第46話 捕食者と餌
村長との契約を取り付けたツキヨは善は急げと言わんばかりに意気揚々と村長の家を出る。
「さてと、それじゃあ行こうか」
「……行くのは別にいいんだけどよ。お前って思ってた以上に性格悪いのな」
「そう? 利害はちゃんと一致してるんだから問題ないと思うけど。私はお金が欲しい。村長は娘を助けて欲しい。ほら、バッチリでしょ」
「バッチリ……なのか?」
明らかに狙っていたとしか思えない流れだったのだが、そこを指摘する気は無かった。そもそも睡眠薬を盛られた時点で村長の味方をする気などさらさら無いのだから。
むしろざまぁみろとまで思っている。ただそれはそれとしてツキヨの性格が悪いというだけの話だ。
「まぁ金ももらえてあのケミーって娘も助けられるならいいんじゃねぇか? 友達なんだろ」
「ん? いやー別にそこは割とどうでもいいんだけど」
「は?」
「いやだから、ケミーのことを助けたいとかは思ってないよ。まぁ生け贄になってたら残念だなって、それくらいは思うかもしれないけど。でも結局それは生き残るだけの力が無かった彼女が、そして生き残らせるだけの力が無かった村長が悪いんだから。強者が弱者から奪うのは自然の摂理だしね」
「んだよ、ずいぶん冷たいな」
「ミソラが優しすぎるだけだよ。もし私が無償で助ける存在がいるとしたら坊ちゃまくらいだけど」
「へぇ、そうなのか」
「そんな意外そうな顔する? 当然でしょ。私だってディルク家のメイドだし。それに坊ちゃまのことはそれなりに気に入ってるしね。それはミソラだって一緒でしょ」
「ん……まぁな」
ディルク家にいるメイド達は全員、大なり小なりハルマのことを気に入っている。それは当然ツキヨもだ。理由はそれぞれあれど、ハルマには仕えてもいいと思うだけの理由があった。
「その意味で言えば彼女は私の主人じゃない。だから助ける義理もないんだよね」
「おいおい、もうちょっと言い方あるだろ」
「言葉を取り繕うのは面倒だから。それに、竜を狩るのにはもう一個理由があるんだけど。まぁそれは今はいいかな」
あっけらかんとしたツキヨの物言いにミソラは嘆息する。しかし本音を隠さないその在り方はミソラにとってありがたくもある。そういった腹の読み合いは得意ではないからだ。
「はぁ……ま、いいか。そんじゃさっさと行こうぜ。あんまり時間かけると寝るのが遅くなっちまう」
「だね」
竜の討伐。本来ならば準備に準備を重ねて始めてようやく始まる。それもたった二人ではなくB級以上の冒険者を十人以上。竜種によれば一軍を用意する必要があるほどだ。
それほどまでに竜は強い。普通の魔獣や魔物とは一線を画す存在なのだ。
しかしツキヨとミソラは最低限に荷物だけを持って、竜がいるという山へと向かった。
ツキヨに必要なのは大太刀だけ。そしてミソラはその肉体こそが武器だからだ。
山へと入ったタイミングでミソラは再び口を開いた。
「んで、今回の竜ってどのレベルなんだろうな」
「さぁ? 竜がいるって聞いただけだし。でもわざわざ生け贄が欲しいなんて言うくらいだし? かなり知能はありそうだから意外と強いのがいるかもね」
「適当だなおい。まぁでも、強けりゃそっちの方がいいんだけどな」
竜にはランクがある。
竜もどきと呼ばれる亜竜。低位の竜は人語を理解することは無い。しかし成長すればするほどに知能も発達し、言葉を話すことができる竜もいる。ここまでくれば上位の竜として最大限の警戒を要求される。
そして竜種の最上位に位置するのが祖竜。目撃例は少ないが、確実に存在する。祖竜はもはや天災扱いだ。まず勝つことはできない。ジッと身を潜め、過ぎ去るのを待つしかないとまで言われている。
そして祖竜は竜人族の信仰対象でもある。もし祖竜に手を出すような真似をすればそれはすなわち竜人族全体を敵に回すことになるのだ。
「ま、さすがに祖竜ではないだろうし。それ意外ならなんとかなるでしょ」
「楽観的だな」
「できればいつか祖竜を狩ってみたいんだけどね」
「おいおい本気か?」
「もちろん本気だよ。自分から探す気は無いけどね」
そんな呑気な話をしているうちに二人の前に魔物が姿を現す。竜が使役しているという魔物なのだろう。明らかに二人のことを狙っている様子だった。
「どうやら向こうもこっちのことを認識したみたいだね」
「はっ! 上等だ。コボルトにトロールにゴブリン……他にも色々いるじゃねぇか。まぁちょっと物足りねぇけど前座としては十分か?」
「準備運動くらいにはなるんじゃないかな。さ、それじゃあここからは竜のところまで一気にいこうか」
「しゃぁっ! いくぞオラァッ!!」
ツキヨが大太刀を抜き放ったと同時にミソラが一番先頭にいたトロールの頭を殴り潰す。それが戦闘開始の合図になった。
魔物達が一斉に襲いかかってくる。ツキヨとミソラはそれを殲滅しながら先へと進むのだった。
そして、悠々と魔物や魔獣を倒しながら進むツキヨとミソラはあっという間に竜のもとへとたどり着いた。
眠っていたのか、のっそりと体を起こした竜はツキヨとミソラのことを見下ろす。
体を起こした竜は凄まじいほどの大きさだった。優に十メートルは超えているだろう。月に照らされたその真紅の体は、そこにいるだけで威圧感を放っていた。
普通ならばその威圧感に膝を震わせるだろう。しかしツキヨとミソラはあくまで自然体のまま。それどころか笑みを浮かべている。
『何者だ』
「何者かって聞かれたらメイドかな。ディルク家のメイド」
『メイドだと? なぜそんな者がここにいる。我に仕えに来たとでもいうのか?』
「仕える? ぷっ、あははははははっ!」
「クハッ、ハハハハハッッ!!」
突然笑い出したツキヨとミソラに竜は怪訝そうに問いかける。
『何がおかしい』
「あー、ごめんごめん。いやだってまさか竜がそんな冗談言うなんて思いもしなかったからさ」
『冗談だと?』
「だってさぁ。あり得ないでしょ。これから殺す相手に仕えるなんて。ねぇミソラ」
「あぁ、全くだ。まさかこんな笑える奴だなんて思ってなかった」
『殺す……だと? それは我のことを殺すと言っているのか?』
「うん。そうだけど」
「他に誰がいるんだよ」
『はぁ……これだから下等種族は。思い上がるのもいい加減にするがいい。貴様らは我らに食われるだけの餌でしかないのだからな』
これまでにも何度もこの竜を討つために冒険者がやってきた。ある者は村を守るために。ある者は竜を討ったという名声のために。しかしその全てをこの竜は返り討ちにした。
だからこそまたやってきた無謀な挑戦者に竜は呆れていたのだ。
『またあの村長が送ってきたのか? もう心は折ったと思ったのだがな。ふむ……今度はもっと重い要求をしてみるべきか。それとも見せしめとして村を焼くか』
竜にとって人族も獣人族も等しく下等な存在。雑音を出すだけの羽虫にも等しいのだから。
「あらら、完全に私達のことは意識外なんだ」
「上等じゃねぇか。どっちが上かってことをあのトカゲに叩き込んでやらねぇとな」
『うるさいぞ下等生物。今この我が考えごとをしているのだ。その命、一秒でも長らえたいのであれば少し黙って――』
「どらぁっ!!」
跳躍し、一瞬で竜の顔に近付いたミソラが挨拶代わりの一撃を叩き込む。
「っぅ、やっぱ硬いな。殴ったこっちの手の方がいてぇ」
ジンジンと痺れる拳をヒラヒラと振るミソラは好戦的な笑みを浮かべていた。
そしてその一撃は竜の怒りに火をつけるには十分だった。
『どうやら一秒でも早く死にたいようだ。ならば死ぬがいい。地獄の業火に焼かれてな!』
「やっとやる気になってくれた。まぁじゃないと面白くないし。どっちが捕食者か教えてあげようか!」
こうして、竜との戦いは幕を開けた。
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