第49話 二人の英雄

「月影一刀流八ノ型――『望月』」


 それは月影一刀流の最後の型。

 体内の魔力を圧縮し、溜める。そして一気に解放。肉体が壊されかねないほど爆発的に全身に満ちた魔力をツキヨは静の心でもって受け止め制御する。そして、動いた。荒れ狂う魔力の全てを太刀に乗せて振るった。


「我が太刀は影にして月。光たる太陽を喰らい、沈める者なり」


 納刀。ツキヨはもう竜を振り返ることは無かった。

 カチャンと言う音と同時、竜の首が地に落ちたからだ。重苦しい音を立てて地に落ちた途端、止まっていた時が動き出したかのように噴水の如く血を吹き出し始めた。


「わぷっ!? ってヤバ!?」


 竜を斬った余韻に浸っていたツキヨだったが、竜の血に赤く染められるメイド服を見て顔を真っ青にする。


「ミソラどうしよう! メイド服を血で汚しちゃった!? って、一人だけ逃げてる!」

「当たり前だろうが。あーあ、知らねぇぞ。帰るまでに新品同様にしとかねぇとレイハがブチ切れるぞ」

「それは……真竜と戦うよりも洒落になってないね」


 レイハはメイド服の扱いに厳しい。もちろん通常業務で汚す分には何も言わない。しかし不必要なことで汚した場合にはその限りでは無い。

 その時のレイハは烈火の如く怒る。それはさながら竜の逆鱗に触れるように。ツキヨだけではない、ミソラもその恐ろしさは身に染みて知っている。だからこそミソラはこうなることを予見し、さっさと木の陰に隠れて血の噴水から身を守ったのだ。


「うーん、仕方無い。こうなったら」

「こうなったら?」

「村長からもう報酬をクリーニングに当てるしかないね。はぁ、せっかくもらったお金でお酒とか色々買いたかったのに」


 そう言ってツキヨはガックリと肩を落とすのだった。




 その後、討伐した証として竜の首、そしてハルマへの追加の誕生日プレゼントとして竜の肉を切り分け、村へと戻った。

 まさか本当に戻ってくるとは思っていなかったのか、村長は竜の首を持って帰ってきたツキヨとミソラの姿を見て大層仰天した様子で尻餅をついていた。


「というわけで、約束通り報酬をもらおうかな。言ったよね。全財産を差し出すって。まさか用意してないなんて言わないよね?」

「脅しかよ。借金取りかっての」

「も、もちろん用意してます。ご満足いただけるかどうかはわかりませんが……」


 村長はツキヨ達が山へ向かった後、すぐに用意できるだけのお金を用意した。タイミング良くやってきていた商人にできうる限りの私財を売りお金を用意したのだ。

 それでもかろうじて用意できたのは大白貨五枚程度だった。

 竜種の討伐。それだけで国に讃えられるような偉業。真竜ともなれば尚更だ。最低でもこの国の最高貨幣である王貨を十枚は与えられるだろう。

 村長の差し出した金額はふざけるなと一蹴されてもおかしく無かった。

 恐る恐る用意できた金額を差し出す村長。そのさまはまるで断罪されるのを待つ罪人のようですらあった。

 しかし――。


「んー、まぁ村長が用意できるならこんなもんか。期待はしてなかったけどさ」

「いや大白貨十枚なら十分だろ。これでクリーニングの心配はしなくて良さそうだな」

「だね、それだけで良しとしようかな」

「あ、あの!」

「なに?」

「それで良いのですか? たったそれだけで」

「たったそれだけって。大白貨十枚ってかなりの大金だと思うけど。あ、それともまだ隠してる? それならちょっと話は変わってくるけど」

「いえ、隠してはいません! ですが本来の竜の討伐報酬は……」

「あー、そういうこと。確かに本来ならこれでも全く足りてないけど。でも私元々言ったしね。報酬は全財産でいいって。これが全財産なら私はこれでいいよ。約束は守るよ」

「ツキヨさん……」

「ま、それでもって言うなら今日休む所を用意して欲しいかなってくらいだよ」

「もちろん……もちろんです。用意させていただきます!」


 感極まったかのように涙を流す村長。

 そんな村長のもとにやって来たのは娘のケミーだった。彼女もツキヨとミソラが帰ってきたことを知って慌てて駆けつけてきたのだ。


「ツキヨさん、それにミソラさんも。本当にご無事で……っ!」

「っと、あのケミー? 抱きつかれると血で服が汚れちゃうよ?」

「そんなの気にしません!」

「いや私が気にしてるんだけど」

「お父さんからお二人が竜を討伐しに山に向かったって聞いて、私本当に心配で……本当に無事なんですよね? お怪我とかされてないですよね?」

「まぁそれは見ての通り……って、この格好だとわかりづらいか。でも本当に大丈夫だよ。私もミソラもピンピンしてるからさ」

「あぁ、この通りな」

「本当に良かったです。もしかしてわたしのためですか?」

「あはは、それは買いかぶり過ぎだよ。私はそこまでお人好しじゃないって。坊ちゃまに持って帰るプレゼントにちょうど良いかなって思っただけだよ。まぁでも、さすがにあの巨体

 全部を持って帰るのは無理だから残りはあげるよ。この竜の首もだけど、まだ体が山の方に残ってるからさ」

「え、でも!」


 竜の体。爪、鱗、牙、余すことなく全て使うことができる。武器にも鎧にも、魔道具や薬にまで。それも最上級の素材だ。ちゃんと売れば王貨数十枚にはなるだろう。


「会った時も言ったけど私達、帰る途中だから。そんなに色々持っててもしょうがないんだよね。それに……竜の肝は病気にも効くみたいだよ」

「っ! ツキヨさん、もしかして気付いて……」


 ケミーは病気を抱えていた。しかしケミーはそれを誰にも言わず隠していた。言えば父の負担になるとわかっていたからだ。しかし自然に治癒するようなこともなく、病気は悪化するばかりだったのだ。


「さぁね。とにかく宿に行っていいかな? もう疲れちゃって」

「だな。アタシももう眠い。やっぱ『獣化』使うとダメだ」

「あの……本当に、本当にありがとうございました!」


 そう言って宿に向かう二人に深々と頭を下げるケミー。

 その翌日、ツキヨとミソラは村民から感謝の意を伝えられ、引き留められながらも村を後にした。

 またきっと来る、そうケミーと約束をして。






 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■




「っていう経緯があって、あの竜の肉は手に入れたんだよ。ね、ミソラ」

「あぁ。あの時はさすがに疲れたなー」

「いやいや! 竜の討伐を疲れたなー、だけで済ましちゃダメですよ! すごい偉業じゃないですか!」


 興奮気味に叫ぶのはカレンだ。

 今はハルマの誕生日会の翌日。レイハに命じられて食堂に片付けをしている最中だった。

 その時にふとカレンは竜の肉をどこで手に入れたのかが気になり、二人に話を聞いたのだ。そうして聞かせてもらった物語はカレンの想像以上だった。


「すごいです! お二人が強いのは知ってましたけど、まさか真竜を倒せるだなんて!」

「んー……」

「どうしたんですか?」

「いやね。今にして思えばあの真竜、怪我してたんだろうなーって」

「怪我ですか?」

「あぁ、確かにそんな感じだったな。動きがどうにもノロいってか、庇うような動き方してたしな」

「どういうことですか? もしかしてお二人の前に挑んだ冒険者の方が傷を負わせていたとか?」

「そういうのとは違うかな。あれはたぶん、縄張り争いに負けたんだろうね。もとは別の場所に住処があって、そこにやってきた別に竜に縄張り争いで負けて、あの村の近くの山に来た。そして負った傷を治してたってところじゃないかな。ま、万全だったとしても負ける気はしないけど。問題は真竜を倒せるほどの力を持った竜か、それとも別の何かが向こうに居るってことだよね」

「つっても、アタシらには関係ねーだろ。居るとしてももっと東の方だろうしな。あっちに行く機会なんてそうそうねぇよ」

「……だね。ふぁあ……なんか話したら疲れちゃった。カレン、後は掃除よろしくー」

「だな。もう半分以上は片付いてるし、ここまで来たら後はカレンだけで大丈夫だろ」

「え、あ、ちょっとお二人とも――」

「どこに行こうとしてるのかしら?」

「「っ!」」


 突然聞こえてきた声にツキヨの方がビクッと動き、ミソラの尻尾がピンと立つ。

 恐る恐る振り返った二人の視界の先にいたのは、それはそれは綺麗な笑みを浮かべたレイハだった。


「いつまで経っても掃除が終わった様子が無いから見に来てみれば……」

「えっと……レイハ? もしかして今の話、聞いてた?」

「今の話? あぁ、あなた達が竜を討伐して村の英雄になった話かしら。すごいじゃない。まさかそんなことがあったなんてね」

「そ、そーそー。結構大変だったんだよ。なぁツキヨ」

「うん。私達坊ちゃまのために頑張ったんだから」

「確かに昨日坊ちゃまはドラゴンステーキを食べて大層喜んでたわ。坊ちゃまのために竜に肉を手に入れてきたあなた達の努力は認めてあげる。でも、それとサボりは別の話よ。サボろうとした罰……キッチリ受けてもらうから」


 この後にツキヨとミソラは語る。

 怒ったレイハの迫力は、真竜をはるかに超えていたと。






※通貨の価値について、登場人物まとめに追加しました。

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