第53話 公爵家のメイド達

 ハウスキーピング。

 それはメイドに求められる最も基本的な技能にして、最も重要視される技能と言っても過言ではない。

 単純な戦闘能力で言えばレイハはこの場にいる誰よりも上かもしれない。しかしそれだけでは語れないのがメイドの世界なのだ。

 もちろん、一言でメイドと言ってもその在り方は多種多様だ。本来の意味通り家事従事者としてのメイドもいれば、主を守るために戦闘技能に特化したメイドもいる。ツキヨやミソラが良い例だろう。彼女達はお世辞にも家事技能があるとは言えない。逆にカレンは家事技能はディルク家の中でもトップクラスだが、戦闘能力は皆無だ。


「ハウスキーピング。なるほど。確かにどちらが優秀か決めるに相応しいですね」

「競うのは部屋の掃除。速さ、正確さ、そして最終敵な仕上がりを点数で決める。審判はあの方達に任せるよ」


 そう言ってサマカが指差したのは居並ぶメイド達のそのさらに後ろ。机の上で優雅にティータイムを楽しんでいる三人組だった。


「あれは……」


 その三人を見たレイハはスッと目を細めた。そのメイド服の意匠に見覚えがあったからだ。

 全体的に赤く、炎の意匠が施されたそのメイド服はブライナ家。薄い緑に風の意匠が施されたメイド服はドレアドル家。そして、白を基調としたオーソドックなメイド服に、水を表す意匠が施されているのがオードラン家。

 全員公爵家のメイドだ。ただのメイド、というにはあまりにも存在感のある三人だった。


「そういえば、今は四大公爵家の内、三家の方達が……いえ、今年からはランドール家も含めて全員が在学しているんでしたね」

「初めまして。私はオードラン家のメイド、エルザです」

「ドレアドル家のメルフィンだよ~」

「あたしはブライナ家のクレアだ。よろしくな!」


 メイド達の統括はサマカなのだろう。しかし、彼女がこの場で一番偉いわけではない。エルザ達はメイドとはいえ公爵家の人間。サマカの方がメイド歴が上だったとしても逆らえるはずなどないのだから。


「よろしいですかお三方」

「えぇ、私は別に構いませんよ」

「メルはパス~。お嬢様の命令に従って疲れてるから~」

「こらメル。ちゃんと働け。生意気な新人の教育も仕事の内だろ」

「生意気な新人……ふふ、そうですか。ここではそう見られるんですね」


 エルザ達にしてみればレイハは【勇者】であるディルク家のメイドとはいえ、所詮は男爵家のメイド。公爵家に仕える彼女達とは雲泥の差があった。


「お、落ち着いてくださいレイハさん! ここで彼女達にまで喧嘩を売ったらいよいよ洒落になりません!」

「えぇわかってます。もちろんわかってますよ。それはまだ先の話です。今は彼女達をわからせるのが先です」


 レイハとていきなり公爵家の使用人に喧嘩を売るような真似はしない。すでにサマカ達に喧嘩を売った身でどの口が、という話だが。


「ではお受けいただけるということで。さぁ新入り。どっちが代表してやるんだい?」

「それはもちろん私が。そちらは?」

「もちろんアタシだよ。負けた方が勝者の言うことをきく。それでいいね」

「えぇ。先手はそちらに譲りましょう。年功序列です」

「おやいいのかい? あまりの実力差に戦意を喪失する羽目になるかもしれないよ」

「それはやってみなければわからないでしょう。もっとも、心配せずともそうはならないと思いますが」

「はんっ、生意気な娘だよ。言っとくけどアタシは【才能ギフト】も使うからね」

「どうぞご自由に。ところで掃除する場所は?」

「こっちだよ」


 サマカの後について行くと、そこには散らかった部屋があった。衣服や本など様々な物が散乱し、あちこち埃まみれ。ベッドや家具などは一通り揃っているが、とても住めるような環境では無かった。


「この使用人寮にはね、メイドとしての技能を磨くための部屋が用意されてるのさ。この部屋もその部屋の内の一つだよ。ここを使って今日は勝負するんだ」

「なるほど。確かに良い舞台なのかもしれませんね」

「じゃあアタシから行かせてもらうよ」


 先に部屋に入ったサマカはグルッと部屋を一周見回すと、カッと目を見開いて一気に動き始めた。


「そいやぁあああああああああああっっ!!」


 掃除を始めたサマカの動きに迷いは無かった。まずは埃。巧みに箒を使いながら部屋に散らかるゴミ、埃を片づけていく。


「出た! あれはサマカさんの【才能ギフト】である『偽腕』!」

「あまりに速すぎてサマカさんの動きが目で追いきれない!」

「そしてその『偽腕』と塵一つ見逃さない鋭い眼から繰り出される最高の掃除技術、私もこの目で見るのは初めてだけど。あれがサマカさんの必殺掃除術」

「「「その名も『阿修羅』!!」」」

「あれを使うってことはサマカさんも本気なのね!」


 キャーキャーと騒ぎ立てるメイド達。

 そんなメイド達のノリにフェミナは完全に置いていかれていた。


「なんですか必殺掃除術って」

「メイドなら誰でも持っているでしょう?」

「え?」

「確かにこの寮のメイド達の統括というだけあって実力は確かなようですね。『偽腕』によって六本になった腕を巧みに使って掃き、拭き、そして整理の三つを同時にこなしている。それでいて基本に忠実なあの動き。彼女がメイドとして築き上げてきた技能の高さがわかるもの。あれが彼女の必殺掃除術『阿修羅』」

「いやまぁ、確かにすごい動きではありますけど。え? もしかしてついて行けてないの私だけですか?」


 フェミナがポカンとしている間にも更にサマカの動きは加速していく。

 そして――。


「これで、終わりよぉおおおおおおっっ!!」


 勢いよく叫ぶ言葉とは裏腹にそっと優しく机の上に花瓶を置くサマカ。

 部屋の中はまるで見違えていた。散らかっていた本は綺麗に本棚に収められ、衣服も種類ごとに棚へと仕舞われた。埃やゴミもしっかりと処理されていた。かかった時間は実に十数分程度。あり得ない早さだった。


「はぁはぁ……ど、どうだい? これがアタシの実力だよ。お三方、採点を」


 サマカがそう言うと、審判を務めるエルザ達が部屋の中へ入っていき、そして隅々まで確認していく。


「……まぁ、速さに特化した分多少の粗はありますが、これならば十分に及第点でしょう」

「窓のサッシのところもちゃんと掃除してるのは評価してあげてもいいかな~」

「いいんじゃないか? 本もちゃんとジャンルごとに仕分けされてるし。片付けもこれだけできてたら十分だろ。ま、急ぎすぎてちょっと家具の位置がズレてるのがマイナスだけどな」


 三人の評価はまずまずといった具合だった。フェミナの目には完璧に見えたのだが、それでもエルザ達の審査の目は厳しかった。確かに言われてみれば本棚やその他の家具の位置が僅かにズレている。しかしそれは本当に微々たるズレ。言われなければわからないほどのズレだった。


「なんて厳しい……これが公爵家のメイド」

「とりあえず採点はこんなものかしら。メルフィン、戻してくれる?」

「はーい」

「戻す?」

「え~いっ」


 間の抜けるような声と共にメルフィンがパン、と手を叩く。その途端、部屋の中がまるで巻き戻ったかのように掃除をする前の姿に戻った。


「これは……」

「んー? これはメルの【才能ギフト】だよ~。『復元』っていうの。この【才能ギフト】があるからこの部屋を技能を磨くための部屋にできるんだよ~」

「なるほど。かなり有用な【才能ギフト】ですね」

「そうかな~? えへへ、メル褒められちゃった」

「褒められたくらいで喜ぶなよ。それじゃ次はあんたの番だろ。どんな掃除技術を持ってるのか楽しみにしてるぜ」

「あれだけの啖呵を切ったのですから、期待外れでないことを祈っています」

「えぇ、もちろん。きっと驚くと思いますよ」

「はんっ、なんだったらあんた達は二人で一緒にやってもいいよ。アタシだって鬼じゃない。それくらいのハンデはあげようじゃないか」

「必要ありません。私一人で十分です」

「レイハさん、大丈夫なんですか?」

「大丈夫です。というよりも、この掃除方法は私一人じゃないとできないので。きっと驚くと思いますよ」


 そう言ってレイハはイタズラっぽい笑みを浮かべると、散らかった部屋の中へと入るのだった。

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