第57話 鍛冶師アルト・ラトール
レイハを部屋へと迎え入れたアルトはそのままソファに座るように促した。
「まぁ座れ。茶くらいは出そう」
「あー、いいって。さっきまで鍛冶してたんだろ。そんな汗かいたむさ苦しい体で茶なんて淹れられても美味くないしな。ってか昔からアルトは茶淹れんの下手だっただろ」
「むぅ。これでも昔よりはマシになったと思うんだがな」
「代わりにオレが淹れてやるよ。坊ちゃまのために練習したからな」
「しかし客人にそんなことをさせるのは」
「今さら客だなんだなんていう間柄でもないだろ。茶葉はあそこの棚か?」
「……そうだな。ではお言葉に甘えるとしよう。茶葉は確かにその棚だ。よくわかったな」
「まぁ匂いがしてたしな。けっこういい茶葉持ってるんだな」
「自分で買ったわけじゃないんだがな。弟子がわざわざ送ってくれたんだ」
「そういやアルト、何人か弟子いるもんな。オレは一人しか会ったことないけど」
アルトほど高名な鍛冶師となれば国中、否、世界中から弟子になりたいとやって来る者がいる。中には数百人レベルで弟子を抱えてる鍛冶師もいるほどだ。
しかしアルトの弟子は数人だけだ。なぜ弟子を多く取らないのかはレイハも知らない。だからこそ弟子になることに価値があるとも言えるのだが。
「お前に会わせたことがあるのは……テレサだったか。そういえばあいつももうこっちに戻って来てるぞ。今日は冒険者と一緒に素材を集めに行ってる」
「え! そうだったのか!? あー、いや、でもそう言えばそんな感じのこと言ってたような。向こうに戻るからもう整備はできなくなるとかなんとか。あん時にはもうオレもこっちに来ることになってたから全然気にしてなかったな」
「俺がいない間の短剣の整備はテレサに任せてたんだったな。どうだった? あいつの腕は」
「はっ、そんなこと俺に聞くか? 見たらわかるんだろ」
アルトほどの鍛冶師になればテレサが整備した短剣を見るだけでその実力を推し量れるだろう。レイハが冒険者の実力を見るだけで推し量れるのと同じだ。
アルトは手にした短剣をマジマジと見ながら話を続ける。
「確かに。だが、お前の見立ても聞いておきたくてな」
「んー。まぁアルトとは比べるまでもねぇけど。オレの短剣を任せてもいいとは思ってる」
「ふっ、そうか」
素直では無いレイハの物言いにアルトは笑みを浮かべる。
アルトはレイハがどれだけこの短剣を大事にしているかを知っている。レイハにとって半身とも呼べる物だ。それを任せられると言うのだから、それはもはや信頼と同義だ。
「確かにこの短剣を見る限り、順調に腕を伸ばしているようだ。お前自身も手入れを怠っていないようだな」
「当たり前だろ」
アルトは剣を見るだけでその持ち主がどんな性格なのか、武器をどう使っているのかまで見抜くことができる。二つの剣を見せれば持ち主が誰なのかわかるという。
「よし、こんなもんだな。茶淹れたけど、茶菓子はあるのか?」
「向かいの棚に入ってる。好きなのを選べ」
「はいはいっと」
これも同じく弟子から送られてきたものなのだろう。向かいの戸棚には大量のお菓子が入っていた。その中から適当に選んで皿にのせ、茶と一緒に机の上に並べた。
「ほう。昔と比べてずいぶんと手際が良くなった」
「昔って、いつの頃の話してんだよ。オレだってこれでも十年メイドやってんだからな。坊ちゃまのために練習に練習を重ねたんだ。上達してないはずがない」
「自信家なところは相変わらずだ」
「うっせ」
「だが確かに美味い。成長したな、レイハ」
「そりゃどーも」
「本当に素直じゃない奴だ。だがそうだな、この美味い茶を淹れてくれた礼だ。この短剣、オレが整備してやろう」
「いいのか!?」
「そのために来たんだろう? ちょうど今は手が空いてる」
「いあマジで嬉しいよ! 確かに頼もうと思ってたけど、なんか忙しそうだから無理かなって思ってたんだよ」
「大げさな奴だ」
「大げさじゃないって。テレサの腕も悪くないけど、やっぱりアルトにやってもらうのが一番嬉しいからな!」
「そう言ってくれるとこちらとしてもやりがいがあるな。まぁ任せておけ。全力を尽くそう」
「なぁ、久しぶりだし見学してもいいか? 気が散るって言うなら遠慮するけど」
「別に構わない。だが、なら少し手伝ってもらおうか」
そう言うとアルトは短剣を手に工房へと向かった。レイハもその後に続いて工房へと入る。工房の作りは非常にシンプルだ。あるのは槌や金床、玉箸や炉、そして水槽など鍛冶に必要な道具だけ。余計な物は一つも無い。
「相変わらず酷使しているようだな。あまり無茶な使い方をしてると短剣の方が持たなくなるぞ」
「わかってるけど。でも、大切に使うな。使い潰すつもりで使え。それが元の持ち主から言われたことだからな」
それは酷い矛盾だった。レイハは短剣を自身の半身と呼べるほどに大事にしていながら、使う時には壊すことすら厭わぬ使い方をするのだから。
「なら、俺はこの短剣が壊れぬように。お前と共に在り続けられるようにしてやろう。最近質の良い金属が手に入ったからな」
アルトが炉に火種を入れる。その火はあっという間に大きく猛り、部屋の中の温度を一気に上昇させる。あまりの暑さに思わず『氷』を使いそうになるレイハだが、それはグッと堪える。余計なことをしてアルトの邪魔をしたくはないからだ。
アルトももはやレイハのことは見ていなかった。身じろぎ一つ許されないような緊張感が部屋の中に満ちる。
そして作業が始まる。槌で鉄を打つ甲高い音が部屋の中に響く。槌と鉄のぶつかる音は美しく、音楽のようですらあった。
レイハに鍛冶についての知識は無い。しかし真に境地に至った技は知識の無い者ですら魅了する。
火花が散る。鉄が形を変えていくごとに打つ音が変わる。離れた位置にいるレイハですら感じる熱気。その間近にいるアルトはどれほどの熱を感じているのか、想像もできない。
しかしそれでもアルトは表情一つ変えない。ただ真剣に鉄と向き合っていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
アルトの作業が終わりを迎えたのは日が落ち始めた頃だった。
「……完成だ」
「すげぇ……」
使い続けてきたレイハだからこそわかる。明らかに見違えていた。剣身が生き返っていた。
「今回の鉄は、お前の短剣によく馴染んでくれた。これでしばらくは大丈夫だろう。ただ手入れは怠るなよ」
「ありがとうアルト! あははっ、やっぱすげぇよ! あぁ、なんか使いたくてウズウズしてきた」
まるで幼子のように目を輝かせるレイハを見て、アルトは昔のことを思い出していた。
壊れかけの短剣を握りしめ、アルバ達に勝負を仕掛けてきた娘。しかし壊れかけていたのは短剣だけでは無い。レイハ自身もだった。
だからこそアルバ達はレイハを救ったのだ。それはもちろん簡単なことでは無かったが、今のこの姿を見て助けて良かったと心の底からアルトは思っていた。
今やレイハの存在はアルト達にとって年の離れた妹のような、あるいは娘のような存在なのだから。
「――ト、アルトってば!」
「っ、すまないボーッとしていた。なんだ?」
「ボーッとしてたって、やっぱ疲れてたのか? だとしたら無理させたんじゃ」
「いや、大丈夫だ。それより握った感覚はどうだ?」
「もちろん問題無いって。むしろさっきまでよりしっくりきてる感じもあるし」
「柄の方も少し調整しておいた。さすがに子供の頃の比べて手も大きくなってるだろうからな」
「さすが、気が利くなぁ。やっぱり坊ちゃまの誕生日プレゼントの刀もアルトに頼めば良かった」
「ハルマか。ミーナの学園に入学したんだろう? 元気そうで何よりだ」
「そりゃオレが一緒に居るんだからな。坊ちゃまのことは絶対に守ってみせる」
「今年で十五歳になったんだったか。刀を使うのか?」
「あぁ。うちのメイドが太刀使いで、そっちの方を教えてたから。だから誕生日プレゼントには刀を送ったんだ。もちろん良い刀なんだけど、アルトならもっと良い刀作れるだろ?」
「そう簡単に言うな。作れなくはないが、刀となればまた少し勝手が違う」
「だとしても、だよ。オレの知る限り最高の鍛冶師はアルトなんだからな。って、ヤバッ! のんびり話してる時間無かった。もうすぐ坊ちゃまと約束の時間だ」
「そうだったか。またいつでも来い。今度はハルマも一緒にな」
「うん! じゃあまたなアルト!」
「? おいレイハ、そっちは出口じゃ――」
アルトが言い終えるよりも早く、レイハが窓から飛び出していく。そしてそのまま屋根を伝って走り去ってしまった。
「……変わった思っていたが、あのお転婆ぶりは昔のままだな」
レイハの去って行った方を見ながら、アルトはそう言って苦笑するのだった。
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