言い方しなくていいでしょ!」
「事実だろ。具体的な策もないまま戦い続けても疲弊して死ぬだけだ。言っとくが俺はそんなのごめんだからな」
「あなたねぇ――」
『黙れゴミ共。この状況で言い争って体力を疲弊させる方が無駄だ。何より主様がそんなことを望まれていない。アデル・ランドール、次に主様を愚弄するような物言いをしたらその口に氷柱を叩き込んでやるから覚悟しろ』
「……ちっ」
「あー……なぁ、なんか腹減らねぇ? 俺もう動きっぱなしでペコペコでさ!」
流れる嫌な空気を察したラゼンが場の空気を変えようと口を開く。
「確かにお腹は空いてるけど、でも誰も食べ物なんて持ってるわけないでしょ」
「馬鹿が。余計なこと言うな。無駄に意識するだろうが」
「だよなぁ。やっぱ食べ物なんてあるわけ――」
『あるわよ。食べ物』
「――えっ!? あるの? まさか外の魔獣とか言わないよな?」
『もちろんそれも選択肢の一つではあるけれど。この建物、保管庫なの。緊急時の食料なんかが保存されてる。前に私の本体が学園内を調べた時に見つけたのよね。それを思い出して、だからここに来たの』
「おー! マジか! マジであるのか!」
それは疲弊しきったハルマ達にとってこの上ない情報だった。
「でも、勝手に食べちゃって大丈夫なの?」
『問題ありません。まさに今が緊急時なのですから。それに主様は学園の生徒。食べることに一体なんの問題がありましょう』
「ハルマ、今は気にしてられないわ。食べて少しでも体力を回復させないとこの先が持たないもの」
「……そうだね。エリカの言う通りだ」
「よっしゃ! そうと決まればさっそく食べようぜ! もう俺我慢できねぇよ!」
『食料は奥の部屋です。主様達は食事を。私はここにいますので。彼女のことも私が見ておきます』
「いいの?」
『えぇ。あまり急いで食べてはいけませんよ。喉に詰まらせてしまいますから。しっかりよく噛んで、水も飲みながら食べてくださいね』
「小さい子供じゃないんだから大丈夫だよ!」
食料が保管されている場所へと向かうハルマ達を見送るミレイ。彼らの姿を見送ったミレイは建物の入り口の方をジッと見つめる。
ミレイがハルマについていかなかったのにはわけがあった。今から出て来るであろう存在とハルマを出会わせないためだ。
『出てきなさい。居るのはわかってるわ』
殺気のこもった険しい目つきで入り口を見つめるミレイ。しばらくの無音。しかし、その直後に空間が裂ける。
そこから姿を現したのは、ミレイの身長をはるかに超える偉丈夫。しかし何より特徴的だったのはその背に生える翼だ。先ほどの天使とは違い、その背には十枚の羽があった。
「その言い方でもし居なかったら恥ずかしくないか?」
『これみよがしに私にだけ存在を知らせておいて、まさか出てこないなんてことはしないでしょう――最上級天使の一人、サンダルフォン』
天使は階級が存在するとミレイはハルマに伝えた。低級、中級、上級の天使がいると。
そしてそんな上級の中には存在するのだ。さらに力を蓄え、神に近付いた存在が。
目の前の存在はそんな神に近付きし天使の一体、ガブリエル。
かつてレイハが出会い、そして戦った天使だった。
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