第90話 眠れぬ夜の語らい
夜。ハルマは妙な夢にうなされていた。
「待って……待ってよ、父さん、母さん」
ハルマの視界の先にはアルバとシアがいる。しかし二人は必死に呼び止めるハルマを振り返ることなく先へ先へと進んでいく。必死に後を追いかけようとしても体が鈍りのように重く、しかもまるで泥の中を進むように足が動かない。
アルバとシアが離れて行くのになにもできない。叫んでも届かない。
なんで、どうしてボクを置いて行くの。そんな言葉さえアルバ達には届かない。
「――行かないでっっ!!」
目が覚める。
はぁはぁ、と荒い息を吐きながらハルマは周囲を見回す。
そこは寮の部屋の中。これからずっと過ごすとはいえ、まだ住み慣れたとは言えない部屋だ。離れた場所ではラゼンがスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
どうやらハルマがうなされていたのには気付かなかったらしい。
「……シャワーを浴びてこよう」
いつもなら夢の内容など覚えていないのに今回ばかりはまるで頭にこびりつくかのように鮮明に覚えていた。
そんな夢を振り払いたくて、そして悪夢を見てかいてしまった汗を流したくてハルマはシャワールームへと向かう。
「ふぅ……気持ち良い……」
シャワーを浴びていると動揺していた気持ちが少しずつ落ち着いていく。ただそれでも夢の内容は頭から離れない。両親の夢を見たのは本当に久しぶりのことだった。
「なんであんな夢だったんだろう。どうせ見るなら楽しい夢なら良かったのに」
せっかくなら楽しい夢を。そう思ってしまうのはハルマがまだ幼いせいなのだろうか。それともハルマ自身が抱える不安のせいか。
レイハ達の前では口が裂けても言えないが、時折頭を過る一つの考え。
それは、アルバ達に捨てられたのではないかという不安だ。
そんなことはありえない。そんなことをする人達じゃない。そんなことはハルマにもわかっている。
だがそれでもその考えは消えてくれない。ジワジワと、少しずつハルマの心を蝕んでいく。
「あーもうダメだダメだ! こんなこと考えてちゃ!」
また下を向きかけた気持ちをハルマは無理矢理奮い立たせてシャワールームから出る。
こんな考えを抱いてしまうこと自体が頑張ってアルバ達を探してくれているレイハに失礼だ。だからこんな考えは忘れなければいけないとハルマは自分自身に言い聞かせる。
部屋に戻ったハルマはベッドに横になろうとしたが、シャワーを浴びてしまったせいで目が冴えていた。
「夜風に当たってこよう。そしたらきっと気持ちも落ちつくよね」
ラゼンを起こさないように気をつけながらハルマは部屋を出て寮の外へと向かう。
「すごく明るい……」
王都は夜でも明るいという話は聞いたことがあった。それでもまさか月明かりすら必要ないほどに明るいとは思っていなかった。
夜中に出かけるのは初めてだった。そもそも今までこんな時間に出かけることはレイハが許してくれなかった。
微かな高揚感と共に夜の街を歩くハルマ。何か悪いことをしているような気すらして、その背徳感がまたさらにハルマを高揚させる。
寝るために夜風に当たるという最初の目的は忘れて、夜の街を歩くという楽しさに取り付かれていた。
そうして歩くことしばらく、夜の街の探検に満足したハルマが寮へ戻ろうとしたその時だった。
「何してるのハルマ」
「うわぁっ!? って、フィオナ!? どうしてここに!」
突然後ろから声をかけられて思わず跳び上がるハルマ。声をかけてきたのはなんとフィオナだった。まさかこんな場所で会うと思ってなかったハルマは驚きを隠せなかった。
「どうしてはわたしの方。なんでこんな場所にいるの?」
「それはえっと……眠れなくて。夜風に当たれば寝れるかなって。フィオナの方こそどうしてここに? 寝るのが好きなフィオナならもう絶対に寝てると思ったのに」
「別に大した理由はないよ。ただわたしもなんとなく寝れなかったから」
「それって昼の間に寝過ぎたからじゃ……」
「ううん。そんなことない。いつもは朝寝て、昼寝て、夜にも寝てるから」
「ホントにすごいと思うよその睡眠欲。逆に起きてる時間の方が少ないんじゃ」
「かもね。だけど今日は……上手く言葉にできないけど、もやもやして。嫌な予感がするというか……よくわかんない」
「嫌な予感……あっ、もしかしてフィオナも夢見が悪かったとか?」
「んーん。別に」
「そっか」
「ハルマはそうだったの?」
「え?」
「夢。何か嫌な夢でも見たの?」
「えっと、ボクは……」
「……ねぇ、まだ帰るつもり無いならあっちに座ろ。ベンチあったから」
フィオナに手を引かれてベンチに座るハルマ。その隣に座ったフィオナはさぁ話せと言わんばかりにジッとハルマのことを見つめる。
「なにかあったんでしょ?」
「いや、そんなことはないよ」
「うそ。目が泳いでる」
「うっ……」
「別にバカにしたり誰かに言いふらしたりなんてしない。ただ話した方が楽になることってあると思うから。それとも、今日会ったばかりのわたしには話せないようなことなの?」
「そんなことないよ! わかった、話すから」
「ん」
「何から言えばいいのかな。えっと――」
ハルマは話す。夢で見たこと、不安に思ったこと、両親のこと、レイハ達のこと、自身の内に抱える様々なことを。それは一度口を開けば次から次へと出てきた。
出会ったばかりのフィオナに聞かせるような話じゃないとわかっていながら止まらない。むしろ出会ったばかりだからこそ話せたのかもしれなかった。
「――で、だからあんな夢を見ちゃうのかな、なんて思ったり」
「そっか」
「そっか……って、それだけ? もうちょっとこう、なにかあったり」
「? わたしは別に話を聞いて何か言うなんて言ってない。ただ聞くだけ」
「えぇ……けっこう思い切って話したんだけど」
「でも楽になったでしょ?」
言われて気付いた。話す前よりも気持ちが楽になっていることに。吐き出したことでずっとハルマの中に溜まっていた負の感情がスッと軽くなった。
「ありがとうフィオナ。おかげでなんだか寝れそうな気がしてきた」
「ん。睡眠大事。超大事」
「フィオナは無いの? ボクみたいに聞いて欲しい話とか。ボクで良ければ聞くけど」
「んー、ないかな」
「ないんだ……」
「それに――」
スッと立ち上がるフィオナ。月明かりに照らされるその横顔は先ほどまでのどこか抜けた表情とは違ってとても妖艶で、ハルマは思わずドキッとしてしまった。
「私の話を聞きたいなら、もっとわたしのことをよく知ってからじゃないと」
まるで別人のようなその雰囲気にハルマは呑まれてしまう。
しかしそれも本当に一瞬のことだった。
「ふぁ、ねむくなってきた。そろそろ帰ろっか」
「う、うん……ねぇフィオナ」
「なに?」
「その、フィオナは……ごめん、なんでもない」
「? 変なの」
それ以上何も言うことはできなかった。抱いた違和感を上手く言葉にすることができなかったから。
それからハルマはフィオナを寮まで送り届けた。
「それじゃあおやすみフィオナ。良い夢を」
「ん、おやすみ。ハルマも今度こそ良い夢が見れるといいね」
フィオナを送り届けてから自室へと戻るハルマ。
そして今度は悪夢を見ることもなく、眠ることができたのだった。
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