第91話 流れる噂話

 翌朝、ハルマはラゼンと一緒に学園へと向かっていた。

 結局今朝になってもレイハはまだ戻ってきていなかった。もちろん時間がかかることは知っていたが、それでもレイハのいない朝というのはハルマにとって本当に久し振り、いや、物心のついた頃から考えれば初めての経験かもしれない。

 そしてだからこそ痛感する。いつもどれだけレイハの存在に甘えていたのかということに。レイハがいなくても大丈夫なようにしっかりしなければとハルマは自分に強く言い聞かせる。もう十五歳。幼い子供ではないのだからと。


「ふぁ……眠いな。フィオナじゃないけどめちゃくちゃ眠いわ」

「そんなこと言って朝ご飯はしっかり食べてたじゃない」

「いやだからこそな。お腹いっぱいになると眠くなるだろ」

「あー、その気持ちはわかるかも」

「それよりハルマこそ朝から何してたんだよ。けっこう早くに起きてなかったか?」

「ボクは鍛錬だよ。実家の方で教わってた刀術を錆びさせるわけにはいかないから。こういうのは毎日の積み重ねが大事だって教わったし」


 ツキヨはたとえ雨の日だろうが、雪の日だろうが外で刀を振っていた。それだけじゃない。自分の体調が悪い時もだ。どんな天候、どんなコンディションであったとしても最大限のパフォーマンスを繰り出せるようにするためだ。

 ハルマはレイハに止められてそこまではできなかったが、それでも毎日刀を振ることだけは欠かさなかった。おかげで最初の頃に比べればだいぶ刀も手に馴染んだ気がするほどだ。もちろん、ツキヨに言わせればまだまだ甘いのだろうが。


「なるほどなぁ。真面目だなお前。昨日の夜もなんか出かけてたけど、あれも鍛錬だったのか?」

「気付いてたの? もしかして起こしちゃった?」

「いや、いくらなんでも部屋出たら気付くって。隔てられてるわけでもないしな」

「ごめん……昨日出たのは鍛錬とかじゃないんだ。単純に眠れなかったっていうだけで」

「まぁいろいろあったもんな。でも気をつけた方がいいぞ。いくら王都だって言っても夜は危険だからな。次からはもし出るなら一声かけてくれよな」

「うん。わかった。今度からはそうするよ」


 そんな話をしている間にハルマ達は学園へとたどり着いた。


「ホント、めちゃくちゃ広いよなこの学園。うっかり気を抜いたら迷子になりそうだ」

「それはちょっとわかるかも。というか昨日ちょっと迷ったし」


 迷った結果としてフィオナと出会ったのだから、一概に悪いことばかりではないが、それはそれだ。

 教室にたどり着いたハルマ達はクラスメイトに挨拶しながら席に着く。教室の中は喧騒に満ちていたが、どこか様子がおかしかった。


「なぁなぁ知ってるか? 《大災厄スタンピード》の噂」

「あぁ、聞いた聞いた。あれってマジな話なのか?」

「みたいだぞ。兄貴が知り合いの冒険者から聞いたんだってよ。王都に向かってるって」

「おいマジかよ。じゃあここもヤバいんじゃねぇの?」

「だよな。普通に授業してる暇あんのか?」


 そんな会話が聞こえてきたかと思えば。


「あなたも聞いたかしら《大災厄スタンピード》のこと」

「えぇ。でももう冒険者の方達が向かったと」

「どうして王国軍は動いてないのかしら」

「まぁ大丈夫なんじゃない? もしホントにヤバかったら先生達がなんか言うでしょ」

「でも聞いた噂によれば一部の方達はもう王都から離れているとか」

「それマジ?」

「本当なのかしら」

「わたくしもあくまで噂を聞いただけですわ」


 そんな会話が教室中でされている。


「《大災厄スタンピード》?」


 ハルマも知識としては知っている。サラとの勉強で教えてもらったことがあるのだ。

 魔物や魔獣で混成された、破壊の行進。その被害は非常に甚大なものになると。


「ねぇラゼン、王都に《大災厄スタンピード》が向かってきてるって」

「あぁ、俺も聞いた。でも噂だろ? さすがにねぇって。いくらなんでもな」


 もし今の噂話が本当ならば冗談では済まされない。だから与太話、噂話程度で済んでいるのだが、ハルマの胸中に不安が広がるのはレイハのことがあるからだ。

 レイハがハルマのもとを離れなければいけないほどの何か。もしそれが《大災厄スタンピード》なのだとしたら説明が付く。


「もしかしてレイハさん……」

「どうかしたのか?」

「……ううん。なんでもないよ」

「そんな顔すんなって。ただの噂話だろ。それよりも今日から授業が始まるんだし、俺はそっちの方が心配だよ。授業のレベル相当高いんだろ?」

「そうだね。でも合格できたんだから大丈夫だよきっと」

「いや、俺かなりギリギリだったしなぁ。もしもの時は助けてくれよな」

「ボクにできるならね」


 そうしてる間に、フィオナも登校してきてハルマ達は《大災厄スタンピード》の話をしなくなった。初めての授業に期待に胸を膨らませながら、朝の時間を過ごすのだった。

 《大災厄スタンピード》とは別の危機が迫っていることに気付かないままに。






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 そこはソルシュ王国から遠く離れた西の大地。

 荒廃したその土地に、多くの者達の姿があった。


「集まっているようだな」


 その先頭に立つ男の名はソノマン。魔人族の男だ。

 彼の前には今、百人以上の教団員達がいた。


「今し方報告が入った。予定通り《大災厄スタンピード》の群れと冒険者共がぶつかったらしい。現在王都に残るのは腑抜けた王国軍と憎き二人の英雄だけ。だが、奴らに対抗する策もある。今が好機だ!」


 ソノマンがパンッと手を鳴らすと、バラバラに散っていた石や木が組み上がり大きな門の形を作る。


「狙うは勇者の息子だ! 雌伏の時は終わった! 今こそ、我らの力を再び示す時だ!」

「「「おぉおおおおおおおおっっ!!」」」


 全員が腕を突き上げる。まさにやる気十分といった様子だった。

 その様子を見ていた魔人族の女がソノマンに近付く。


「ふっ、あんた相変わらず口が上手いねぇ」

「言うべきことを言っただけだ。準備はできているな」

「もちろん。あたしだけじゃなく全員バッチリだよ」

「よろしい。では行くぞ!!」


 ソノマンの作り上げた門が開く。

 戦いの時が迫ろうとしていた。

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