第47話 月の満ちる夜

 ミソラの一撃が怒りに触れたのか、竜は怒りに身を震わせながら炎を吐く。

 竜のブレス。それは竜種の使うもっとも代表的な攻撃の一つだろう。火竜であれば炎を、雷竜であれば雷を、氷竜であれば氷を、といった具合に種類によってブレスは違うものの、どれも一撃必殺の威力を誇っている。

 今回の竜は火竜。使うのは炎のブレス。もし直撃すれば骨すら残らず灰燼と化すだろう。これまでにも竜はこのブレスで何度も冒険者を葬ってきた。

 しかし、今この竜の目の前にいるツキヨとミソラは今まで相手にしてきたような冒険者と同じでは無かった。


「いいね。ならこっちからも行こうか」


 ツキヨの一刀は二人に迫ってきたブレスを真っ二つに裂いた。ツキヨはただの剣圧で竜のブレスを防いだのだ。


『なんだと』

「ん。今ので君の首まで斬るつもりだったんだけど。踏み込みがちょっと浅かったかな」

「おいおいしっかりしろよ」

「そっちこそ。ボーッと立ってないで動いて欲しいんだけど。一人でやるのはめんどうだから」

「ったく。しょうがねぇな。じゃあどっちが仕留められるか勝負しようぜ」

「うん。乗った」

『貴様ら……一度我のブレスを防いだ程度で図に乗るな!!』


 二人の態度に竜はその体躯に見合った巨大な前腕で二人のことを押し潰そうとする。しかし今度はミソラがその前腕を受け止める。


『っ!』

「おいおいどうしたトカゲもどき。寝起きで力入ってねぇんじゃねぇか!!」


 ミソラの怪力に押し返され、逆に体勢を崩される竜。それを好機と見たのか、ツキヨがミソラを出し抜いて竜に斬りかかる。


「あ、てめぇ!」

「ごめんね。でも早い者勝ちだって言ったのはそっちだよ」


 しかし相手は竜。姿勢を崩した程度で容易く討ち取れるほど柔では無かった。

 凄まじい勢いでツキヨに尻尾が迫る。

 竜の尻尾。硬く、しなやかで、そして鋭い。その尾はまさしく剣の如く。ただ無造作に振るうだけで人など容易く屠れる武器だ。

 音速で迫るその尾を前に、ツキヨは薄く微笑を浮かべる。


「速いね。でも私の太刀はもっと速いよ。ねぇ――【月華氷刃】」


 ツキヨの大太刀は呼応するように淡く、冷たい輝きを放つ。


「月影一刀流二ノ型――『偃月』」


 正面に迫る竜の尾をツキヨは正面から斬り止めた。それだけでも竜にとっては驚嘆すべき事実だったのだが、同じくらい驚いていたのはツキヨだった。

 ツキヨは竜の尾を両断するつもりで剣を振るった。しかし思っていた以上に竜の尾が硬かったのだ。


「びっくりしたぁ~。君何年ものの竜なの? 思ったよりも年取ってる感じ? 見た目若いって言われない?」

「あー、アタシも思ったんだよ。最初に殴った時にこいつ硬ぇって。やっぱそういうことなのか?」

『ふん、何を今更言っている。我は真竜。祖に連なる者ぞ!』


 竜の砲声がビリビリと大気を振るわせる。

 竜種の中でも真竜と呼ばれるのは五百年以上の長き時を生きた竜だけ。そして竜というのは長き時を生きれば生きるだけ力を蓄える。体は大きくなり、鱗は硬く、そして魔力は高まる。


「あらら、これは思ってた以上の大物だ」

「あ、なんだよツキヨ。相手が真竜だからってビビってんのか?」

「まさか。むしろ嬉しいくらいだよ。でもそれならそうと言ってくれればよかったのに。そしたら私ももっとやる気が出たのにさぁ」

『っ!』


 それは五百年の時を生きた竜ですら思わず慄いてしまうほどの威圧感だった。爛々と輝くその瞳は竜のその力を知って歓喜しているようですらあった。


「だってさぁ。ただの竜種ってだけでもテンション上がるのに。ここにきてその竜が真竜だってわかったんだよ。嬉しくないはずないよねぇ。だって真竜なら私の力を、本気を受け止めてくれるでしょ。じゃなきゃおかしい。ねぇ、そうでしょ! ねぇねぇねぇっ!!」

「うわ、スイッチ入りやがった。久しぶりに見たなこの感じ」

『なんなのだこの娘は!』

「あー、もう諦めた方がいいぜ。こうなったツキヨを止められるのはレイハくらいだ。んでもって、実はアタシもこいつと同じだったりするんだ。お前が想像以上だったことに喜んでる。全身がウズウズしてんだ。アタシら本気でやり合うのは緊急時を除いてレイハに禁止されてるからなぁ。さぁ、お前もやる気出せよ。じゃなきゃ――瞬で終わるぞ」

『ぬっ!?』


 それは一呼吸の間も無かっただろう。しかし、その間にツキヨとミソラは竜の目の前に現れた。それは竜の生存本能だった。ここに来て初めて竜は命の危機を覚えた。目の前の二人が自分の命を狩るに足る存在だと認識したのだ。

 竜はその巨躯に似合わぬ俊敏さで空へと飛び上がり、ツキヨの太刀とミソラの拳を躱した。


『……まずは謝ろう。貴様らを下等生物と侮ったことを。ゆえに我も全力を尽くそう。これより先は処刑でも狩りでも無い。来い、竜の戦いを見せてやる』


 本気になった竜の体から溢れるのは人などはるかに越えた強大な魔力。

 寝た竜を完全に目覚めさせてしまった。本来ならば絶望するような状況だが、ツキヨ達は違った。むしろ待っていたと言わんばかりに笑みを深くする。


「調子乗って空飛んでんじゃねぇぞ!」


 木々を伝って高く跳躍したミソラが竜のことを叩き落とさんと攻撃を仕掛ける。しかしそんなミソラに対して竜はただ翼をはためかせるだけでミソラのことを弾き飛ばした。


「っ、翼動かしただけであの風かよ。マジか!」

『今度はこちらからいくぞ。今度の炎は先ほどとは比にならんぞ』


 竜の口内に炎が溜まる。それは先ほどのようにただ炎を吐くブレスとは違う。明らかに力を溜めていた。


『業火球!!』


 その余波だけで肌が焼けるほどの熱量。


「うん。いい感じだ。月影一刀流七ノ型――『居待月』!!」


 神速の居合い。鞘が煌めいたと思ったその刹那にはもう抜き放たれていた。

 ハルマの使った『居待月』とはレベルが違う。いつ動き始めたのか、いつ抜いたのか。そしていつの間に納刀されたのか。竜には見えなかった。

 ただ一つ確かなことは、その一撃で竜の業火球が二つに裂かれたことだ。

 ブレスを剣圧で裂いたのとは訳が違う。ツキヨは的確に、一瞬で業火球の中心を見抜き、そして斬ったのだ。

 口で言うほど簡単なものではない。人の域を超えた神業だ。しかしその神業すらツキヨにとってはただの技でしかない。


「あはっ♪ もっとだよ。君は真竜なんだからこんな程度じゃないよねぇ!」


 ツキヨのミソラと同じ動き、木々を利用して跳躍し竜の眼前へと至ったツキヨはその大太刀で竜の翼を斬り落とそうとする。しかしギリギリの所で躱されてしまい、今度は逆に尻尾で追撃される。

 宙では身動きが取れない。そう判断したがゆえの一撃だったが、ツキヨはそれを太刀を尾に滑らせることで躱してみせた。

 竜と真っ向から空中戦を交わすツキヨを見てミソラは笑みを浮かべる。


「あぁ、いいよなぁお前ばっかり楽しそうで。こっちは満足に殴れてねぇってのに。アタシにも殴らせろってんだ。でもまぁいいよな。あいつも本気で技使ってんだし。アタシも使っても。それに――」


 ここにはツキヨとミソラが本気で戦うことを諫めるレイハもいない。人気の無い山の中。なら多少本気で暴れてもいいだろうと。

 ミソラは空を見上げる。


「今日は暴れるにはちょうど良い日だ」


 そこには、大きな満月が昇っていた。

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