第56話 王都最大の工房
寮を出たレイハはそのまま学園のある区画を抜けて、職人達が集まる区画へと向かっていた。
王都は人や物が最も集まる場所だ。つまり、物作りをする職人にとっては最高の環境が整えられているということだ。足りない材料も王都の冒険者に頼めばすぐに手に入る。職人にとっては理想的な環境とも言えるだろう。
しかしだからこそ規律が求められる場でもある。そのために出来上がったのが鍛冶組合。刀剣や鎧、魔道具を作る者達を纏めるための組織だ。
そしてレイハがやって来たのは職人達が集まる職人街でも一際大きな鍛冶工房。
ソルシュ王国で一番の工房『錬磨境』。そして世界レベルで見ても有数の鍛冶師達の居る場所だった。
レイハが『錬磨境』の扉を開くと、中は多くの人で賑わっていた。その雰囲気は冒険者ギルドの受付に似ている。ここは鍛冶や物作りの依頼を受け付ける場所なので、似ていて当然と言えば当然なのだが。
この場にいるほとんどが鍛冶師だ。人族、獣人族、様々な種族がいるが一番多いのはやはりドワーフ族だ。土と共に生きる種族。低身長で怪力。男性のドワーフは顎髭を蓄えている者が多い。髭が長ければ長いほど良いとされている。
そんなドワーフ族の最大の特徴は手先が器用なこと。物作りに長けているのだ。武器や防具だけでは無い。魔道具や建物も、有名な物はドワーフ族が造っていることが多い。
工房の受付に立っているのはそんなドワーフ族の女性だった。女性のドワーフ族というのは非常に数が少ない。生まれる確率は百人に一人。男のドワーフと違って髭は生えていない。しかし、低身長で怪力というのは共通している部分だ。
そんな珍しい存在に会えたことに驚きつつも、顔には出さずにレイハは受付へと近付く。
「すみません」
「はいはーい。依頼ですか? それとも依頼品の受け取りですか?」
「えっと、どちらでも無くて……人に会いに来たんです」
「会いに? 誰に会いに来たんですか?」
「ラトール様です。アルト・ラトール様。ここに居られると聞きまして」
アルト・ラトール。その名を知らない者はいないだろう。
ハーマッドやミーナと同じく、勇者パーティの一人。【鉄心】の異名を持ち、勇者パーティでは全員の武具の整備を請け負いながらハーマッドと並んで前衛として戦っていたドワーフ族の男性。つまり、レイハの仲間だった男だ。
アルトに会うためにレイハはわざわざこの工房までやって来たのだ。
「組合長ですか? 確かに居ますけど……でも、どうしてあなたが組合長に?」
受付の女性は明らかに不審がっている様子だった。
突然メイドの女が組合長であるアルトに会わせてくれと言ってきたのだから不審に思っても仕方が無いのかもしれない。
彼女はレイハとアルトの関係を知らないのだから。しかしそれを説明することもできなかった。
「もしかして組合長に直接依頼を頼もうとしてます? たまにいるんですよね。依頼できないからって直接頼もうとされる方が。あなたもその口ですか?」
この『錬磨境』には有名な鍛冶師が大勢いる。しかしその中でもやはり一番はアルトだ。アルトに鍛冶の依頼を頼みたいという人はそれこそ星の数ほどいる。しかし普通に依頼を出していたのでは受けてもらえるのは数年先などということになりかねない。だからこそ直接会って依頼しようとする人は後を絶たなかった。
受付の女性はレイハもそうなのではないかと疑っていたのだ。どこかの貴族が依頼のためにメイドを送ってきたのではないか、と。
「まぁでも、どちらにしても会うのは難しいと思いますよ? なにせ組合長は忙しい方ですから。今日も朝からずっと鍛冶場に籠もりきりで。依頼なら受け付けますから、こちらの用紙に名前と依頼内容、それから希望の鍛冶師がいればその名前も記入してください。ご期待に添えるかはわかりませんが」
「えっと……依頼を出しにきたわけではないんですけど。そうですね……ではせめて伝言をお願いできますか?」
「伝言? 組合長にですか? まぁそれくらいなら構いませんけど。なんてお伝えすれば?」
「そうですね……では、レイハが来た、と。これも一緒に渡していただければ伝わると思いますので」
「短剣ですか? まぁいいですけど。ではあちらでお待ちください」
訝しげな顔をしながらも受付の女性はレイハから短剣を受け取り離れていった。
本当なら短剣を渡すのは嫌だったのだが、名前だけでは信じてもらえないかもしれないと思ったからこそ確実に伝わる方法を選んだのだ。
受付の女性が戻ってくるのを待つ間、レイハは工房の中をグルッと見回す。新入りなのだろう鍛冶師がやって来た冒険者に自分の打った武器や鎧を宣伝している。そうして顧客を得ようとしているのだ。
こうした工房を利用する者は半数以上が冒険者だ。自身の命を守るための装備、当然手を抜けるはずもない。
最初はただ売っている物を買うだけという冒険者も多いだろうが、ランクが上がればそうも言っていられない。武器も防具も道具も、用意できる最善を尽くすのが冒険者にとって生き残るために必要なことなのだから。
(……まぁ、オレは冒険者時代にこんな場所利用したことなかったけどな。あの短剣だけで十分だったし。防具は邪魔になるだけだったし。そういやクラップとバレッタもB級に上がったらしいけど。そろそろオーダーメイドが必要になる頃だろうな。王都のギルドに戻るって言ってたし、もしかしたら会うこともあったりしてな)
そんなことを考えている内に、受付の女性がレイハのもとにやって来た。しかもやたらと焦った様子で。
「あ、あのすぐに来てください。えっと、組合長がお呼びですので! 案内させていただきますから!」
焦る女性に連れられてレイハは組合長の部屋へとやってきた。連れて来られたのは最上階。そのフロアは全てアルトのものだった。
アルトの作った武具が壁に並んでいる。見る者が見れば興奮止まない光景だろう。レイハですら思わず目を奪われるほどなのだから。
「こ、こちらです。ではわたしはこれで。その、失礼しました!!」
「あ、どうも……って、もう行っちゃった。足はや……」
気を取りなおしてレイハが部屋の扉をノックすると、すぐに扉が開いた。
誰かが開けたのではない、自動で開いたのだ。思わぬハイテク技術にレイハが驚いていると、部屋の奥から声がする。
「どうした。そんな所で立ってないで早く入ってこい」
その声が誰の声かなど聞くまでもなくわかっていた。
この部屋の主であるアルトだ。部屋の中には他に誰かがいるような気配も無い。これならば気を使う必要もないだろうとレイハは気を緩めて部屋の中へと入る。
そしてその部屋の中央に置いてあるソファにアルトは座っていた。ドワーフ族らしい厳つい顔をフッと緩ませて笑みを浮かべている。見た目は普通のドワーフ族だ。しかしその身から放たれる迫力は本物だった。ただそこに座っているだけで周囲を圧倒するような存在感があった。
「よく来たなレイハ」
「久しぶり、アルト」
レイハにとって実に数年ぶりとなる再会だった。
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