第85話 入学式
フィオナを背負って講堂まで戻ってきたハルマはそのまま急いでラゼンの元へと向かった。幸いラゼンは最初の位置から移動していなかったのですぐに見つけることができた。
フィオナを背負っているハルマの当然奇異の目は向けられたが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
「ごめんラゼン、遅くなっちゃって」
「おう。ずいぶん時間かかった――って誰だよそいつ!?」
「えっと……トイレに行った帰りに出会った子なんだけど。フィオナって言うんだ」
「よろしく」
「よろしく……って、なんでそんなことになってんだ?」
「まぁそれに関しては色々あって」
「思ったより悪くなかった。見た目よりしっかり鍛えてるみただったし。でもちょっと揺れて寝づらかったから次からは揺らさないように気をつけて」
「ごめん……って次!? またやるの!?」
「ふぁ……ねむい……寝る」
席に座るなり再びスヤスヤと眠るフィオナ。そんな彼女の自由奔放さにハルマはもう呆れるしかなかった。
「ずいぶん自由な奴だな……」
「うん。それはもうなんていうかこの短時間で痛感したよ……」
もうスヤスヤと眠っているフィオナの姿を見てハルマとラゼンはなんともいえない顔をする。周囲がこれだけ入学式で浮き足立っているというのに、ここまで我を貫き通せるというのはいっそ清々しかった。
「ここまでできるのはちょっと羨ましいけどね」
「だな」
ハルマとラゼンがそんな話をしているうちに講堂内に入学式の開始のアナウンスがされる。そして、教員達がまだ浮ついている生徒達を座らせて入学式が始まった。
ハルマにとって初めての入学式は新鮮な経験だった。
開式の辞から始まり、各国からやってきた来賓が新入生に向けて祝辞を送る。各国のVIPとも言える人々がハルマ達に言葉を贈る。普通に生活していれば出会うことのないであろう人々との出会いにハルマは感動すら覚えていた。
そして、学園代表の祝辞として学園長であるミーナが出てきた。
「みなさん、おはようございます」
それまでどこか退屈そうにしていた生徒達も、ミーナの姿を見てにわかにざわつく。それも仕方のないことだろう。ミーナはまさに生きる伝説の一人。ミーナに憧れて聖ソフィア学園に入った者も少なくないだろう。
ハルマとてその影響を受けた側面は否定できないのだから。レイハが入学を認めてくれたのもミーナの存在が大きい。
「みなさん、入学おめでとうございます。厳しい試験を乗り越え、この学園に入学されたこと喜ばしく思います。まぁ、伝えるべきことはもう伝えておりますので。私からは短く。この学園の理念の一つは『博愛』です。『他者を想い、他者を愛すこと。種族の違いもなにもなく、国境の違いもなく。そうすれば世界は平和になる』。これはかつてこの学園を創設した聖女ソフィアのお言葉です。私は彼女の言葉を否定しません。ですが、それが難しいこともまた知っています。他者への思いやりを抱くには『強さ』が必要だから。ゆえに、私があなた達に求めることはただ一つ。この学園生活の中で『強さ』を手にすること。この『強さ』をどう捉えるか、何を持って『強さ』とするのか。この学園生活の中でその答えを見つけることができることを期待しています」
ミーナの言葉に空気が引き締まる。
「『強さ』か……うーん、俺なら単純に力だと思っちまうけどなぁ。やっぱ強い方が格好良いもんな!」
「うん。ボクもそう思うけど。でも今のミーナさんの言い方だとそれだけじゃないような……」
「ふぁ……甘いね」
「フィオナ。起きてたの?」
「ちょっと前から。あのおばさんが殺気向けてきてたし」
「おば――っ?! ちょ、ちょっとフィオナ! その言い方はまずいよ!」
慌てて壇上に目を向けるハルマ。先ほどまでは気付いていなかったが、確かにミーナはフィオナに目を向けていた。そしてその隣にいるハルマにも。まさか聞こえていないとは思うが、ミーナならばもしやと思ってしまうだけの何かがあった。
「あんまり滅多なこと言っちゃダメだよ。もし聞こえてたら」
「ふっ、おばさんは地獄耳だもんね」
「だからフィオナっ!」
「こらそこっ、うるさいぞ。静かにしなさいっ」
「あ、ごめんなさい」
少し大きな声で話しすぎたせいか、ハルマは教員から注意を受けてしまう。
ふと気付けば周囲の生徒達の目がハルマ達に向いていた。
そうして一瞬弛緩しかけた空気を壇上にいたミーナがパンッ、と手を叩いて引き締めなおす。
「以上で私からの挨拶を終わります。堅苦しいことを言いましたが、みなさんがこの学園生活を楽しんでくれることを願っています」
そう言ってミーナは壇上から下がっていく。
そしてそんなミーナの言葉を最後に入学式は終わりを迎えた。その後、入れ替わるようにして壇上に副学長が登壇した。
「えー、さっそくではございますが今からクラス分けの発表をします。一年次のクラスは入試の成績によって振り分けられます。各自確認後、各々の教室へと向かってください」
「お、クラス分けやっとか。ずっと気になってたんだよなぁ。同じクラスだといいな」
「うん、そうだね。フィオナは……ってまた寝てる」
「確認に行くのめんどい。ハルマ、代わりに行って来て」
「ダメだよ。ちゃんと行かないと」
「うー……」
渋るフィオナを無理矢理立たせてクラスの確認に行くハルマとラゼン。
「えーと、ボクの名前は……あ! あった!」
「お! 一緒のクラスだなハルマ!」
「うん! 良かった」
「わたしの名前はー……どこ?」
「フィオナの名前もあったよ。ボク達と同じクラス」
「そっか。良かった。ならクラスまで運んでー。わたし眠い」
「さすがに寝過ぎじゃないかな。入学式の間もずっと寝てたでしょ」
「んー、できればずっと寝てたい。一日二十四時間は寝てたい」
「それ一日中寝てたいってことだよね」
「その通り。だから運んでー」
「ははっ、すっかり気に入られたなハルマ。とりあえず運んでやれよ。もうみんな移動し始めてるしな」
「はぁ、仕方無いか。じゃあ行こうか」
「よろー」
そしてハルマは再びフィオナを拾って、教室へと向かうのだった。
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