第89話 和解?

「ありがとうランドール君。すごく美味しかったよ」

「そうね。すごく美味しかったわ。リラール州の特産品をたくさん使ってるのね」

「こんな美味い食事、うちじゃ出たことないな」

「満足」

「そりゃあんだけ食ったら満足するだろ。何人分食ったんだよお前」

「もっと食べたかった」

「申し訳ございません。もう少し用意しておくべきでした」

「いえ、気にしないでください。明らかにフィオナが食べ過ぎなだけなんで」


 ランドール家で提供された昼食はハルマ達四人には絶賛された。ランドール家が治めるリラール州の特産品をふんだんに使った料理の数々。ハルマが食べてきたものとは違う味。どれもこれもが新鮮で感動すら覚えたほどだ。

 フィオナにいたってはランドール家の食材を食い尽くすほどにおかわりを繰り返したほどだ。


「当たり前だ。うちのシェフが用意したんだからな。ただまぁ、ホントに人間かお前。どれだけ食べたんだ」

「失礼な」

「いや、他所様の家でここまで好き勝手におかわりできるあなたの方がだいぶ失礼だと思うけど」

「フィオナってかなり健啖家なんだね。寝るだけの子じゃなかったんだ」

「寝るのも食べるのも好き。お腹いっぱいになったら眠くなってきた。寝る」

「ちょ、フィオナ! ダメだってば!」

「この子ホントに自由ね……というか本能のままに生きてる感がすごいわ」


 アデルが公爵家の人間であるということをちゃんと理解しているのかと言いたくなるほどの自由奔放っぷり。どこにいようと、誰といようと、フィオナはフィオナなのだ。


「アデル様、そろそろ」

「わかってる」


 食事が終わり、食後のお茶を飲んでいるとセバスチャンがアデルにこそっと耳打ちする。と言ってもその様子はハルマ達からも丸わかりなのだが。

 そんなアデル達の雰囲気を見て、ようやく本題に入ろうとしているのだということを察する。そもそも、何か話があることは呼ばれた時点でわかっていたのだが。

 だがそれをハルマから聞いてよいものなのかとグダグダしているうちに食後になってしまったというわけだ。


「あー……今日お前を呼んだのはただ単に食事をするためだけじゃない」

「それはなんとなくわかってたよ。じゃなきゃランドール君がボクを呼ぶ理由がないし」


 ハルマとアデルは決して仲良しではない。むしろ出会った時のこと、そしてその後の経緯を考えれば仲は最悪と言っても過言ではないだろう。それでもハルマが断らずに来たのはアデルのことを知りたいと思ったからに他ならない。

 その場にいた全員の視線がアデルに集中する。そしてアデルは何度かの深呼吸の後、口を開いた。


「……すまなかった」

「え?」


 何を言われるのかと身構えていたハルマは、想像もしていなかった言葉を投げられたことに思わず面喰らう。そしてそれはエリカも同様だった。

 あのアデル・ランドールが謝罪した。それは彼のことを少しでも知っている者からすれば驚きでしかない。

 

「っ、だから! 悪かって言ってるだろ!」

「アデル様、それじゃ謝罪する側の態度ではないかと」

「ぐっ……わ、わかってるそんなことは。言われるまでもない。おい、ハルマ・ディルク。あの時の約束を覚えているか?」

「約束……あっ」


『ボクが勝ったらその時は父さんへの侮辱を撤回してもらう』

 それが戦いの前にハルマとアデルが交わした約束だ。しかしハルマはそのことをすっかり忘れていた。その後の騒動のインパクトが強すぎたのだ。


「俺はお前との勝負に負けた。だから、約束は果たす。お前の父親への侮辱は撤回する。悪かった。それと……お前と、それからドラグニール。お前達には命を救ってもらった。そのことには感謝している」

「「…………」」

「なんだよその顔は! 変なモノを見る目をするな! 俺はいたって正常だ!」


 あの時とはまるで別人のようなアデルにハルマもエリカも驚きを隠せない。

 これが本当にあのアデル・ランドールなのかと思わず疑ってしまうほどに。

 

「俺は確かに負けた。だがな! 次はない! あの時負けたのは運が悪かったのと油断してただけだ! 今度はもう油断しない。次は完膚なきまでに勝利する。忘れるなよ!」

「アデル様……」


 謝罪したままなのはプライドが許さなかったのか、ビシッと指を差して宣戦布告してくるアデル。そんなアデルにセバスチャンはため息を吐く。

 ハルマに謝罪したいというアデルの意を汲んでこの場をセッティングしたセバスチャンだが、結局アデルはアデルということだ。

 しかし、これは大きな一歩でもある。これまで他者を見下すことしかしてこなかったアデルが他者に対する歩み寄りを見せたのだから。


「次、またお前に勝負を申し込む。逃げるなよ。そん時は完全な勝利してやる」

「……うん、わかった! 次も勝てるようにもっと強くなるよ!」

「ふざけんな! そういうこと言ってんじゃ――ゴホン、ま、一時の勝利に浸るんだな。もう二度と俺には勝てないんだから」


 その後、用が済んだからとばかりにハルマ達は屋敷を追い出される。


「ディルク様、他の方々も、今日はアデル様の我が儘に付き合っていただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそ食事に招待していただいて。初めて食べるものばっかりですごく美味しかったです。それにランドール君も約束を守ってくれましたし」

「……ありがとうございますディルク様。あの戦いの後、アデル様は少しですが変わられました。これまでアデル様は他者を顧みることをしてこられませんでした。きっとあの時の敗北がアデル様の意識を変えたのだと思います」


 勇者の息子に負け、そして勇者の息子に救われた。

 その事実がアデルに与えた衝撃は計り知れない。それが良い方へ向かうのか、それともまた戻ってしまうのか。それは誰にも、アデル自身にすらわからないことだ。


「これは私の我が儘になってしまいますが、どうかこれからもアデル様のことをよろしくお願いします。」

「……わかりました! ボクなんかで良ければ。仲良くなれるかどうかは……ちょっとわからないですけど」

「ありがとうございます。引き留めてしまって申し訳ありませんでした。では帰り道もお気をつけて」


 そうしてセバスチャンに見送られて、ハルマ達はアデルの屋敷を後にしたのだった。


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