第4章 ハルマ、学園に入学する
第84話 ボーイ ミーツ スリーピングガール
レイハに見送られて学園へと向かったハルマは、いよいよ入学ということを意識して緊張し始めていた。
そんなハルマの様子に気付いたラゼンは笑って軽く肩を叩く。
「おいハルマ、いくらなんでも緊張し過ぎだって。今日は別に大したことしないだろ。入学式があって、クラスメイトと顔合わせするくらいだって」
「うん。そうなんだけど……そのクラスメイトと顔を合わせるのが一番怖いんだけど。すごく緊張してるっていうか」
「んー、大丈夫だと思うけどな。ほら、こうやって俺ともダチになれたわけだしな! 今から気負っててもしょうがないだろ!」
「それはラゼンが優しいからだよ。でも、そうだよね。会う前から怖がってちゃダメだよね。いつまでもレイハさん達に頼ってるわけにはいかないんだし、ボクも頑張らないと」
グッと気合いを入れて拳を握るハルマはラゼンと一緒に講堂へと向かうのだった。
入学式が行われる講堂へと入ったハルマは、その生徒の多さに思わず圧倒されてしまった。以前この学園に見学に来た時よりもずっと多い。
「うわぁ、すごい。ここにいるの全員新入生なんだよね」
「あぁ。みたいだな。いやー、さすがに人気の学園だよな。こんな人数、さすがに俺も初めて見る。地元でもけっこういたけど、さすがにここまでの人数は居なかったしな」
「そうなんだ。ボクはずっと一人だったからなぁ」
講堂にいる同じ制服を生徒達の姿を見て、不思議な感慨を抱く。これまでハルマの周囲に居たのは年上の人ばかり。身も蓋もない言い方をしてしまえば、本当に同い年の人が存在していたのかと驚いていた。
「座る場所は……自由でいいみたいだな。よし、あっちの方に座ろうぜ」
「うん。あ、でもちょっと待って。ボク先にトイレに行ってくるよ。なんか緊張しちゃって」
「そうか。わかった。とりあえず俺はあそこに座ってるから」
「わかった。それじゃまたあとで」
急いで講堂を出たハルマはそのままの足でトイレへと向かう。しかし、ハルマと同じような考えの人が多かったのか近場のトイレはどこも混んでおり、結局ハルマがたどり着けたのは講堂から遠く離れたトイレだった。
「ふぅ、思ったよりも時間かかっちゃったな」
用を足してトイレから出てきたハルマは周囲を見回す。急いでいたとはいえ、混んでいない場所を探したせいで講堂からかなり離れた場所まで来てしまっていたのだ。
「とりあえず講堂はあっちで良かったよね。まだ時間はあると思うんだけど」
まだ学園に慣れてないハルマは現在地を正確に把握できていなかった。急いでいたせいで講堂への道もなんとなくしか覚えていなかったのだ。そんなうろ覚えの記憶を探りながらハルマは講堂へと向かう。
その途中でのことだった。
「すぅ……すぅ……」
「え?」
その声は木陰のベンチから聞こえてきた。ハルマは不思議とその声に導かれるように近付いていった。
起こさないようにと気をつけながら近付いたハルマが目にしたのは、木陰に設置されたベンチでスヤスヤと気持ち良さそうに眠る少女の姿だった。
「人形……?」
驚いて目を見開くハルマ。もちろん本当に人形でないことはわかっている。しかし、人形と見間違えてしまうほどに目の前の少女は美しかった。雪のように真っ白な髪と肌。そして均整の取れたその体。ただ寝ているだけなのに、その姿すら絵になってしまうような。そんな少女の寝姿にハルマは思わず目を奪われていた。
「ん……」
「っ!」
近付いてきたハルマに気付いたのか、少女が僅かに身じろぎする。思わず息を呑むハルマは動くこともできなくなってしまった。動けば少女が起きてしまうのではないかと、そう思ってしまったのだ。
(えっと……どうしよう。起こした方がいいのかな? たぶんこの子もボクと同じ新入生だよね。だとしたらいつまでもここに寝させてるわけにも……もうすぐ入学式始まっちゃうし)
制服の装飾は学年によって色が違う。ハルマと同じ装飾が施されているということはこの少女も同じ学年なのだということがわかる。
起こすことを決めたハルマは意を決して少女の前に立つ。
「あ、あの……」
「…………」
「えっと……おーい……」
「…………」
ハルマの呼びかける声が小さいのか、それとも少女がそれほど深い眠りについているのか。どちらにせよハルマが呼びかけても少女は起きる気配を見せなかった。
「うーん、仕方無いか。これ以上時間かけてるとボクまで遅刻しそうだし」
少女の肩を揺するハルマ。それを何度も繰り返していると、ようやく少女が薄らと目を開ける。
「んー……」
「あ、起きた? えっと、ごめんね。せっかく気持ち良さそうに寝てたのに。でも入学式に遅刻しそうだったからつい」
「……だれ?」
少女が寝ぼけ眼をこすりながら首を傾げる。少女の紅い目はハルマを映しているようで映していない。起きているのか起きていないのかすら微妙なラインだ。
「ボクはハルマ。ハルマ・ディルクだよ。えっと君と同じ一年生かな」
「一年生……?」
「あれ、君も一年生だと思ったんだけど。もしかして違った?」
「……あ、そうだった。わたし、入学したんだった」
どこかボーッとしたままの少女に調子を崩されるハルマ。本当に忘れていたのか、ただ寝ぼけているだけなのか、それは判然としない。
「とにかく早く行かないと、遅刻しちゃうよ」
「眠い……寝る」
「えぇ!? 寝ちゃダメだって!」
「んぅ……うるさいっ」
「あだっ!」
少女の手でペシッと叩かれるハルマ。少女の睡眠への欲求はかなり強いのか、頑として目を閉じたまま開けようとしない。
しかし、ここまでされてはさすがのハルマといえどムッとする気持ちは抑えられない。ハルマは絶対に起こすという気持ちを強くする。
「いいから起きて! 初日から遅刻なんてするわけにはいかないでしょ!」
「うぅー……」
「ほらっ、ベンチで横になってないで体起こして!」
グッと力を込めて少女の体を起こそうとするハルマ。しかし少女の体はまるで縫い付けられているかの如く動かない。
「う、動かない……」
「ふっ」
少女は目を閉じたままハルマのことを嘲笑うように鼻を鳴らす。その態度がますますハルマを意地にする。しかし無理矢理起こせないとなればできることはそう多くない。まさか初対面の少女を叩くわけにもいかないのだから。
「困ったな……あ、そうだ」
そこでハルマの脳裏に過ったのはレイハの姿。毎朝レイハはハルマのことを起こしに来てくれていた。そんな彼女が使っていた手段だ。ハルマも何度もくらったことがある。
「よし、これなら」
ハルマは首に提げていたペンダントを取り出す。レイハの魔法が込められた、護身用のペンダント。このペンダントはレイハの氷でできている。カバーで覆われているため、普通に身につけている分には何の支障もないが、カバーを外せば一転して狂気となる。
「でもホントにいいのかな……いや、ここは彼女のためにも心を鬼にして。そりゃっ!」
ハルマは一瞬の躊躇の後、ペンダントを少女の首に当てる。
その瞬間のことだった。
「っっっ!!!」
カッと目を見開き跳び上がる少女。あまりの冷たさに驚いたのか、ベンチの上に立ち上がっていた。
「な、ななな、なにそれ……」
「えっと、氷でできたペンダントなんだけど。ごめん、まさかここまで反応が良いとは思わなくて」
ハルマの想定以上の反応に思わず謝ってしまうハルマ。だが、少女を起こすという目的は達成できた。
「むぅ……せっかく気持ち良く寝てたのに」
「寝るなら入学式とか、もろもろの用事が終わってからにした方がいいって。勝手に休んだりしたら先生に怒られるよ」
「わたしは別に気にしない。そもそもこの学園に来たのだって……」
「?」
「なんでもない。で、あなた誰?」
「さっきも自己紹介したと思うんだけど……」
「聞いてなかった」
「えぇ……まぁいいや。ボクはハルマ・ディルクだよ。よろしくね」
「わたしの睡眠を邪魔するような人とはよろしくしたくない」
「それは本当にごめん。だけど、やっぱりもったいないと思うし。ってそうだ! 入学式! 早く行かないと。ほら君も……えーと……」
「フィオナ。わたしの名前」
「それじゃあフィオナ、行こう! これ以上ここに居たら入学式が始まる!」
「……運んで」
「へ?」
「自分で歩いて行くの面倒だから。運んで」
「えっと……本気?」
「当たり前。じゃなきゃここから動かない。寝る」
フィオナの目は本気だった。本気でハルマに運んでもらおうとしていた。そんな確固たる意思をハルマはフィオナから感じていた。
そんなことできない、と言いたいハルマだったがフィオナがそれで納得するとも思えない。では彼女をここに置いて行けるかと言えばそれはノーだ。それができるならば最初から無理矢理起こすような真似もしない。
必然、ハルマの出せる答えは一つだけだった。
「……わかった」
絞り出すようにハルマが言うと、フィオナの表情がパッと明るくなる。
ハルマはフィオナに背を向けて、背負うことができる姿勢を取った。そんなハルマの背にフィオナは躊躇なくのしかかる。
「ん。それじゃよろしく」
「っ!?」
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ……」
なんでもないはずがなかった。フィオナが背に乗った瞬間に感じた二つの柔らかい感触。意識しないようにしようとすればするほどそちらに意識が向いてしまう。しかしそれを責めることはできない。ハルマも男の子なのだから。
「と、とにかく急ぐからちゃんと掴まっててね」
「ん。それじゃあれっつごー」
そしてハルマはフィオナを背負って講堂へと急ぐのだった。
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