第54話 レイハのやり方

 メルフィンによって汚れた状態へと回帰した部屋を、レイハはグルッと見回した。

 実際に入って見てレイハはその埃っぽさに思わず顔をしかめた。サマカがこの部屋を僅か十数分程度であれだけ綺麗な状態にできるというのは卓越した掃除技術があってのことだというのをレイハは理解した。


「言うだけのことはあると。まぁそうでなければ面白くありませんが」


 それでもレイハは余裕の笑みを崩さなかった。

 サマカと同じだ。これまで自分が築き上げてきたメイドとしての技能に絶対の自信があるからだ。そして【才能ギフト】の扱いについてもだ。

 レイハがこの世界で生き抜くために死に物狂いで磨いてきたその【才能ギフト】は他者とは一線を画すのだから。


「もう始めても?」

「えぇ、いつでもどうぞ」

「では……始めます」


 その宣言と同時だった。レイハが『氷』の【才能ギフト】を使う。

 フェミナはレイハが『氷』の【才能ギフト】を持っていることは知っていた。しかしそれをどう使うのかがわからなかった。

 生み出された氷がレイハの周囲で渦を巻く。その氷は加速を繰り返し、やがてレイハを中心に風が吹き荒れた。否、それはもはや風と言えるほど生易しいものではなく嵐と呼べるほどの勢いだった。


「レ、レイハさん!? いきなり何してるんですか!」


 思いもしなかったレイハの【才能ギフト】の使い方にフェミナは困惑する。それも当然だ。部屋の中で嵐を巻き起こすなど、それはもはや掃除ではなく破壊にも等しい行為だからだ。

 傍から見れば勝負を捨てたと思われても仕方のない行動だった。しかし、それは間違いだった。

 レイハを止めようとしたフェミナの肩を掴んだのはエルザだった。彼女の目はレイハの動きを、その真意を見抜いていた。


「待って。彼女は今、掃除をしている」

「え?」

「すっごいねぇ。あそこまでの技術。あの子ほんとにただのメイドなの~?」

「タダもんじゃねぇと思ったけど。はっ、面白い奴じゃねぇか」


 エルザだけではない。メルフィンもクレアも見抜いていた。

 しかしフェミナも、周囲にいた他のメイド達もわけがわからないという顔をしていた。そんなメイド達を見て呆れたようにため息を吐くエルザ。

 彼女達以外にレイハの行動を理解できているのは、驚きを顔に浮かべているサマカだけだった。


「よく見なさい。彼女の動きを、部屋がどうなっているのかを」


 言われてフェミナは部屋の中を注視する。

 レイハを中心にして巻き起こる風は、部屋の中を荒らし――てはいなかった。

 風に煽られ飛ばされていると思っていた家具は動いていなかった。その理由はすぐにわかった。家具は全て氷で固定されていたのだ。そして無秩序に吹いていると思っていた風もそうではなく、レイハが氷で壁を作ることで操作されていた。

 風で巻き上げられた埃は全て凍らせることで一箇所に固める。本棚の裏、ベッドの下など普通では手の届かない所も風と自在の形を変えることができる氷の前には関係無い。

 衣服や本も氷によってあるべき場所へと戻っていく。窓や床も氷に雑巾を纏わせることで拭き掃除が同時並行で行われていた。それはもはや無限の腕と化していた。

 その事実に気付いたフェミナは思わずゾッとした。フェミナは【才能ギフト】を持っていない。しかし、【才能ギフト】を操るというのがそれほど簡単では無いことは知っている。あのレベルまで到達するのにどれだけの修練をしたのか、その過程を想像して恐ろしくなったのだ。

 レイハ自身は部屋の中心から一歩も動くことなく、部屋が綺麗に整理されていく。その光景は圧巻を通りこして、神秘的ですらあった。

 これが本当に人の技なのかと。まさに神業。次元が違いすぎて妬む気持ちすら湧いてこない。


「……ふぅ。終わりました」


 時間にして三分ほど。あっという間の出来事ではあったが、フェミナや他のメイド達は完全に魅せられていた。

 掃除を終えた部屋の中は見違えていた。あれほど風と氷が荒れ狂っていたというのに、家具には傷一つなく、当然塵も埃も部屋の中には残っていない。窓ガラスや床は新品同様に磨き上げられ輝いていた。

 もはや誰の目に見ても勝者は明らかだった。その差はいっそ残酷ですらあった。サマカがレイハより劣っているとか、そんな次元の話では無い。ただレイハが異次元だっただけだ。


「どうですかお三方。これならご満足いただけるかと思いますが」


 掃除が終わった部屋の中を隅々まで確認する三人。

 

「……なるほど、一目見たときから実力はあると思っていましたが、まさかここまでだとは思いませんでした」

「【才能ギフト】をあんな使い方するなんてねぇ~。びっくりしちゃった。これならお嬢様のお部屋の掃除を任せても良いレベルかも。ねぇ、メルの代わりにやってくれない?」

「こら。バカなこと言ってんじゃねぇよ。まぁ確かにここまでできるなら公爵家のメイドとしても十分通用するだろうけどな」


 その言葉に周囲のメイド達がザワつきだす。クレアのその言葉はメイドに贈る賛辞としては最上級レベルのものだった。


「それはどうも。私は公爵家のメイドになるつもりはありませんが」

「ははっ、だろうな。お前ほどイカれた忠誠心持った奴はそうそういねぇし。でもだからこそこのレベルにまで到達できたのかもな」

「なんにせよ今回の勝負、勝者はあなたです。異論はありませんね」

「うん、それでいいんじゃないかな~」

「あぁ、あたしも文句ねぇよ」


 満場一致。審判を任された三人も、そしてその場にいたメイド達ですら認めざるを得なかった。しかしこの場でただ一人、納得することができない人物がいた。


「ふ……ふざけるんじゃないよ!!」


 サマカの大声に周囲のメイド達がビクッと身を竦ませる。怒り心頭といった様子で、その目はレイハのことを睨みつけていた。

 当然だ。自分のメイドとしてのプライドを自身の半分以下しか生きていない小娘にズタズタにされたのだから。


「サマカ、あなた私達の出した結論に何か文句があるっていうの?」

「っ……そうじゃありませんけど。でもおかしいでしょう! アタシよりもこんな小娘のほうが上だなんて。そうだ、きっと何か細工したに決まってる! 【才能ギフト】だけじゃなく魔道具か何か使って」

「もうやめなってサマカさん。これ以上の言い訳は見苦しいぞ」

「ププ、だっさぁ~」

「~~~~~~っっ」


 顔を真っ赤にするサマカはそれでも納得がいかないのかレイハに詰め寄る。


「いいからさっさと出しな! あんたの身ぐるみ剥がして――」

「触るな」

「っ!?」


 気付けばサマカは地面に転がされていた。何をされたのかすらわからなかった。困惑するサマカの頭上から、レイハの冷たい声が降り注ぐ。


「この服に触れて良いのは私が認めた人だけです」

「ふ、ふざけ――」


 無様に転がされたことでさらに怒りに火がつきそうになったサマカ。しかしそんなサマカの目の前にレイハが写真を落とした。

 その写真を見たサマカは驚きに目を見開く。それはサマカの息子の写真だったからだ。


「こ、これは……」


 驚き、困惑するサマカに顔を近づけてレイハは囁く。


「あなたの息子さん、今年で十八歳になったそうですね。つい先日学園を卒業して、この国の騎士団に入団されたとか。ずいぶん優秀な方なようですね。周囲にもずいぶん自慢されているそうじゃないですか。ところで、実は私こんな写真も持ってるんですよ」

「っ!? あ、あんたこれをいったいどこで!」

「あまり騒ぐと周囲に聞こえてしまいますよ」


 レイハはサマカを転がしたと同時に氷の壁を生み出して他のメイド達と自分達を分断した。ゆえにこの会話が漏れ聞こえる心配はない。しかし、それほど分厚い氷でもないので、騒げばその限りでは無かった。


「あなたの息子さん、ずいぶんとやんちゃだったようですね」

「…………」


 それはサマカの息子が魔道具の店で盗みを働いた時の写真だった。一時期グレていた息子が仲間にのせられてやってしまったのだ。

 息子の将来を考え、サマカはその事件を全力でもみ消した。伯爵家のメイド長という立場を利用し、多額の金と権力で店を黙らせたのだ。


「ど、どうしてこの時の写真が……」

「まぁそれは今どうでも良いことでしょう。確かなのは、私はあなたの息子を終わらせることができる。ただそれだけです。今の騎士団長は随分と潔癖な方だそうですからね。もしこの事が騎士団に知れたら……」

「や、やめとくれ! それだけは!」

「別に私はどっちでも構わないんですよ。そもそも最初からこれを使ってお話しても良かったんです。でもそうしなかったのは私の優しさ。わざわざあなたの勝負にも乗ってあげたのに、この後に及んで負けを認めようとしないから……結局こうなるんです」

「ど、どうすればいいんだい?」

「最初に言った通りですよ。私に命令しないこと。そして、私の行動に口を挟まないこと。そうすれば何もかも今まで通りです。気が向けば学園の方も手伝ってあげますよ」

「あんた、悪魔だね……」

「ふふ、よく言われます。こんなに優しいのに不思議ですね」

「わかった。わかったよ。あんたの提案を呑む」

「交渉成立です」


 レイハがサマカを立ち上がらせると同時に氷の壁を取り払う。

 忽然と現れた氷の壁に驚いていたメイド達は、笑みを浮かべるレイハと苦虫を噛み潰したような顔をするサマカを見て困惑する。

 全員の視線がレイハとサマカに集中するなか、サマカは深いため息とともに宣言した。


「アタシの負けだ。今回の勝負……あんたの勝ちだよ」


 

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