間章その1 竜を狩る者達

第45話 それは帰り道での話

 それはツキヨとミソラがハルマのための刀を打ってもらった帰り道の出来事。

 刀を打ってもらうためにツキヨの実家まで行っていた二人はその帰り道に村へと寄っていた。


「いやー、それにしてもお前の家まじでスゴかったな。ってかお前めっちゃお嬢様じゃねぇか」

「うーん。屋敷が大きいってだけで別にお嬢様ってわけじゃないんだけど」

「でもお嬢とかお嬢様とか呼ばれてたじゃん」

「まぁそれは流派を仕切ってる父親のせいでもあるんだけど。ごめんね、鬱陶しかったでしょ」

「鬱陶しいというか、圧倒されてたって感じだけどな。っていうかよかったのか? かなり引き留められてたけど」

「いいのいいの。素直に言うこと聞いてたら何日も止められて坊ちゃまの誕生日に間に合わなくなるし。それに私、あの家あんまり好きじゃないんだよね。何するにしてもお付きをーとか言ってくるし。のんびりできないからさー」

「あー……確かにあの家だとのんびりはできなさそうだな」


 常に見られている。一挙手一投足に注目されている。それはミソラですら感じていたことだ。ツキヨならなおさらだろう。

 あんな生活を幼少の頃からずっと続けていたのだとしたら、普段あれだけだらけていても仕方無いのかもしれない。と、納得しかけてミソラは頭を振る。このツキヨのサボり癖のせいでミソラも何度も迷惑を被っているのだから。


「で、今日はこの村に泊まるのか?」

「うん。さすがにこのまま一気にってのは疲れるし。実はこの村には王都に行く時にもちょっとお世話になっててさ」

「へぇ、そうなのか。でも、なんていうか……寂しい村だな」

「……そうなんだよね。前に来た時にはもっと活気があったと思うんだけど。人も少ないし。んー、まぁいいや。村長の家に行ってみよっか」


 以前の村を知っているツキヨは今の寂れてしまった村の様子に若干の違和感を覚えたようだが、村長の家に行くことを優先したらしい。村長から事情を聞く方が早いと思ったのだろう。

 そうして二人が村長の家に向かっている途中のことだった。


「あれ、もしかしてツキヨさんですか?」

「ん? 君……村長の娘さん? えっと名前は……」

「ケミーです! わぁ、やっぱりそうですよね! お久しぶりですツキヨさん!」


 井戸から水を汲んできていたのか、バケツを持った薄茶髪の少女が嬉々とした様子で近付いてくる。


「王都の方へ行かれたって聞いてたんですけど。えっと、その服……メイド服ですか? もしかして王都でメイドさんになったんですか!? あのツキヨさんが!?」

「あの、って言い方がちょっと引っかかるけど。まぁそうだよ。そんなに意外?」

「意外というか……意外ですね。だってあのツキヨさんですから」

「んー、一応褒め言葉として受け取っておこうかな。あ、そうそう。ちなみにこっちの彼女は同僚のミソラだよ」

「あ、どうもすみません! わたし、ケミーって言います」

「おう、よろしくな。」

「でもホントに嬉しいです。またこうしてツキヨさんに会えるなんて。以前は本当にありがとうございました!」

「前に何かあったのか?」

「はい! 実はこの村が盗賊に襲われたことがあったんですけど、その時に助けてくれたのがツキヨさんなんです! それ以来ツキヨさんはわたしにとってヒーローなんです!」

「へぇ、珍しいな。お前が人助けなんて」

「失礼な。私だって人助けくらするって。あ、そうだケミー、この村なにかあったの? なんか前に来た時よりもその……寂れてる気がするんだけど」


 ツキヨがそう聞いた途端のことだった。ケミーの表情が一変する。


「あ、えっと……それは……っ、ゴホッゴホッ!」

「? 大丈夫ケミー」

「だ、大丈夫です! その……ごめんなさい! わたし、水汲みの途中で。急いでいかないと」

「あ、ケミー!」


 ケミーはツキヨに何かを伝えようとしたが、結局何も言わずに走り去ってしまった。態度の急変。明らかに何か隠していた。


「なぁ、あの感じ面倒事の予感しかしねぇんだけど」

「同感だよ。だけど……はぁ、気にしてもしょうがないし行こっか。今から別の村に向かうわけにもいかないし」

「だよなー」


 すでに日は落ち始め、まもなく夜に差し掛かろうとしていた。今から別の村に向かうというのは現実的では無かった。

 気になることはあったものの、村長宅へとやってきたツキヨとミソラは家の扉をノックする。中から出てきたのは村長だった。しかしその村長の姿もツキヨの記憶の中にある姿よりもどこか年老いたような雰囲気があった。


「おやこれはミチカゲさんのところの。以前はお世話になりました」

「ううん。それはいいんだけどさ。ちょっと用事で実家に帰ってて、そこからまた王都に帰る途中なんだけど。さすがに一晩じゃ帰れないから今日はこの村に泊まろうかと思って。まずは村長に挨拶にしとうこうかなって」

「そうでしたか。それはそれはどうもご丁寧に。どうぞ中へ。お茶でもお出ししますから」

「いいよいいよ。そんなに気を遣われてもこっちが逆に気を遣っちゃうし」

「そう言わずに。実は最近行商人から良い茶葉を仕入れましてな。是非飲んでいただきたいのです。ささ、どうぞ中へ」


 半ば強引に家の中へと入れられた二人はそのまま椅子に座らされる。思わず顔を見合わせるツキヨとミソラ。


「なぁおい。あの親父めちゃくちゃ強引だぞ」

「うん。わたしもちょっとびっくりしてる。前はあんな感じじゃ無かったんだけど」

「この村違和感だらけじゃねーか。もっとマシな村なかったのかよ」

「いやぁ、ごめんね。まさかこんなことになってるなんて思わなかったからさ」


 呑気に言うツキヨは言葉の割にあまり気にしている様子ではなかったが、ミソラとしては嫌な予感でいっぱいだった。この村に入った瞬間からずっと尻尾がザワザワとしている。正直、今こうしてこの村長宅に居るのも嫌なくらいだった。


「ま、大丈夫だって。なるようになるよ」

「呑気だなお前は」


 あくまで自然体な様子のツキヨに毒気を抜かれたミソラはふぅと息を吐いてあらためて家の中を見渡す。家の中にとくに不自然なところはない。ただの普通の家だ。おかしなところは何もない。

 だとすればこの違和感の正体は何なのか。この家に、この村に蔓延る奇妙な雰囲気は何なのか。

 ミソラがそんなことを考えていると、村長が二人分のお茶を持って戻ってくる。


「いやはや、お待たせいたしました。こちらをどうぞ」

「…………」


 差し出されたお茶を見てミソラはスッと目を細めた。


「なぁおい。これはいったい何の真似だ?」

「ひっ」


 それはゾッとするほど低い声だった。村長は殺意のこもったその声に恐れを感じ、手に持っていたお盆を床に落としてしまった。

 だがミソラはそんな村長の様子を気にもせず冷酷な狩人の瞳で村長のことを見下ろしていた。


「い、いったい何のことですか。いきなりどうされたんです!」

「……ねぇ村長。このお茶、盛ってるね。入れたのは睡眠薬あたりかな」

「……なんの話ですか」

「あらら、この後に及んでまだ白を切るつもりなんだ。別にいいけどね。ただ私達を騙そうとするにはちょっと焦りすぎだし、足りないかなー。こんなあからさまに何か仕組んでまーすって主張されちゃね」

「だからいったい何の話をしているんですか! わたしは別に何も盛ってなどいません!」

「そう。じゃあ飲んでよ」

「え」

「これ飲んで。それで何もなかったら今の言動は謝るよ」

「そ、それは……」

「できない?」

「……も、申し訳ありません」


 ガックリと項垂れた村長は、お茶に薬を盛っていたことを認めた。しかしそれは致死性の毒ではなくただの睡眠薬だと言う。


「どうして睡眠薬を? その理由くらい聞かせてくれるよね?」

「……生け贄です」

「生け贄? いったい何への?」


 ここまで来て隠し事はできないと観念したのか、村長は全てを話し始めた。


「……数ヶ月前のことです。この村の一番近くの山に竜が住み着きました。巨大な竜です。かの竜は村へやってくるなり言いました。『週に一度贄を寄こせ。さすれば命は助けてやろう』と。もちろん最初は反抗しました。しかし村の若い男達は全員返り討ちに遭い……依頼を出した冒険者達も皆……」


 そうして反抗できなくなった村人達は竜の言葉通りに生け贄を差し出すしかなくなったのだと言う。もちろん逃げようとする村人もいた。しかし、竜は狡猾だった。山の魔物と魔獣達を従え、逃げようとする村人を捕まえたのだ。


「今回要求されたのは若い娘でした。しかし。この村にもう若い娘と言えるものはわたしの娘しかおらず……」

「なるほど。それで私達を代わりにしようとしたってことね」

「理解はした。でも納得はしねぇ。で、どう落とし前つけんだよ」

「それは……」

「まぁまぁ落ち着きなってミソラ。実害があったわけじゃないしさ」

「あ? じゃあこのまま許すってのかよ」

「……ねぇ村長。いくら出せる?」

「え?」

「前にさ、盗賊を退治してあげたことあったでしょ。あの時もちょうど路銀が欲しくてちょっとばかしお願いしたけど。今回は竜でしょ? 盗賊団とは比べ物にならないからさぁ。どれだけ出せるかなって思って。実は今もあんまりお金無くてさ。坊ちゃまの刀を用意するのでだいぶ使っちゃって」

「お前……そういうことだったのかよ。ってか性格悪すぎだろ」

「タダほど怖いものはないでしょ。むしろお金で済ませてあげるだけ優しいと思うけど。で、どうなの?」

「……わかりました。娘を助けられるならば!」


 それは村長にとって降って湧いた最後の希望だった。お金程度の代償でケミーの命が救えるならば全財産を投げ打っても惜しくないと本気で思っていた。


「やっぱり後で無しってのはダメだからね」

「も、もちろんです」


 村長からの確約をもらったツキヨはニヤリと笑みを浮かべる。隣にいたミソラは呆れ顔だったが。


「よし、それじゃあ交渉成立だ。じゃあ行こうか。竜を狩りに」

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