第113話 天使との戦い方

 氷の短剣を手に飛びかかってきたミレイを優先的に処理するべき敵だと判断したのか、天使はフィオナから視線を逸らしミレイに向けて翼を広げる。

 天使の翼は、ただ空を飛ぶために使われるものではない。攻撃にも防御にも使われる。

 広げた翼から大量の羽根が飛ばされる。それは一つ一つが殺傷能力を持った鋭利な刃物と同義。高速で飛んでくるその羽根を避けることなどできはしない。


『凍り付け』


 ミレイが腕を振るうと、その羽根を呑み込むように氷の壁がそびえ立つ。天使が飛ばした羽根は全て氷の中に閉じ込められ、動かなくなった。そしてミレイは天使の前に降り立つと、天使が反応するよりも早くその翼を斬り落とした。

 翼を失った天使は宙に浮くことができなくなり地に落ちる。


『ふふっ、いくら天使といえど翼を斬り落としてしまえばただの木偶と同じね。今の攻撃、私だけじゃなく後ろにいた主様達のことも狙っていた。愚かね、そんなこと許すわけがないのに。泥にまみれて消えなさい』


 短剣を一閃。斬ったのは天使の頭上に輝いていた光輪だ。その光輪を斬り落とされた天使は一瞬ビクンッ、と跳ねるとそのまま動かなくなり、サラサラと砂の城が崩れるように消えていく。

 あっという間の決着にハルマ達はポカンとすることしかできない。


『主様、天使はこのようにして倒します。まず翼を斬り落とす。そして天使の輪と呼ばれる光輪を破壊すれば天使は消滅しますから。武器も防御もこの翼で行われることが多いので、最優先で処理すべきは翼です。しかし光輪を破壊しなければ翼も再生されてしまうので地に落とした後は迅速に光輪の処理を。まぁ最初から光輪を狙うのも悪くはないのですが、翼に防がれる可能性が高いので、慣れない内はオススメはしません』

「なんか、かなり手慣れてるわね。普通はそんなこと知らないと思うんだけど。どうしてそんなこと知ってるのよ」

『昔、神殺しの障害になるであろう天使について調べたり、実際に天使と戦ったりしたから――ゴホンッ、いえ、なんでもないわ。たまたま知る機会があっただけよ』

「なんか今サラッと恐ろしいこと言わなかった!? 神殺しって何よ神殺しって! あなたそんな物騒なこと考えてたの!?」

『神殺し? なんのことよ。いきなり訳のわからないこと言わないで』

「あなたが言ったんでしょうが!」

「あ、あはは……とりあえず聞かなかったことにしよう」

『それが賢明です主様。知らない方が良いこともありますから。それより主様、天使には階級というものがあるのをご存じですか?』

「階級って、偉さ、みたいなことだよね」

『おおむねその認識で間違いないかと。天使には低級、中級、上級、が存在します。その中でもさらに細かく区分されますが大きく分けてはこの三つです。見分け方は簡単です。翼を見れば良い。今私が戦った天使の翼は二枚。つまり低級の天使です。翼の枚数が増えるほど階級が上だと判断してください。滅多に出て来ることはありませんが、もし六枚以上の翼を持つ天使が現れたら』

「現れたら?」

『戦うことなど考えず、逃げに徹することです。今の主様では絶対に勝てません』

「わ、わかった……って、そうだ! フィオナ、大丈夫!?」

「はぁ、はぁ……これが、だいじょうぶそうに見える?」

「見えないけど。でも、急にどうしたの!? 天使が現れた途端に苦しみだすなんて」

「それは……」


 それまで普通にしていたフィオナが天使が現れる予兆を感じた途端に苦しみ始めた。それがただの偶然で無いことはこの場にいる誰もがわかっていたことだ。しかしフィオナはハルマから視線を逸らし、口ごもる。


『……あなた、もしかして――』

「っ、ダメ!!!」


 ジッとフィオナのことを見ていたミレイが何かに気付き、口にしようとした瞬間にフィオナが遮る。これまでにハルマが聞いたことが無いほど切羽詰まった声だった。


「……わかった。無理には聞かないよ。みんなもそれでいい?」

『主様がそう仰るのであれば』

「えぇ、あたしも。無理に言う必要はないわ。誰にだって言いたくないことの一つや二つはあるもの」

「だな」

「……ごめん、みんな」

「別にその女が何を隠してようが俺には関係ねぇしどうでもいいが、どうするんだ。そいつが狙われたのは確実だ。このまま連れてってわざわざ的になるのか?」

「ランドール君、あなた何もそんな言い方しなくていいでしょう!」

「でも事実だろ。そいつがいれば狙われる。ただでさえ魔王教団と魔獣がいるんだ。そのうえ天使にまで積極的に狙われるなんてたまったもんじゃないだろ」


 アデルの言葉に全員の視線がフィオナに集中する。

 しかし、アデルの言葉を否定したのは意外なことにミレイだった。


『心配することはありません主様。今回の天使はどのみち無差別です。彼女を連れていようがいまいが関係は無いでしょう。目をつけられやすいのは確かですが、その程度誤差でしょう。それよりもあの空の門をどうにかしなければ天使が無尽蔵に呼び出される。そちらの方が問題です。あの門を開いてる者を見つけ出します。腹立たしいことですが、このままでは魔獣と天使の物量で押し切られかねません』

「そうだね。わかった。そうしよう。そしたらフィオナも助けられるんだよね」

『彼女の今の状態があの天使に起因していることは間違いないでしょうから。さて、そんな話をしている間に次が来ましたね。少々長話が過ぎましたか』


 気付けば低級の天使がハルマ達の元へと集まってきていた。無貌の天使が大量にいるその様はゾッとするほど恐ろしい。


『主様は彼女をお願いします。他は天使の処理を。やり方はさっき教えた通りだから』

「えぇ!? 俺達も戦うのかよ!」

『当然でしょう。これだけの数、さすがに手に余るもの。あ、もちろん主様はご心配なさらず。お守りいたしますので』

「あぁもうわかったわよ! やればいいんでしょう! まさか魔獣だけじゃなく天使なんてものと戦うことになるなんて思いもしなかったわ! 『剣』よ!」

「はっ! 天使だろうが魔獣だろうが捻り潰してやる」

「フィオナはボクに捕まってて」

「うん……ごめん、ハルマ」

「気にしないで。さっきまでずっと助けられてたのはボクの方だし。今度はボクの番ってだけだから」

『主様、全ては相手にしません。一気に駆け抜けます。準備を』

「うん、行こう!」


 天使の門を開いている存在を見つけ出すため、ハルマ達は天使達との戦いに臨むのだった。

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