第110話 正気とは思えない作戦

 戦いのルールを決めたハルマ達はミレイと距離を取る。

 ミレイはただ立っているだけにしか見えない。しかし、そうじゃないのはこの場にいる誰もがわかっていた。

 隙が無い。もし一歩でも動けばその次の瞬間には氷が突き刺さっていてもおかしくない。そう思わせるだけの凄みをミレイは放っていた。


『動かないの? それとも動けない? ふふっ、だったらそうね。先手は譲ってあげる。どうぞ好きに攻めて。ただ覚悟はすることね。生半可な攻めをするようなら……わかるでしょう?』


 明らかな挑発。そしてミレイはハルマ達のことを完全に見下していた。自分が負けるわけがないという絶対的な自信。それがミレイにはあった。そして事実、今この瞬間ハルマ達の勝利の可能性は限り無くゼロに近かった。

 ハルマ達は一箇所に固まる。今この瞬間、全方位がミレイの攻撃範囲内。油断などできるはずがない。


「……作戦はさっき話した通りでいい?」

「う、うん。それはいいんだけど」

「あの作戦本気だったんの? 正気とは思えないんだけど」

「実力差は明白。正気じゃ勝てない。だから正気から外れた作戦を使うしかない。一か八かの賭けだけど」


 淡々と言うフィオナにハルマ達も覚悟を決めた顔をする。どのみち正面からの戦いでは勝ち目などないのだ。ならばたとえ僅かであっても勝利の可能性を探るべきなのだ。


「ふぅ……行こうっ!!」


 ハルマのかけ声で先陣を切ったのはフィオナだった。そしてその後ろに続くのがエリカとハルマだ。

 その攻勢を見てミレイは怪訝な表情をする。今回の勝負はハルマの首にかけられたペンダントを奪うことが勝利条件。ならば単純に考えればハルマは最後尾に置くべきだ。もしくはアデルの『土』で防壁を作るなど守りに内にハルマを置くのが定石のはずだ。

 

(私の予想外の行動を取ることで不意を突こうとしている? だとしたらそれは無意味ね。この程度で動揺するわけがない)


 一番先頭に居るフィオナが一足先にミレイの元へと到達する。武器は持っていない。手に装備しているのは籠手だけ。

 先手を仕掛けるフィオナ。その速さはミレイですら思わず驚くほどの速さだった。しかし、その一撃をミレイは軽く片手でいなす。しかしフィオナも避けられることは想定済み。そこで止まることなく怒濤の連撃を仕掛ける。


(徒手空拳の戦闘スタイル。見た所型が無い。完全に我流の戦い方)


 ミレイの体に刻まれているレイハの記憶。その中には当然多くの流派との戦いの記憶もある。しかしフィオナの動きはそのどれとも合致しない。つまりは我流だ。しかしだからこそ厄介でもある。


(我流にしても癖が強い。だけど、強いわけじゃない)


 フィオナは確かに強い。しかしそれはあくまで学生レベルで見ればの話だ。ミレイの知っているミソラはフィオナよりも強い。


『我流の戦い方。読まれなければ強いけど、隙が大きすぎる』

「っ!」


 ミレイが一度右腕を振れば氷の剣山が凄まじい勢いでフィオナに襲いかかる。

 急制動からのバックステップ。届きそうになる氷は籠手で砕きながらフィオナはミレイから距離を取る。

 その様子を見てフィオナはある事に気が付いた。

 

(私の氷に触れても凍らない。なるほど、あの籠手『付与魔法』が施されてる。おそらく炎のエンチャント。きっと主様ともう一人の女の持ってる武器の方にも)


 アデルの後ろにいるラゼンの『付与魔法』。確かにミレイの使う『氷』に対して炎は有効だ。多彩な強化手段を持つ『付与魔法』だからこそできる相手の弱点に合わせた攻め方だ。

 ミレイの氷を防げることを確かめたフィオナは籠手で氷を溶かし、砕きながら攻めてくる。そしてフィオナの後ろにいたエリカとハルマが飛び出し、挟撃を仕掛けてくる。

 三方向からの攻め。しかしミレイはその攻撃が本命でないことはわかっていた。ミレイの注意を引こうとするかのようなその動き。その真の狙いはこれまでジッと黙っているアデルだ。


(なるほど。主様を陽動に使うことで私に注意を引き、彼女が攻撃を仕掛けて隙を作る。そして三方向から攻められれば私は対処せざるを得ない。その間に後方の彼が『土』を使って人形を作り私の背後にいる氷の主様像からペンダントを奪うと)


 この戦いの勝利条件はミレイを倒すことではない。あくまでペンダントを奪うことだ。ミレイに勝てないことはわかっているからこその攻め方。

 リスクは高いが決まれば勝利。確かに非常に有効な手であると言えるだろう。

 ただしそれは相手がミレイでなければの話だ。


『まだまだ青い――『氷剣山』』


 地面に手をつくミレイ。瞬間、凄まじい勢いで全方位に向かって氷の剣山が生成、フィオナとエリカに襲いかかる。


「『竜爪斬』!!」

「『ブレイクブロー』」


 二人はその氷を防ぐが、簡単には抜けられない。何度砕いても次から次へと氷が襲い来るからだ。その狙いに一番最初に気付いたのはフィオナだった。


「まずい。エリカ、ハルマが孤立した」

「なんですって!?」


 分断、陽動、攻撃、防御、ミレイはこの四つをたった一度でこなしてしまった。フィオナ達は氷によって分断され、ハルマは自分に氷が向かってこなかったがゆえにミレイに近付きすぎた。そして氷のハルマ像に近付いていたアデルの土人形は全て氷で刺し貫かれ、そしてその像を守るように氷の壁が展開。

 ただ一手で状況はミレイ有利になってしまった。

 そしてミレイの巧みは氷操作によってハルマとの距離は一直線になっている。


『後は主様からペンダントを回収するだけ。残念でしたね主様』

「……ううん、まだだよ」

『?』


 どういうことかと首を傾げるミレイ。しかしその理由はすぐにわかった。

 ドドドドドッ、という地鳴りと共に近付いてくる気配。それがなんの気配であるのかはすぐにわかった。


『まさか……魔獣を!?』


 迫ってくる魔獣の群れ。その戦闘にいたのはアデルの土人形だ。


「うわっ、ホントに来やがった! あの数はヤバくないか?!」

「うるさい。連れて来いっていったのはあの女だろ!」


 連れてきたアデルも、そしてそのラゼンも焦った顔をしていた。顔色を変えてないのはフィオナだけだ。そしてハルマは一瞬フィオナと視線を交わすと、覚悟を決めて魔獣の群れの方へと走り出す。

 数十では済まさない魔獣の群れ。当然そのただ中に飛び込めばどうなるかなど想像に難く無い。


「ハルマ!?」

「ダメ、エリカ動かないで」


 魔獣の群れの前に身を晒す。自殺志願者でもしないであろう行為。ハルマを見つけた魔獣の群れは一気に襲いかかる。

 しかし――。


『させない! 『牙牢氷壁』!!』


 魔獣の爪がハルマに届くよりも早く、氷の壁が魔獣の群れを全て呑み込み、物言わぬ氷像へと変えてしまう。そしてミレイはハルマを抱きかかえると、群れから距離を取るように飛び退く。


『~~~~っ、何を考えているんですか主様!!』

「ご、ごめ――」

『謝って済む問題ではありません! 自分から魔獣の群れの前に飛び出すなんて。気でも狂いましたか!? いつ誰がそんなことをしろと教えましたか! もし私が間に合わなかったらどうするつもりだったんですか!!』

「ごめんなさい……でも、信じてたから。ミレイさんのこと。絶対に助けてくれるって」

『そんなの当たり前でしょう! 私はそのための存在で――』

「そう。だから隙が生まれる」

『っ! まさか』

「そのまさかだよ。これでわたし達の勝ちだよね」


 振り向くミレイ。その先には、氷のハルマ像からペンダントを奪い取ったフィオナの姿があった。


『なるほど……最初からそれが作戦だったと』


 苦虫を噛み潰したような顔をするミレイ。だがフィオナは悪びれもせずに言う。


「そうだよ。だってあなたがハルマのことを守るのはわかってたから。そのための存在らしいし。この方法が一番隙を作れると思ったの」

『反吐が出るような作戦だけど』

「それでも勝ちは勝ち。そうでしょ?」


 これまでの行動は全てこの瞬間のためのもの。最初から魔獣の群れを連れて来ることが目的だったのだ。全員で魔獣が来るまでの時間を稼ぎ、後はハルマがその群れの前に身を晒すだけ。

 とても正気とは思えない作戦だ。しかしだからこそミレイの隙を作ることができた。全てはミレイならばハルマのことを守れると信じた結果だ。


『……そうね。その通りだわ。私の負けよ』


 深くため息を吐きながら、ミレイは己の負けを認めたのだった。

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