第55話 打ち解ける二人

 サマカとのハウスキーピング勝負の後、レイハはフェミナと一緒に与えられた部屋へと向かった。

 その部屋はレイハがディルク家で使っていた部屋と比べれば狭い。しかし、元々が広すぎた部屋だ。フェミナと二人で使うにも十分な広さはあった。


「思ったよりも広い部屋ですね。もっと狭い……というか、ベッドが二つ並べられているだけのような部屋を想像していたんですけど」

「そうですね。これならば十分というか。プライベートスペースなど無いものだと覚悟していましたが。どうしましょう、仕切りでも立てますか?」

「まぁそれは後で考えましょう。荷物はちゃんと運び込まれているようですね」

「荷物それだけなんですか?」


 レイハの持って来た荷物を見たフェミナは思わず目を丸くする。レイハが持って来た荷物は箱が一つだけ。逆に何を持ってきたのかと言いたくなるレベルだった。


「あぁ。私はそもそもあまり荷物を持たない方でして。もし足りない物があればここで買えば良いかと思いまして。逆にそちらはずいぶんと大荷物ですね」

「えっ!? あー……その、実はほとんど鍛錬用の器具なんですが、どれを持って行くか迷った結果、持って行けるだけ持っていってしまえ、と思いまして」

「なるほど……」

「い、今思ったよりもバカだなこの人って思いませんでした!?」

「いえ決してそんなことは……」

「目を逸らさないでください!!」

「まぁ鍛錬については好きにしてください。私は基本的に部屋を空けていると思いますので。寝る場所さえ確保できればそれで大丈夫です」

「いやいくらなんでもそれは流石に……」

「そうですか? なんなら私はベッドもいらないくらいですが。昔はベッドなんて無かったですし。地面にごろ寝でも平気なくらいです」

「いやいくらなんでもそれは……って、どんな生活してきたんですか!」

「……秘密です♪」

「可愛く言ってもダメですから!」

「む……大抵の人はこれで黙るのに。存外心が強いですね」

「何の話ですか! た、確かに少しドキッとはしてしまいましたけど。それとこれとは話が別です!」


 指を唇に当て、ウインクしながら笑みを浮かべるレイハは同性であるフェミナでもドキッとしてしまうほどに魅力的だった。しかしそこは剣の道を学ぶ者。心を強く保ち、流されることは無かった。

 この短時間でフェミナは感じていた。このレイハという娘は自分の手に負えるような存在ではないと。やることなすこと全てが常識外れなのだから。


「はぁ……まぁ良いです。それより、本当に大丈夫なんですか? あんなことして」

「何度も言っている通りです。私は私の意思を貫くだけ。それは誰にも邪魔させません。問題があるか無いかで言えば……まぁどっちでも構わないですね」

「どういうことですか?」

「そのままの意味ですよ。問題が無ければそれで良し。もしまだ突っかかって来られるのであればその都度対処するだけです」

「今回のようなことを繰り返していたら敵を作るばかりですよ?」

「かもしれませんね。ですが、それの何が問題なんですか?」

「え?」

「私の仕事は坊ちゃまに仕えること。ただそれだけです。誰に嫌われようが、そんなことは関係ありません。他者にどう思われようが、蛇蝎の如く嫌われようが、私の心は揺らがない。私の全てを捧げて坊ちゃまを守り、育てること。それだけが私の望みで、私のすべきことです。それ以外の全ては邪魔でしかない」

「っ……」


 レイハの目を見たフェミナは思わずたじろぐ。

 その目に映るのは忠誠心などという生易しいものでは無かった。異常なまでのハルマへの執着。ドロドロと溶けるその狂気混じりのその瞳は、常人のそれとは言い難かった。

 目の前にいるのは本当に人なのか。人以外の何かなのではないか。そんな馬鹿げた考えすら想わず信じてしまいそうになるほどに。


「ゴホンッ、すみません。私としたことが少し熱が入り過ぎました」

「……はっ、こちらこそごめんなさい。変なことを聞いてしまって」


 レイハの咳払いで、まるで金縛りから解かれたかのようにフェミナは動けるようになった。呼吸すら忘れていたのか、体が酸素を求めて荒い呼吸を繰り返す。

 これまで剣術の鍛錬で何度も危険な魔獣や魔物と相対してきた。だがそのどれとも比較にならないほどに、レイハに恐怖を覚えてしまっていたのだ。

 だがしかし、今目の前にいるレイハはごく普通の――普通と言うにはあまりにも目立ち過ぎるが――メイドでしか無かった。どこにも狂気など感じられない。ともすれば先ほど感じた狂気は気のせいだったのでは無いかと思うほどに。


「ともかく、私なら大丈夫です。ですが周囲と合わせることの必要性を理解していないわけではありません。ですからこれは……私のただの我が儘ですね」

「いえ、貫きたい思いがあるのは良いことだと思いますよ。何事も極めれば理に通ずる、それもまたドラグニール流の教えですから。剣の道もメイドとしての道もきっと同じはずです」


 フェミナがそう言うとレイハは少し意外そうな顔をして、フッと笑みを浮かべた。


「確かにドラグニール流ではそういう教えがありましたね。懐かしいです。ヴィルム卿に教えてもらったことがありました」

「旦那様に? いえ、そういえば面識があるのでしたね」

「今さらですけど、同室になったのがあなたで良かったかもしれません」

「それは……ありがとうございます、でいいんでしょうか?」

「ふふ、もちろんです。褒め言葉ですよ。ちなみにフェミナと呼んでも?」

「えぇ、問題ありません。喋り方も気安くしていただいて構いませんよ。同じメイドですし」

「そう? それじゃあお言葉に甘えて。私のこともレイハで構わないわ。フェミナも気安く喋っていいわよ。同じメイド、なんでしょう?」

「ありがとうございます。ですが私のこれは性分なので。気になると言うのであれば検討しますが」

「あははっ、別にそこまで言ってないけど。ようは自然体で構わないってことよ。そっちの方が楽ならそれでいいわ。これからよろしくフェミナ」

「えぇ、レイハも」


 何がレイハの琴線に触ったのか、それはフェミナにはわからなかった。しかし明らかにレイハと態度は確かに軟化していた。これならば上手くやっていけるかもしれないとフェミナはホッと胸をなで下ろす。


「フェミナはこの後どうするの?」

「とりあえず荷ほどきをすませようかと。その後は……特にありませんね。エリカお嬢様は本日、同室になられる方と親睦を深めたいとのことでしたので。今日は自由にして構わないと」

「なるほど。あのお嬢様らしいわね」

「あなたは?」

「私はご覧の通り荷ほどきと言うほどの荷物も無いから。ただ夕食は坊ちゃまと一緒にとるつもり」

「じゃあこの後は?」

「ちょっと用事が。周囲の状況も確認しておきたいし。何より一度行かなきゃいけない場所があるの」

「行かなきゃいけない場所?」

「えぇ。鍛冶場にね」


 レイハは腰に差してあった短剣を引き抜く。

 それは数多の宝剣を見てきたフェミナの目を引くほどに美しかった。


「綺麗な剣身……」

「ありがとう。でもこの短剣は整備するのが大変なの。知り合いに……いえ、仲間に見てもらいに行くの」


 そう言ってレイハは部屋を出て行くのだった。

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