第52話 私に命令して良いのは一人だけですから

 ハルマが学生寮の中へと入っていくのを見届けたレイハはようやく自分の寮へと向かった。

 しかしその頭の中はハルマのことでいっぱいだ。同室になるであろう同級生とうまくやれているのか。もし馬が合わずに喧嘩になっていたらどうしようか。考えるのはそんなことばかりだ。


「やっぱり私も一緒に行った方が良かった? でも今そんなことしたら坊ちゃまのことを信じてないみたいだし……あぁでもやっぱり心配! もし同室の奴が坊ちゃまに少しでも失礼なことをしてようものなら氷漬けにして晒し上げてやる」


 レイハは事前にハルマの同室になる生徒のことについて調べ上げていた。ラゼン・ノーリアス。南部に領地を持つ男爵家の長男。人当たりの良い性格で、学力については聖ソフィア学園の合格ラインギリギリ。しかし、体術に秀でており実技で点数を稼いで入学することができた。

 レイハが調べた限り、ラゼンに問題は見当たらない。しかしだからといってハルマと性格が合うかと言われればそれはわからない。人と人の相性など実際に会うまでわからないのだから。しかし合わないかもしれないというその可能性がレイハの心配を増大させるのだ。


「はぁ……こんなんじゃまたシアに笑われる」

「あら、あなたはディルク家の」


 ふと後ろから聞き覚えのある声がしてレイハは振り返る。

 そこに居たのはエリカのメイドであるフェミナだった。


「あなたはドラグニール家の。あぁ、そういえばこの寮にあなたの名前がありましたね。私と同室でしたか」

「えぇ、わたしも確かに今日からこの寮に……って、どうして同室だってこと知ってるんですか? わたしまだ何も聞いてないんですけど」

「調べたので」


 本当のところは調べたのではなくミーナから聞いていただけなのだが、それをわざわざフェミナに説明する義理もない。


「なんというか……言いたいことは色々とありますが、同室ということなのでしたらこれからよろしくお願いします。ところで、調べたというのであればあの噂はご存じですか? 使用人寮の中にはカーストが存在するという」

「あぁ。仕える家の爵位。それから仕える主の学内での立場によってこの寮での立場も決まるという噂ですか?」

「それです。本当なのでしょうか。この名高き聖ソフィア学園でそのような……」

「本当でしょうね。そういうのに場所は関係ありませんよ。人が集まる場所には避けられない運命のようなものです。くだらないとは思いますけどね。まぁですが関係ありません。対処はしていますので。勝負というのは始まる前に決着をつけておくものです」

「どういうことですか?」

「ふふ、さぁ行きましょう。早く荷ほどきをしなければ」


 フェミナは怪訝な顔をしながらも先に寮へと入ったレイハの後を追った。

 そして目にした光景に思わず面喰らった。そこにはズラッとメイド達が並んでいたからだ。メイド達が居並ぶその様子は圧巻ですらあった。


「あんた達が今日最後だね。よく来たね、歓迎するよレイハ、それからフェミナ」


 メイド達の先頭に立っていた壮年の女性だった。凜としたその佇まいはメイドとしての歴の長さを感じさせるものだった。


「アタシは――」

「サマカ・ラナールさん。センセリア伯爵家のメイド長。現在はセンセリア家次男であるコーレ・センセリア様の世話役として来られてる。そうですよね?」

「っ、よく知ってるね。その通りだよ。ついでに言うとアタシはこの寮でメイド達のまとめ役を任せれてるんだ。だから今日からはあんた達もアタシの言うことに従ってもらうよ」。なんせ広い学園だ。やらなきゃいけない仕事はいくらでもあるからね」


 確かに聖ソフィア学園の敷地は広い。ここにいるメイド達全員を合わせてもまだ足りないと言えるほどに。そして、この敷地の管理もまたメイド達の仕事の一つだった。

 ならば確かに協力して物事に当たるべきなのかもしれない。そう思っていたフェミナだったが、レイハの答えは違っていた。


「お断りします」

「は?」

「えっ!?」


 まさかの拒絶にフェミナだけでなく、その場にいた全員が驚いていた。しかし当の本人はまるで気にもせず飄々としたものだった。


「……もう一度、言ってくれるかしら?」

「えぇ、何度でも言いましょう」


 高圧的な態度でレイハを睨みつけるサマカを前に、レイハは慄くどころか笑みすら浮かべていた。

 

「あなた達の命令は聞きません。私に命令して良いのはこの世界でただ一人、坊ちゃまだけです」


 レイハにとって主とはハルマだけ。そしてレイハが従うのもハルマだけ。他の者の命令など聞くはずも無かった。

 もちろんレイハとていきなり波風を立てるつもりは無かった。しかし、サマカがレイハの上に立とうとするのであれば話は別だ。それだけはレイハにとって譲れない一線なのだから。


「……ふざけてるの?」

「これがふざけてるように見えますか? であればその目は節穴かと。私は本気ですよ」

「ちょ、ちょっとレイハさんっ」

「あなたもそう思うフェミナさん。どうして自分が仕える方以外の命令を聞かなければならないのかと」

「私まで巻き込まないでください!」

「違うんですか?」

「それは……確かに、お嬢様以外の方の命令を聞くのは不服ではありますが、それが必要だというのであれば――」

「私は自分を曲げません。いついかなる時であろうともです。私に命令して良いのは坊ちゃまだけ。私が従うのは坊ちゃまだけ」

「……へぇ、いい度胸してるねあんた達。まさかいきなり逆らおうとするだなんて。そういう活きが良い子は久しぶりだよ。あんた達みたいな子は初めてじゃないよ。これまでにも主以外の言うことは聞かないって、頑固な娘はいた。だけどね、そうやって逆らってきた子達はみんなアタシの前にひれ伏したんだよ!」


 レイハに譲れぬ一線があるように、サマカにもまた譲れない一線がある。新参者であるレイハにここまで言われてはいそうですかと引き下がることなどできるはずもなかった。

 互いに譲らぬというのであれば、その先に待つものは一つだけだ。


「勝負だよ」

「受けて立ちましょう」


 バチバチと正面から睨み合うレイハはサマカの申し出をすんなりと受け入れた。

 しかし、フェミナはそんなレイハの手を引いて無理矢理部屋の隅へと連れて行く。


「ちょ、ちょっとレイハさん! いきなり問題を起こしてどうするんですか!」

「問題? 私は別に何も問題は起こしていませんよ。ただ自分の意思を彼女達に伝えただけです。それが受け入れられないのであればこうなるのもやむを得ないことだと思いますが」

「ですから、もしここで問題を起こしたらハルマ様に迷惑がかかるかもしれないんですよ!?」

「なら認めさせれば良いだけでしょう。彼女達に私の在り方を。私は折れませんよ。絶対に」


 協調性などクソ食らえと言わんばかりに我を貫くレイハの姿にフェミナは思わず頭を抱える。

 以前出会った時から普通のメイドでは無いと思っていたのだが、まさかここまでだとは思わなかったからだ。しかし、どちらにせよもう後には引けない。というよりもレイハは引かないだろう。


「話合いは終わった? で、あなたはどっちにつくのフェミナ」

「私は……はぁ、私も彼女と同意見です。お嬢様以外の方の命令を聞くつもりはありません」

「良かったんですか?」

「ここまで来たら私も付き合います。それに、私も全く同じとは言いませんが、お嬢様以外の命令を聞くのは嫌ですので」

「……ふふ、そうこなくっちゃ。さぁサマカさん。いったい何の勝負を? もちろんどんな勝負でも負けませんが」

「メイド同士で行う勝負と言えば決まってるよ」


 この場に居るのはメイドだけ。ならば求められるのは戦闘能力ではない。


「ハウスキーピング! それがアタシ達が行う勝負だよ!」


 

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