第109話 プライドをかけた戦い

 ミレイとフィオナの間に一触即発の空気が流れる。

 だが、そんな二人の間に割って入ったのはエリカだった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなことしてる場合じゃないでしょ! 今は力を合わせて、これからどう動くかを話し合うべき時でしょう!」

「エリカの言うこともわかるけど、こいつは話し合いに応じるような奴じゃない。力尽くでわからせる必要がある」

『ふふっ、このゴミは面白いことを言いますね。力尽くでわからせる? あなた達にそんなことができるとでも?』


 クスクスと笑うミレイは余裕の表情。しかしそれもそのはずだ。この場にいる誰よりもミレイは強い。それは紛れもない事実なのだから。


「む、そっちがやれって言うなら――」

「だからちょっと待ちなさいってば!」


 エリカがフィオナの首根っこを掴んでミレイの傍から引き離す。


「あなた、ボーッとしてるように見えて意外と血気盛んよね」

「そんな褒められても」

「褒めてないわよ!」 

「んー、じゃあエリカは言われっぱなしでいいの?」

「それは……」


 エリカとて言われっぱなしでいい気持ちはしない。とはいえ、分身体とはいえミレイの方が強いのは事実。少なくともエリカはミレイと戦って勝てるイメージはまるで湧かなかった。


「怖いんだ。あの人のこと」

「なっ!? そんなことないわよ! だったらあなたは彼女に勝てるっていうの?」

「無理だけど」

「即答!? だったらなんで突っかかったのよ!」

「言われっぱなしじゃ癪だから。勝てない相手だからって、負けを認めるのも嫌だ」

「……言ってることはわかるけど、あなたってやっぱり思ったより血気盛んというか負けず嫌いというか。で、どうするのよ。本気で彼女と戦うつもり?」

「んー……ラゼン、アデル。こっちに来て」

「ん? おう」

「勝手に呼び捨てにするな。不敬だ」

「同級生なんだからいいでしょ。あんまり固いこと言わないでよ」

「ちっ……で、何の用だ。俺は今苛立っている」

「子供じゃないんだからそんなこと主張しないで。子供じゃないんだから」

「二度も言うな! というか、お前には言われたくねぇぞ!」

「まぁまぁ、落ち着けってランドール」

「貴様もか! あぁもういい! さっさと話せ!」

「彼女にひと泡吹かせたい。だから協力して」

「はぁ!? フィオナ、お前本気か!?」

「本気。本気も本気。考えてもみて。確かにあの人は強い。でもあの人に勝てば言うことをきかせられる。そしたらわたし達は楽ができる!」

「……最後が本音ね」

「でも楽したいし。さっきみたいな面倒なことしたくないし。そのためなら今頑張る」


 教員達を助けて終わり、ではない。魔王教団の脅威はいまだ学園内に残っている。ハルマ達が動いたことで状況は変わった。ここから大規模な戦闘が起きてもおかしくは無い。そうなった時に戦い続けるのはフィオナは嫌だった。

 だがミレイという強大な戦力が味方になれば話は別だ。魔人族でさえ追い払える力があるならば楽ができると、フィオナはそう考えていた。


「なんとも打算的というか。まぁでもいいわ。乗ってあげる。言われっぱなしが癪だっていうのはあたしだって同じだもの。二人は?」

「え、いや俺は……」

「乗ってやる」

「え!? マジかよ三人とも! 本気で言ってんのか!?」

「ラゼンはどうするの? 見てる?」


 三人の視線がラゼンに突き刺さる。ラゼンは考える。ミレイと戦う、考えるだけで恐ろしい。しかし、自分の力を試したいという気持ちがあるのも嘘じゃない。そして、力をぶつけるのにミレイはうってつけの相手だ。

 迷って迷って、迷った果てにラゼンは頭をガシガシと掻きながら答えを出した。


「あぁもうわかった! わかったよ! やってやる!」

「よしきた。三人だと不安だった。四人だとわたしが楽でき――グッと勝率が上がる」

「ちょっとは本音隠しなさい」


 ミレイと戦うことを決めた四人はコソコソと話し合う。

 そしてそんな様子をミレイは呆れた様子で見ていた。


『なにをコソコソしてるのかしら。まぁいいわ。どうでも。さぁ主様、参りましょう。こんな場所さっさと離れなければ。主様がお怪我してしまいます』

「ま、待ってよミレイさん! ボクはみんなと一緒に――」

『はぁ、あまり我が儘を言わないでください主様。あまり悠長にしていると魔獣が近付いてきてしまいます』

「ちょっと待って! 勝手にハルマのこと連れて行かないでくれるかしら?」

『……まだ何か突っかかってくるの? いい加減に鬱陶しいのだけど』

「それはこっちの台詞よ。ハルマはあたし達の同級生なの。勝手に連れて行かれちゃ困るわ。もし無理にでも連れて行くって言うなら」

『言うなら?』

「あたし達は、あなたに勝負を申し込む。ハルマを賭けてね」

「エリカ!? 急に何言ってるの!」

「ハルマは黙ってて。これはあたし達の問題だから」

「いやあの、思いっきりボクも関わってると思うんだけど。というか勝手にボクを賭けないで欲しいんだけど!」

『あなた達、主様を賭けることの意味わかってるのかしら。その言葉を口にした以上、ただでは済まさないわよ』

「ミレイさんまで!?」

「じょーとー。わたし達のこと舐めたこと後悔させてやる」


 完全にハルマのことを置いて状況が進んでいく。ミレイも、そしてエリカやフィオナ達も、そんな状況ではないというのに完全にやる気になっていた。


「待ってってば!!」


 今にもぶつかり合おうとするミレイ達を前に、ハルマは大声を出して割り込む。


「なんで今ミレイさんとみんなが戦うことになるの。そんな状況じゃないのはわかってるでしょ!」

「これはプライドの問題。ハルマは黙ってて」

『そうですね。主様が口を挟むことではないかと。それにこれは戦いではありません。教育です。不躾なゴミ共に対する』


 これはもう止められない。ハルマはそう直感した。レイハと違い、ミレイは他者に気を遣うことをしない。フィオナ達もそうだ。完全に戦うことを決めている。


「だったら! だったらボクも戦う!」

「ハルマ?」

『……何を仰っているのですか主様』

「戦うのは反対だけど、どうしても戦うって言うならボクはエリカ達と一緒に戦う。ミレイさんには悪いけど、ボクはまだ学園から離れるわけにはいかないんだ」

「よく言ったハルマ。一緒にやろう」

『まさかここまでとは……やはりこれは学園入学を認めた私……本体のせいですね。主様は優しすぎます。ゴミ共に絆されすぎている。仕方ありません。私が手ずから再教育いたしましょう』


 若干の苛立ちを含ませた声音でミレイは呟く。


『ですが、主様を傷つけるわけにもいかないので一つルールを設けましょう。あなた達にとってはハンデと言ってもいいかもしれないけれど』

「ハンデ?」


 ミレイが手をかざすとそこに氷像が生まれる。それはハルマと同じ姿をした氷像だった。


『お前達は主様を守れると言った。ならその言葉が嘘でないことを示してもらう。私は主様の持つペンダントを。お前達はこの主様像からペンダントを奪うことができれば勝ち。シンプルでいいでしょう?』

「確かにわかりやすい。それでいこう」

『決まりね。それじゃあ始めましょうか』


 周囲の気温が下がると同時に、ミレイの放つ圧迫感が増していく。


『さぁ、足掻けゴミ共。私の氷の前にひれ伏しなさい』

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