第82話 いざ盗賊退治へ

 翌朝。レイハはギルドの前でレクティのことを待っていた。


「……遅い」


 しかし、いつまでもやってこないレクティに苛立つレイハ。もうすでにギルドの前で待ち始めてから一時間が経とうとしていた。しかし一人で行くわけにもいかない。レイハ一人で問題ない実力があろうとも、ギルドの規約を出されれば従うしかないのだから。

 いっそ止まっている宿を調べて乗り込んでやろうかとレイハが考え出した時だった。


「なんだ、もう来てたのか。早いな。ふぁ……眠い」

「遅い」

「うおっ!? い、いきなり氷投げてくんなよ! 殺す気か!」


 挨拶するなりレイハがノータイムで投げてきた氷をギリギリのところで躱すレクティ。投げてきた氷は氷柱のような形になっていて、レクティのすぐ横にあった壁に突き刺さる。もし避けていなければレクティの顔面が同じことになっていただろう。


「待たせるそっちが悪い。遅刻は死をもって贖いなさい」

「遅刻って、ちゃんと朝に来ただろうが! 時間指定しなかったのはそっちだろ! 時間がわかんなかったからできるだけ早く来たってのに」

「……? あ……」


 そこでレイハはようやく昨夜、食堂で自分が言ったことを思い出した。


『明日の朝、ギルドの前に集合で』


 急いで帰ろうとしたせいで時間指定をするのをすっかり忘れていたのだ。

 つまり、一時間も待っていたのは時間指定をしなかったレイハ自身の責任ということになる。


「……ゴホンッ、それじゃあ行きましょうか」

「おいっ!!」

「過ぎたことを気にしてもしょうがないわ。人間、前を向いて生きるべきよ」

「お前が言うなっっ!!」


 そんなレクティの言葉をサラッと流してレイハはギルドの中へと入る。レクティはそんなレイハの態度にため息を吐きながら後に続く。

 ギルド内に入ったレイハは迷うことなく依頼の貼り付けられているボードのもとへと向かい、サッと目を通すと一枚の依頼を手に取って受付へと向かった。


「D級の依頼? 今日はB級の依頼受けるんじゃ無かったのか?」

「えぇ、そのつもりよ。昨日考えていたのだけど、今日は盗賊の殲滅依頼の方をこなすわ。だけどそのついでに受けれそうな依頼があったからそれも一緒に受けるだけ」

「えー、なになに。商人の護衛依頼? 隣街までの護衛か。確かに難しい依頼じゃないな。あれ、でもこの辺って確か……あぁ、そういうことか」

「そういうことよ。わかったらさっさと準備して」


 



 それから二時間後、依頼を出した商人と合流したレイハとレクティは商人の引く馬車に乗って山中を移動していた。

 馬車の荷台で荷物と一緒に揺られるレイハとレクティは早めの昼食をとりながらジッとその時を待っていた。


「暇だなー」

「そうね」

「早く来ねーかなー」

「そうね」

「まさかこのまま来なかったりしてなー。なーんて」

「……はぁ。さっきからなんなの? 無駄話をして私を苛立たせたいの?」

「いやそういうわけじゃないけどさ。もう一時間くらい揺られっぱなしだろ。さすがに眠たくなってくるっていうか。確かにこのルートは盗賊団の網なんだろうけど、だからって確実に襲うわけじゃないだろ」


 レイハには言っていないが、レクティも過去は盗賊団に所属していた。だからこそ盗賊団が何を狙うかもよく知っていた。


「心配ないわ。確実に来るから」

「あのー、先ほどから何か物騒な話をされてますが、本当に大丈夫なんですかお二人だけで」


 小太りの商人の男が小窓から荷台の中を覗き声をかけてくる。その表情はレイハとレクティだけで本当に荷物を守れるのかと疑っている様子だった。

 しかしそんな商人の心配をレイハは鼻で笑う。


「そんな心配をしてる暇があるならさっさと進むことね」

「言い方冷たいな。依頼主なんだからもうちょっと優しくしてやれよ」

「私は私に与えられた依頼を果たすだけ。それ以外のことはどうでもいいもの」


 あくまでレイハのスタンスは変わらない。レイハたとえ依頼主だろうと媚びるようなことはしない。どんなに条件の良い依頼だとしても依頼主が気に入らなければ受けることすらしない。レイハが従うのはこの世でただ一人だけだからだ。


「……噂をすれば来たみたいね」

「っ! おっさん! 死にたくなかったら頭下げてな!」


 馬車へと近付く複数の気配に気付いたレイハとレクティが荷台から外へと飛び出す。

 屋根の上へと飛び上がったレイハは降り注ぐ矢の雨を氷の壁で防ぐ。


「特に何も仕掛けられてない普通の矢ね」

「すげぇなその氷。そんな風に使えんのか」

「見てる暇があるなら動いて欲しいんだけど。まぁ、このくらいの人数なら私一人でも十分だけど」

「いやいや、チーム組んでるからにはちゃんとあたしも働くって。よいしょっ!」


 大剣を担ぎ上げたレクティはレイハが馬車の上に貼った氷の傘から抜け出して襲ってきた盗賊達に斬りかかる。


「おらおらっ! ボサッとしてたら叩き潰すぞ!」

「うわぁっ!? な、なんだこいつ!!」

「うろたえるな! 囲んで捕まえろ!」

「無駄無駄ァッ!!」


 いきなり飛び出してきたレクティに驚いたのか、多少面喰らった様子の盗賊達だったが、そこはさすがにB級に区分されるだけの盗賊団。すぐに対処してレクティのことを包囲する。しかし、レイハの目を引いたのは盗賊団の方ではなくレクティの動きだった。

 数人に包囲されながらその動きに迷いは無い。遠距離攻撃ができる相手に正確に見極め、先に叩いている。大剣の扱いも相当なもので、斬るのではなく力任せに圧し潰すような戦い方。しかも常に盗賊の近くに位置取ることで他の仲間に範囲攻撃をさせないようにしている。B級冒険者というだけで侮っていたレイハだが、存外レクティの動きは悪くなかった。

 もちろんレイハからすれば取るに足らないレベルではあるのだが。それでもこのまま磨き続ければA級には届くであろう片鱗は見えた。


「それでも時間はかかりすぎだけど」


 盗賊団はまだ半数以上残っている。レイハは矢が降り止んだ一瞬の隙を突いて跳躍。矢を放っていた部隊を一瞬で殲滅した。


「なんだこのガキ!?」

「ガキ? そうね。確かに年齢的には子供かもしれないけど……それで侮られるのは少し苛立つわ。『氷刃』」


 愛用する短剣に氷を纏わせたレイハは数人を残して他の盗賊の首を刈り取る。目にも留まらぬ速さで動くレイハを誰も捉えることができない。

 馬車を襲った盗賊達が壊滅するまで、そう時間はかからなかった。

 


「お、そっちも終わったのか……って、死屍累々って感じだな」

「話してたとおり殺さずに捕まえてくれたのね」

「あぁ。でもどうするんだ? 今回の依頼って別に生死問わずなんだろ?」

「これで全員じゃないでしょ。アジトの場所を聞き出すのよ。私、そういうのあんまり得意じゃないから試せる回数は多い方が良いでしょ?」

「なんかサラッとエグいこと言うなお前」

「あら、じゃああなたが代わりにやってくれるの? それなら楽でいいんだけど」

「遠慮しとく。あたしも得意ではないし」

「それと……あなたも逃げないでね、商人さん」

「っ! な、なんの話でしょう……」

「それでしらばっくれてるつもり?」

「どういうことだよレイハ」

「単純に言うなら、この人はこの盗賊団とグルだったの。あえてこの道を通ることで盗賊団に襲わせてたのね」

「言いがかりです! そんな証拠がどこにあるんですか!!」

「私の勘」

「「は?」」

「そもそもこの道が盗賊に襲われるから危険だってことは周知の事実のはず。荷物を確実に運ぶことが目的なら飛空挺を使った方がずっと効率が良い。たとえ地上から馬車で運ぶとしても、コルドから別の街に行くルートは何通りもある。その中であなた、わざわざ毎回このルート通ってるでしょ」

「っ! そ、それは……この道が最短だからで……少しでも荷物を早く運ぶためです!」

「はぁ……もう説明するのも面倒だから一気に言わせてもらうわ。あなた、自分の商品に盗難の保険をかけてるでしょ。そしてここ最近それを何度も受け取っているわね。怪しんで調べたフルムレアから聞いたわ。さっき荷台に乗ってる時に確認したけど、とても急いで運ぶ必要があるような商品には見えなかったわね」


 自分の運ぶ商品に保険をかけ、護衛として低級の冒険者を雇う。盗賊団は商人からの合図で襲いかかり、冒険者と商品を攫うのだ。商人は冒険者に依頼を出したのに守り切れずに盗難にあったと主張し保険金を受け取る。そういう仕組みなのだ。

 ただ今回誤算があったとすれば、その依頼を受けたのがレイハとレクティだったということだけだ。


「わざと低級の冒険者でも受けれるように調整して。だけど残念だったわね。私が来たのが運の尽きよ。証拠を出せって言うなら……そうね、そのあたりもついでにこの盗賊から聞き出しましょう」


 レイハは盗賊達に目を向ける。その目は人を見る目ではなかった。ゴミを見るような冷たい目。その目に盗賊達はゾッと背筋を凍らせる。


「アジトの場所と構成人数、それからその商人との関係も。洗いざらい全部話してもらいましょうか」

「だ、誰が話すか!!」

「あのね、話してくださいって言ってるんじゃないの。私が話せって言ってるの。お願いじゃなく命令よ。従わないなら殺すだけ。大丈夫、まだ十人以上いるんだもの。あなた一人死んだところで何も問題ないわ」

「ひっ……」

「言葉だけじゃ足りない? だったら安心して。言葉以外でも聞いてあげるから。でも話す気があるなら話せる内に話してちょうだいね。私、盗賊が大っ嫌いなの。つい力加減を間違えてしまうかもしれないから」

 

 淡々と話すレイハに盗賊達だけでなく聞いていたレクティまで思わず顔を青ざめさせる。


「さて、それじゃあ――始めましょうか」


 地獄の始まりを告げるレイハの声が盗賊達に無情に降り注ぐ。

 それからしばらく、山の中に盗賊達の悲鳴が響き渡り続けたのだった。


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