第112話 天使降臨

 ミレイを仲間につけたハルマ達は、襲い来る魔王教団や魔獣を退けながらミーナのいるであろう学園長室を目指していた。

 当初のハルマ達の目的は教員を解放し、ミーナと合流させることでこの状況を打開しようというものだった。

 しかし学園に入り込んだ魔獣の群れや暴れ出した魔王教団を前にそんな余裕はなくなってしまった。だからこそ一か八か、ミレイの力を頼りに自分達でミーナの元へ向かおうということになったのだ。

 時刻はすでに夕方。日も陰り、夜の時間がやってこようとしていた。




『一人見つけたら百人いると思え。なるほど、確かに次から次へと湧いてくる。これほどの人数いったいどこに隠れていたんでしょうか』

「…………」

『主様、もう少しお待ちください。この雑音、必ず静めてみせますので』


 先頭に立って戦うミレイの姿はまさに圧巻だった。次から次へと襲い来る魔王教団を腕の一振りで薙ぎ払う。


「なぁハルマ、あれ思いっきり氷刺さってるけど大丈夫なのか? まさか殺してたり……」

『見くびるなゴミ。致命傷は避けてる。極力人の命を奪うな、それが主様の命。ならば私はそれを守るだけ。まぁ、治療しなければどうなるかは知らないけど』


 クスクスと笑うミレイの浮かべる笑みはまさしく悪魔のそれで、味方だということがわかっていてもラゼンはゾッとしてしまった。

 

「すっごいねーあの人。もうあの人だけでいいんじゃない?」

「それじゃダメだって言ったばかりでしょ。確かに彼女が味方についてくれたのは心強いけど、それでも絶対じゃないもの」


 ミレイは強い。それでも魔人族に『勇者』の力を付与する腕輪。予想外はいくらでも起きうる。警戒していて損はなかった。

 そして何より、ミレイがどれだけ強かったとしても彼女には魔力量という限界がある。

 『氷の鏡像アイスミラー』によって生み出されたミレイは魔力の回復手段がハルマから供給される以外に存在しない。つまり、ハルマの魔力が切れた時点でミレイは存在を保てなくなる。そうなれば詰みだ。


「先生達にクラスのみんなも、無事だといいんだけど」


 学園中から聞こえてくる爆音。今もどこかで戦闘が行われているのだろう。こうなってしまえばもう歯止めはきかない。


「まー、深く考えても仕方ないって。せんせー達も強そうだし。大丈夫でしょ」

「あなたは楽観的過ぎるのよ。せめてフェミナと合流できれば……」

『今の状況じゃそれも難しいでしょうね』

「え?」

『この魔獣共は学園内だけじゃなく学園の外、王都にまで広がってる。どこまで被害が広がってるかは想像もできないけど、おそらく軍もギルドも、そっちの対応に追われてるはず。外からの救援の可能性は皆無。まぁこの程度の魔獣しかいないなら負けることはないでしょうけど、それでも時間は取られる。そして敵はその間にさらに次の手を打とうとしている』

「次の手ってどういうことよ。これ以上まだ何かあるっていうの?」

『シッ、黙って』


 先を歩いていたミレイが足を止める。まるで何かを警戒するように空を見上げるミレイ。

 だがハルマ達は何が起きているのかまったくわからなかった。だが、その直後に異変は起きた。

 

「……音楽?」

「こんな時にいったい誰が」

「――っっ!! ち、がう……これ……この音は……」

「フィオナ!? どうしたの、大丈夫!?」


 それは祝福の音。どこからともなく響く壮大で威厳に満ちたその音色は聞く者に安堵すら与えるだろう。しかしそれは何も知らなければの話だ。

 今のこの状況で聞こえてくるその音楽は異質でしかない。そして何より、その音を聞いた瞬間にフィオナは崩れ落ち、顔を真っ青にしている。

 これが何もないと思うほどハルマは能天気ではない。


「ミレイさん、何が起こってるの!」

『……申し訳ありません主様。どうやら私は敵を見誤っていたようです。ここまでのことができるというのは少々予想外でした。いえ、もしかしたらこれも『勇者』の力を使って……』

「おい、答えになってないぞ! いったい何が起きてるってんだ!」

「お、おいみんな……あれ……」

「「「っ!」」」


 ラゼンの指差す先、その先にあったのは天を覆うほどに巨大な門だった。忽然と姿を現したそれはゆっくりと開こうとしている。

 その光景を見て、震えるフィオナがぽつりと呟く。


「来る……天使が、やって来る……」

「天使? フィオナ、いったい何言って――」

『主様!』


 門が完全に開く。その直後、学園中に極光が降り注ぐ。そしてそれは、ハルマ達の目の前にも落ちてきた。

 息を呑むハルマ達。やがて、極光の中にいた存在が姿を表した。


「にん……ぎょう?」

『いいえ、主様。あれは人形などではありません。あれが天使です』


 人と同じく、手がある、足がある、しかし顔には目も口も鼻も耳もなかった。ハルマが見たことがあるもので一番近いのはデッサンに使う人形だ。だが目の前の存在にはデッサン人形には無い二枚の羽と、頭上に光輪があった。


「天使って、あの天使?」


 天使の存在はハルマも知っていた。悪魔と対となる存在で、この世界の生命体とは根本的に異なる隣界の生命体。高位次元の存在だと。

 時に人に祝福を与え、時に人に試練を与える。人を導き守る存在だと。しかしハルマには目の前にいる存在が人を導き守る存在には見えなかった。


『おそらく主様の考えていることは間違いではないかと。この天使は堕とされている。完全な召喚ではなく堕天によっての召喚。それでも聖なる力はまだ保っているようですが。まさかここまでできるとは』


 無貌の天使はゆっくりと顔を動かすとフィオナの所で動きを止めた。天使に目はない。それでもはっきりと見ていた。ブルブルと体が小刻みに震えたかと思えば、その二枚の翼を大きく広げる。


『どうやら敵認定されたようですね。そこの女と、そして私達も』

「どうしてフィオナが!」

『それは知りませんが。まぁ、どうでも良いことでしょう。神の先兵たる天使。向かってくるというのであれば容赦なく叩き潰しましょう』

「天使と戦うの!? あなた正気!?」

『堕とされたこの姿であれば殺せずとも消滅はさせられる。どのみち、敵認定された以上戦闘は避けられない。魔獣狩りの次は天使狩りを始めましょうか』


 戸惑うハルマ達をよそに、ミレイは狩人の笑みを浮かべて天使へと飛びかかった。

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