第83話 生まれる違和感

 襲ってきた盗賊を返り討ちにして、尋問したレイハはレクティ、そして商人と一緒に盗賊団のアジトへと向かっていた。

 

「ふぅ、けっこう入り組んだ道なのね。道理でなかなか見つからないわけだわ」

「…………」

「どうしたの?」

「お前、よく平気な顔してられるな」


 アジトへ向かって進むレイハだが、その後に付いて歩くレクティと商人の表情は暗い。特に大きな麻袋を担ぐ商人は気の毒なほどに顔を青ざめさせていた。


「何の話よ」

「さっきのことだよ!! さっきの尋問! よくあんなことできるな!」

 

 レクティの脳裏に焼き付いているのはレイハが盗賊に対して行った尋問、いや、拷問だ。

 かつて盗賊として生活していたレクティはそれなりにそういう場面に耐性を持っているはずだった。しかし、それでもなおレイハの拷問は思わず目を背けたくなるほどに酷かった。

 ジワジワと体と精神を削るやり方。得意ではないと言っていたが、とてもそんな風には見えなかった。

 商人が拷問の対象にならなかったのは、盗賊ではないということに加えて別件でギルドに突き出すためだ。


「なかなか情報を吐かなかったんだからしょうがないでしょう? 仲間意識が強いのはけっこうだけど、それで死んでたら元も子もないわよね」

「いや、最終的に全員殺してるじゃねぇーか」


 馬車を襲ってきた盗賊達は結局誰一人として生き残ることができなかった。レイハが殺したからだ。盗賊達の命乞いも無意味だった。レイハは無慈悲に、機械的に、淡々と生き残った盗賊を殺していった。

 その様子は過去にレクティが見たレイハの姿とも重なるものがあって、思わず背筋がゾクリとしてしまったほどだ。


「さて、そろそろね」


 聞き出したアジトへと近付いたレイハはキョロキョロと周囲を見回す。罠があるかどうかの確認だ。


「さすがにけっこうな数が仕掛けられてるわね」

「あぁ、でも気づけりゃ大した罠じゃないしどうする? 避けていくか?」

「避ける? 何言ってるのよ。このまま進むに決まってるでしょ」

「は?」

「私ね、盗賊が嫌いなの」

「あぁ、さっきもそう言ってたけど。それと罠を避けないことになんの関係があるんだよ」

「だから決めてるの。盗賊団のアジトに乗り込む時は正面から全部食い破るって」

「いや、なんだよその妙な信念は」

「罠が怖いならあなた達は後ろから付いてくることね」

「へいへい。おいおっさん、つーわけだから死にたくなかったら後ろにいろ」

「わ、わかってます! あんな目には遭いたくありませんから」


 小太りの商人は完全に怯えきっていた。レイハの拷問も間近で見たのだからそれも仕方ないのだろう。

 そんな二人をよそにレイハはまるで散歩をするかのごとく気安い足取りで罠の中へと踏み込んで行った。

 最初にレイハを襲った罠は巨大な丸太だった。しかもただの丸太ではない、鉄釘が至る所に差し込まれた凶悪な形をしている。勢いよく迫る丸太は当たれば人など容易く肉塊へと変えてしまうだろう。しかしそんな殺意の塊のような丸太をレイハは片手で受け止める。丸太に差し込まれた鉄釘も掌に氷を纏わせることで貫くことすらできていなかった。


「ふっ、ただのおもちゃね」


 氷が一気に丸太を包み込み、そのまま砕け散る。その後も落とし穴は氷で塞ぎ、頭上から落ちて来た鉄球は氷で巨大なバットを作って打ち返した。

 そうして仕掛けれた罠の数々をあっという間に攻略したレイハ達はアジトの入り口へとたどり着いた。


「そうね……このまま乗り込んでもいいんだけど、それじゃ面白くないわよね」


 ニヤリと酷薄な笑みを浮かべるレイハに、レクティは若干嫌な予感を覚える。そしてその予感はすぐに的中した。


「ねぇ、それ渡してくれる?」

「は、はい? これをですか?」

「早くして」

「は、はいっ!」


 レイハは商人の持っていた麻袋を受け取ると、そのままアジトの扉を蹴破った。


「な、なんだ! 誰だてめぇ!!」

「はいはい。テンプレな反応どーも。あなた達に返すものがあるのよ。わざわざ持って来てあげたの、感謝して」


 レイハはそう言うと騒ぎを聞きつけて集まってきた盗賊達の前に麻袋を放り投げる。最初は罠を警戒していた盗賊達だったが、勇気を出した一人が麻袋を拾ってその中を覗く。しかしその勇気は間違いだった。


「ひ、ひぃっ!?」


 麻袋の中を覗いた男が腰を抜かす。その拍子に麻袋を転がしてしまい、中に入っていたモノが零れる。

 それを見た盗賊達は全員顔を強張らせた。零れ落ちたモノ、それは生首だった。盗賊達の生首。殺した盗賊達の生首をレイハは麻袋の中につめて商人に運ばせていたのだ。


「あぁ、それあなた達の仲間よ。さすがに殺したまま放置っていうのはいくら盗賊とはいえ可哀想だから。こうして持ってきてあげたの」


 優しいでしょ、と言わんばかりのレイハの態度に盗賊達は異様な化物を相手にしているような気分になる。


「お、お前よくもこんな! ふざけてんのか!!」

「最近入ったばかり子まで……こんなの酷いっ!」

「……酷い?」


 ヒステリックにレイハのことを罵る盗賊達にレイハは心底冷めきった目を向ける。


「あなた達だって同じようなことをしてるでしょう? 攫ってきた人はどうしたのかしら? まさかそのまま優しく逃がしてあげたなんてことはないでしょう? 男は殺して、女は売るか慰みモノ。誰かの大切なモノを奪うことしかできない。それが盗賊でしょ? そんな奴らが酷い? ははっ、笑わせてくれるわね」


 パキパキとレイハの足元から地面が凍っていく。それはまるでレイハの感情に呼応するかのように。


「私は昔こう聞かされたわ。盗賊なんてやってる以上、いつ死んだって誰に殺されたって文句は言えない。言う権利が無い。それが盗賊の宿命だって。だから、あなた達にとってのその日が今日だった。ただそれだけの話よ。もしその運命を覆したいのなら私達を殺すことね。そうすれば今日の命は繋げるかもしれないわよ」


 逃げ場など無い。あるはずがない。アジトの出入り口は一つだけで、そこはレイハに抑えられている。生き残るにはレイハを殺すしかないのだ。


「こ、このガキがぁあああああああっっ!!」


 盗賊の中でも一際大柄な男が巨大な鉄槌を手にレイハに殴りかかる。叩き潰してやる、そんな殺意を込めて振り降ろされた一撃をレイハは片手で受け止めた。


「んーーっっ! んぬぁあああああああっっ!!」

「それが全力? ダメね。それじゃあ明日は生きれない」


 大男と比べてはるかに小さなレイハ。しかしレイハはビクともしない。そして空いている方の手で短剣を一閃。大男はあっさりと生首達の仲間入りすることになった。


「さぁ、次は誰?」

「う、うわぁあああああああっっ!! 助けてくれぇえええええっっ!!」

「いやぁあああああああああっ!」

「団長がやられちまったぁああああっっ!」


 どうやら今の大男がこの盗賊団の団長だったらしく、その団長があっさりと殺された姿を見て心が折れたのか、盗賊達が我先にと逃げ出す。


「え、今の団長だったの? それにしては弱すぎ――いえ、どうでもいいことね。それじゃ残りを処理しましょうか。って、何ボーッと見てるのレクティ」

「あ、いや。なんでもねぇよ。それじゃ行くか。捕まってる奴もいるかもしれないしな」


 レクティはボーッとしていたわけではなかった。レイハに見惚れていたのだ。無慈悲を絵に描いたようなその在り方。殺意と冷たさの混じったその雰囲気に当てられていた。

 アジトの中を進むレイハとレクティは一人、また一人と盗賊達を殺していく。ギルドからの依頼内容は盗賊達の生死問わずになっていた。レイハほどの実力があれば生け捕りも容易なのだが、誰一人として生かすつもりは無いらしい。

 そうして殺し続けて、最後の一人。その男は最奥の部屋へと飛び込んだ。


「う、動くなっ!!」

「…………」

「こ、こいつを殺すぞ!!」


 盗賊の男が身なりがボロボロの女の首に短剣を突きつけながらレイハのことを脅す。

 様子を見るに女は盗賊に攫われてきたのだろう。どんな扱いを受けてきたのかは一目見ればわかる。生気に欠けた瞳はどこも見ておらず、命の危機が迫っているというのに脱力したまま動かない。されるがままだ。


「……一度だけチャンスをあげるわ」

「は? チャンス?」

「あなたは生きたい? それともここで終わりたい?」

「そ、そんなの生きたいに決まってんだろうが!!」

「私は神様じゃない。私にできるのはこの場から救うことだけ。でも本当の意味であなたを救う手段なんて持たない。もしかしたら生き残ったことでより苦しむことになるかもしれない。それでもあなたが未来に希望を見いだせるなら、助けてあげる。そうじゃないなら……ここで終わらせてあげるわ」

「なに言ってんだよ! だから死にたくねぇって言ってんだろうが!!」


 叫ぶ男。しかしレイハは反応しない。ジッと待っていた。

 そして――。


「――たぃ」


 その声は男ではなく、男が人質にしていた女の声だった。


「いき……たぃ、死にたく……なぃっ」


 絞り出すような声音。その言葉を聞いたレイハは初めて小さく笑みを浮かべた。


「うるせぇぞてめぇ! 勝手に喋ってんじゃ――」

「うるさいのはあなたよ。私は一度もあなたに話しかけてないし」


 目にも留まらぬ早業だった。男の首が宙を舞い、地面に転がる。女に血がかからぬようにその傷口は氷で塞がれていた。倒れそうになる女の体をレイハは支える。


「これまでよく頑張ったわね」


 先ほどまでとはまるで違う、慈愛に満ちたその表情にようやく己が助かったことを自覚したのか、女が涙を流しながら嗚咽を漏らす。レイハはそんな女のことを優しく慰め続けた。


「…………」


 その光景を後ろで見ていたレクティは、どこか違和感を覚えていた。

 違う、とレクティの心が訴えてくるのだ。何が違うのか、どう違うのか。それはレクティ自身にもわからない。ただ漠然とそんな感情を抱いてしまったのだ。


「何してるの? もう終わったしさっさと帰るわよ。彼女を病院に連れていかないと」

「あ、あぁ……そうだな」


 レクティもレイハの後に続いて歩き出す。

 結局この時のレクティは自分が何に対して違和感を覚えたのか気付けなかった。そしてこの違和感は徐々に大きくなり、レクティの中に歪みを生むことになるのだが……この時のレクティには知る由もないことだった。

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