第88話 仲良くない人との食事は気まずい
アデル・ランドール。
ソルシュ王国の四大貴族であるランドール家の三男だ。
公爵家の生まれとして教育を受けてきた。しかしアデルの父であるオルビタ・ランドールは【勇者】として讃えられているアルバ・ディルクのことを異常なまでに嫌っていた。
アルバさえ、勇者さえ、そういう話をアデルは何度も聞かされてきた。だからだろう、いつしかアデルの中にも植え付けられていた勇者への憎しみ。
頭のどこかで違和感を抱きつつも、幼少の頃から植え込まれた価値観というものはそう簡単に変えられない。
しかしつい先日、その価値観が打ち砕かれるような出来事があった。
勇者の息子、ハルマと戦って敗北したのだ。己の敗北を自覚した瞬間、アデルは激情に呑まれて腕輪の力を暴走させてしまった。無尽蔵に魔力を吸う腕輪の力を。
その後のことはぼんやりとしか覚えていないが、腕輪を切ったのがハルマであることだけは覚えている。
つまりアデルはハルマに命を救われたと言えるのだ。
あれから治療を受けたアデルはなんとか一命を取り留め、回復することができた。
「そう……だから、あの時の礼と約束を果たすだけ。それだけだ。それ以外の理由なんてない」
王都にあるランドール家の別宅。アデルはそこから学園へと通っている。学園の寮に入らなかったことに深い理由は無い。ただ単純に用意された屋敷があったからそこから通うことにしただけだ。
そして今日、執事であるセバスチャンに頼んでハルマを招待するように頼んでいた。
「遅いな……呼んでくるだけなのにどんだけ時間かかってるんだ?」
ソワソワと気持ちが落ち着かない。言うべきこと、やるべきことはわかっているのに最後の踏ん切りがつかないと言った方が正しいかもしれない。
『アデル様、ディルク様をお連れいたしました』
「っ! やっと来たか。入ってくれ」
セバスチャンに招き入れられてハルマが部屋の中に入ってくる。しかし、その後に続いて入ってきた人を見てアデルが表情を変える。
「……セバスチャン、俺はディルクを連れてこいと行ったはずだ。なんで余計な奴らまでいるんだ?」
「えっと……お邪魔します」
「お邪魔するわ」
「お邪魔いたします」
「どもー」
「うぉすっげ。これが公爵家か。うちの本家よりでかい屋敷だな」
ハルマの後に続いて入ってきたのは、エリカ、フェミナ、フィオナ、ラゼンの四人だった。もちろんアデルは招待していない。アデルが呼んだのはあくまでハルマだけなのだから。
「お前達を招待した覚えはないんだけどな」
「えぇそうね。だけど、あんなことがあったのにハルマだけをあなたのもとに行かせるわけないでしょう。何を考えてるかわからないんだから」
「なんだと?」
「間違ったこと言ってる?」
睨み合うアデルとエリカ。
ハルマに対して言ったこと、そしてその後の勝負についても知っているエリカからすればハルマ一人をこの場に送るなんてことができるはずがない。呼ばれもしていないのに来るなどアデルの言う通り非常識な行動かもしれない。
だがそれでも大事な友人であるハルマを守ることの方がエリカにとっては重要だった。
「アデル様、こればかりは仕方ないかと。それにせっかくの食事会なのですから人数が多い方が良いでしょう? もとより食事は大目に用意していますから」
「……わかった。俺だって別に今日はことを荒立てるつもりはない。寛大な心で受け入れてやる。遠慮せずに座れ、お前達」
「ありがとう。それじゃお言葉に甘えて」
それぞれ席に着くハルマ達。
まさかのお呼ばれにハルマはかなり緊張してガチガチになっていた。マナーなどはサラから一通り学んでいたものの、それを活かすことが無かったからだ。こうして誰かの家に呼ばれること自体が生まれて初めての経験なのだから。
アデルはアデルでやたらと周囲を気にしてキョロキョロとしている。まるで誰かを探しているかのように。
「どうかしたの?」
「いや、その……お前のあのメイドはいないのか?」
「あぁ、レイハさんのこと? レイハさんは今日ちょっと用事があって。だから今はいないんだ」
「そうか……はぁ、よかった」
「? なんて?」
「っ、なんでもないっ!」
あからさまにホッとした様子で息を吐くアデル。彼の中に刻まれたレイハへの恐怖はまだ残っていた。いや、もうトラウマと言ってもいい。いまだにあの時の出来事を夢に見てしまうほどなのだから。
「…………」
「…………」
会話が途切れてしまう。部屋の中に気まずい沈黙が流れる。
ハルマはアデルと何を話したら良いかわからず、エリカはそもそも話す気がない。ハルマを守るためにこの場に来ているだけだ。フィオナは場の空気も読まずに半分夢の世界へと旅立ち、ハルマと同様の気まずさを感じているラゼンはそもそも部外者過ぎて口を開くことができなかった。
なんとなく面白そうだという興味本位な理由でついて来たことを後悔していたくらいだ。
そしてこの場で会話を回すべきアデルは本題に入る機会を伺って部屋の中に流れる気まずさに気付いてすらいなかった。
「え、えっと……そういえばランドール君は何組だったの?」
「ん、あぁ。俺はC組らしい。セバスチャンからそう聞いた」
「らしい?」
「そもそも今日の入学式、出てないからな」
「えっ!?」
「なんでそんなに驚くんだよ。別に入学式なんて出なくても問題ないだろ」
「いやでもそれはもったいないような……」
「俺の自由だ。お前にとやかく言われる筋合いは無い」
「だからって学園の最初の行事をサボるのはどうかと思うけど」
「なんだと?」
「エリカっ、そんなこと言わなくても」
「あぁごめんなさい。つい思ったことがそのまま口に出たわ」
出会った最初こそは公爵家の人間であるアデルに気を遣っていたエリカだったが、あの一件を経た今はそんな気遣いをするつもりもないらしい。言葉の棘を全く隠していなかった。
気まずい沈黙の後は一触即発の雰囲気。互いにいつ爆発してもおかしくない様相だった。
いよいよ胃がキリキリし始めるハルマ。しかしそこに救世主は現れた。
「皆様、お待たせいたしました」
アデルの執事であるセバスチャンである。
颯爽と現れた彼は運んできた料理を机の上に並べる。運ばれてきた料理はどれも食欲をそそるような良い匂いが漂っていた。
「うわぁ、美味しそうですね!」
「ありがとうございます。当家のシェフが腕によりをかけて作り上げた料理ですので、どうぞご賞味ください」
「はいっ、いただきます!」
「ん、美味しそうな匂い……」
「あ、フィオナも起きた。ほら、冷める前にいただこうフィオナ」
「すっげぇな……これが公爵家の料理なのか。家だけじゃなく料理まで全然違ぇんだな」
嬉々として食事を始めるフィオナとラゼンに、睨み合っていたアデルとエリカも毒気を抜かれたのか睨み合うのを止める。
そうしてようやく弛緩した場の雰囲気にハルマはホッと安堵の息を吐くのだった。
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