第87話 昼食の招待

 入学式の後、それぞれのクラスに分かれて最初の顔合わせがあった。

 ハルマが所属することになったのは一年E組。一クラスの人数は三十人。ここにいる人達がみんなクラスメイトなのだと思うとそれだけで不思議な感覚になった。

 人族、エルフ族、獣人族、ドワーフ族の人達がいる。さすがに竜人族や魔人族の人達は居なかったが、これだけの人数と一緒に勉強していくのだと思うとそれだけでハルマは少し楽しくなってしまう。

 その後、一人一人の自己紹介が始まった。ハルマはその自己紹介を聞き逃さないようにしっかりと全員の名を胸に刻んだ。

 そうしてあっという間にクラスメイトとの最初の顔合わせの時間は終わった。

 そして今、壇上にはハルマ達のクラスの担任であるアンバーが立っていた。ドワーフ族の女性ということもあって、最初に見た時は小さな子供だと思ったほどだ。


「はーい、それじゃあみんな。今日はここまででーす。明日からは本格的な授業が始まりますので、みんな仲良く頑張っていきましょうねー。学園長じゃないですけど、これからの学園生活が実りあるものになることを祈っていますよー」


 どこか気の抜ける、というか緩い雰囲気の教員であるおかげでハルマも必要以上に緊張することなく自己紹介を終えることができたのかもしれない。

 挨拶を終えたアンバーはひらひらと手を振って教室から出て行く。その途端だった。アンバーと入れ替わるようにしてメイドや執事が教室内に入ってくる。貴族生徒を迎えにきたのだ。

 昼休みや放課後は執事やメイド達も校舎内を自由に動き回ることが許されているからだ。


「おーおー、豪勢な迎えだねぇ」

「そうだね。なんか圧倒されちゃうけど、これも慣れなきゃいけないんだよね」

「これも日常の光景になるだろうからな。ってあれ? そういやレイハさん来てねぇんだな。あの人なら誰よりも先に教室に入ってくるかと思ったんだけど」

「そう言えば……」


 いつもならばいの一番に飛んできそうなレイハの姿がないことにハルマも疑問を覚える。


「んー、二人ともなんの話してるのー?」

「あぁ、ハルマのメイドがなかなか来ないって話してたんだよ。こいつのメイド、かなりアレだから」

「メイド……もしかしてハルマって貴族なの?」

「あれ、言ってなかったっけ。俺もこいつも貴族だぞ」

「はえー、そうだったんだ。いいなー、メイドさん。わたしも欲しいなー。なんでもしてくれるんでしょ?」

「いや、そういうわけでもないんだけど」

「そうか? お前のとこのレイハさんはなんでもしてくれそうな感じだったけどなぁ」

「そうでもないよ。確かにレイハさんは優しいけど、でも同じくらい厳しいところもあるし。少なくともフィオナみたいにだらだらってのは許してくれないかな」

「そっかぁ。あ、じゃあラゼンは?」

「いや、俺はメイドついて来てないんだよ。家出てまでメイドに甘えるなって親父がな。だから俺は一人なんだ」

「なんだ。じゃあわたしはハルマでいいやー」

「ボクは君のメイドじゃないよ!?」

「冗談だよ。でも意外と似合うかもしれないよ、メイド服」

「それは似合ってもあんまり嬉しくないなー」

「で、そのメイドさんが来ないの? どうして?」

「それがボクにもわからなくて。時間を間違えてるってことはないと思うんだけど」


 そんな話をしていたその時だった。


「ディルク様」

「あれ、フェミナさん? どうしてここに。って、エリカも一緒?」

「こんにちはハルマ。今朝は挨拶できなかったものね。同じクラスになれなかったのは残念だけど、隣のクラスみたいね。そっちの二人はお友達?」

「うん。こっちはラゼン。ボクのルームメイトで、こっちの子はフィオナ。出会ったのはついさっきなんだけど」

「そう。よろしくね二人とも。あたしはエリカ・ドラグニールよ」

「ドラグニールって、あのドラグニール!? ドラグニール流剣術の!?」

「そうよ」

「ドラグニ?」

「ドラグニールだよドラグニール流剣術! この国に住んでる男なら誰もが一度は憧れる剣術なんだぞ! なにせあの『剣帝』の使う剣術なんだからな! まぁ、俺はその……剣の才能があんまり無かったから途中で諦めたんだけどな」

「ふーん、そうなんだ」

「って興味なしかよ!」

「剣術学んでもお腹は膨れないから。それより大事なのは寝ること」

「えっと、ずいぶん独特な子なのね」

「あはは……それはボクもこの短い時間で痛感してる。ってそうだ。どうして二人がここに? ボクに何か用?」

「あ、そうだった。用があるのはあたしじゃないの。フェミナ」

「はい。実はレイハから伝言を預かっていまして」

「レイハさんから?」

「はい。どうやらギルドに呼ばれてしまったようでして。緊急の用で戻るのは明日か明後日になりそうだと」

「ギルドに……そっか。わかった。ありがとうフェミナさん」

「いえ。レイハからは『私がいない間、坊ちゃまのことをよろしく』と頼まれていますので。もし何かあれば私をお呼びください」

「そこまでしてもらわなくても。ボクは大丈夫だから」

「あたしもそう言ってるんだけどね。ハルマも十五歳なんだから大丈夫だって」

「そういうわけにはいきません。『坊ちゃまに何かあったら容赦しない』と言われてますので」

「レイハさん……」

「ホントに過保護っていうか……まぁらしいといえばらしいんでしょうけど。とりあえずそういうことよ。そうだ、もし良かったら一緒に昼食を食べない? 本当なら彼女と食べる予定だったんでしょう? 実はルームメイトに美味しいお店を教えてもらったのよ」

「いいの?」

「えぇ。そっちの二人もよければ一緒に。食事に人数が多い方が楽しいでしょ?」

「そういうことなら一緒に行かせてもらおうかな」

「おごりなら行く」

「直球ね。ふふ、いいわよ。今日の食事はあたしが出すから」

「じゃあ行く」

 

 初対面のエリカに対しても物怖じしないフィオナの姿勢にハルマはある種の尊敬の念すら抱いていた。


「それじゃあ行きましょうか。早く行かないと混むかもしれないって話だし」

「失礼します」


 昼食に向かおうとしたハルマ達の前に現れたのは執事服を着た男だった。

 しかし、全員知らない顔なのか思わず顔を見合わせる。そんな彼の目は先頭に立つエリカではなく、その後ろにいたハルマに向けられていた。


「ハルマ・ディルク様でお間違いないでしょうか」

「えっと……はい。ボクはハルマ・ディルクですけど」

「良かった。申し遅れました。わたくし、ランドール家執事のセバスチャンという者です」

「っ! ランドールって……」


 ハルマの脳裏に蘇るのは以前戦ったアデル・ランドールの姿だ。あの一件以降、アデルと会うことはできていなかった。

 どうなったのかずっと気になってはいたのだが、レイハに聞いても教えてくれなかったのだ。


「本日はアデル様より、あなたを食事に招待するようにと言付かっております。もしよろしければいかがでしょうか」


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