第43話 弱さと向き合うということ

 魔王教団の襲撃から二日、レイハ達はようやくコルドへと帰ろうとしていた。

 本当ならば昨日には王都を出る予定だったのだが、ハルマの怪我の具合を考慮して一日延ばしたのだ。

 今ハルマの側にいるのはミーナだけ。レイハとカレンはコルドに帰るための馬車を用意しに行っていた。

 何気にミーナと二人きりになるのは初めてのことで、ハルマが若干緊張しているとミーナの方から声をかけてきた。


「ごめんなさいねハルマ君。わざわざコルドから来てもらったのにこんなことになっちゃって。学園長としてあらためて謝罪するわ。本当ならハルマ君ともっとお話したかったんだけど。あなたのお父さんの事とか、他にも色々とね。怪我はもう大丈夫なの?」

「はい。ミーナさんが手配してくださったお医者さんのおかげでもうすっかり大丈夫です」

「そう。なら良かったわ。もし後遺症が残ったりしたら大変だもの。私がレイハに殺されちゃう。なんて、言い訳ね。本当なら先生である私があなた達のことを守らないといけなかったのに。謝って許されることじゃないけど。本当にごめんなさい」


 頭を下げて謝罪するミーナに逆にハルマは慌ててしまった。そもそもハルマは怪我をしたことをミーナのせいだとは思っていないのだから。


「そんな、怪我をしたのは僕が弱かったからですよ。ミーナさんが謝ることなんてありません」


 今回の一件でハルマは自分の『弱さ』をより痛感した。魔人族と相対した時、まるで射竦められたかのように動けなくなってしまった。アデルと模擬戦を行い勝利して、少しは強くなれたと思った。

 しかしそれは幻想でしか無かったのだと思い知らされた。


「僕は弱いです。結局みんなに助けられてばっかりで……今回も。ホントに情けなくて。レイハさんみたいに強くなりたいのに」

「……あのねハルマ君。強くなりたいっていう気持ちはよくわかるわ。でも少し勘違いしてないかしら」

「勘違い……ですか?」

「確かにレイハは強いわ。それこそ私と同じくらい……ううん、それ以上に。あの子の年齢から考えれば異常とも言えるほどに。でもあの子も最初から強かったわけじゃない。レイハは必死に努力して、そして何度も死にかけて。そうやって今の強さを手に入れたの。負けたことだって一度や二度じゃない。あの子は勝利以上に敗北を積み重ねてる。でもそのたびに『弱さ』と向き合って。そうして今があるの」

「レイハさんが……」

「だからね、負けてもいいの。何度でも助けてもらえばいい。それは恥ずかしいことなんかじゃない。大事なのは折れないこと、そして信じること。そうすればきっとハルマ君も今よりもっと強くなれるわ」


 実際にレイハの成長を見てきたミーナの言葉だからこそ、その言葉はハルマにも真っ直ぐ響いた。

 ミーナは見抜いていた。ハルマの中にある強さへの渇望と、そして焦りを。

 それを持つのは決して悪いものじゃない。しかしどちらも肥大化すればハルマを押しつぶす重荷になりかねない。


「ありがとうございますミーナさん。おかげで少し気持ちが楽になりました」

「ふふっ、ならいいの。でもこの話は秘密ね。あの子、あなたの前では良い格好をしたいみたいだから」

「何が秘密なんですか?」

「あらやっと来たのねレイハ。ずいぶん遅かったじゃない」

「話を逸らさないでください。いったい坊ちゃまに何を吹き込んだんですか。まさかまた余計なことを言ったんですか?」

「それは教えられないわね。私とハルマ君だけの秘密だから。ね、ハルマ君」

「は、はい!」

「…………」


 二人だけの秘密、そう聞いて明らかに不機嫌になるレイハ。しかしハルマもいる手前、それ以上無理に追求するようなことはしなかった。


「はぁ、もういいです。それよりもお待たせしました坊ちゃま。馬車の用意ができましたよ」

「ありがとうレイハさん。って、カレンさんは? 一緒に行ってたよね」

「彼女なら――」

「はぁ、はぁ。レイハさーん、待ってくださいよー。荷物多すぎて上手く前が見えないんですってばー!」


 向かいから歩いてくるのは身長よりも大きな荷物を持ったカレンだった。


「実は先ほど馬車を取りに行っていた時にカレンのご家族の方と会いまして。せっかくだからお土産をと、これでもかと色々渡されたんです。それであの状態に」

「す、すごい量だね……」

「まぁかろうじて馬車には積み込める量なので。カレン、荷積みは任せるから」

「えー、手伝ってくれないんですかぁ!?」

「私は少しミーナ様と話があるから。もし戻ってくるまでに終わってなかったらコルドまで走らせるからそのつもりでね」

「えーっ!? そんなの酷いです! パワハラですパワハラ!」

「……そう。そんなに走って帰りたいのね。なんだったら私が氷で重りを作ってあげましょうか? その方がトレーニングになるでしょう?」

「ひっ、す、すぐに積み込みまーす!!」

「あ、僕も手伝うよカレンさん!」

「えっ、いいんですか坊ちゃま! ありがとうございますぅ! どこかの鬼畜メイド長とは大違いです!」


 荷積みを始めたカレンとハルマの姿を見ながら、レイハとミーナは少し離れた位置。二人に声が届かない場所で話し始めた。風の精霊による防音付きだ。


「ふふっ、いいのレイハ。言われてるけど」

「えぇ。好きに言わせておきます。それで後悔するのはあの子ですし。それにしても坊ちゃま。わざわざカレンを手伝うなんて。坊ちゃまの優しさは本当に天井知らずですね。さすが坊ちゃまです」

「あなたって本当にハルマ君のことになると盲目と言うか……いえ、まぁ構わないんだけどね。それにハルマ君も気を利かせてくれたみたいだし」

「そうですね。ですが手短に済ませましょう。坊ちゃまを待たせるのも嫌なので」

「はいはい。とりあえずありがとうね。結局昨日も色々と手伝ってもらっちゃって」

「いえ。時間はあったので。それよりも何か情報は引き出せたんですか?」

「それがさっぱりで。みんな揃いも揃って口が堅いのよね。あー、でも一人だけ例外はいたけど」

「ダグラス君ですか? あの子はちょっと残念な感じの子ではありますが、なかなか興味深いことを教えてくれましたよ」

「私も同じ話は聞いたわ。確かに興味深いことは言ってたわね。魔王は封印されている、だったかしら。それが本当だとしたら一大事ね」

「……信じていますか?」

「半信半疑っていうのが正しいわ。アルバとシアが居たら直接聞けるんだけど。そして居ないからこそ色々と想像してしまう。少なくとも魔王について私達ですら知らないことがあるのは事実ね」

「あなたもそう思いますか。それについては私も同意見です」

「狙われたのはハルマ君だったのよね?」

「えぇ。魔王の封印を解くのには勇者の血が必要だとかで。それが勇者本人……アルバの地が必要なのか、それともその血筋であればいいのか。それはわかりませんが坊ちゃまが狙われた以上、後者であると考えておくべきでしょう」

「そうね。まったく、考えることが多くて嫌になるわ。あの人魔大戦から十年も経ったんだし、少しはのんびりしたいんだけど」

「のんびりするにはまだ早いということでしょう。それで、あのランドール家の子息がつけていたという腕輪については何かわかったんですか?」


 アデルが暴走した時、レイハは修練場には居なかったが後でミーナやハルマから何が起きたのかは聞いている。一連の事件が腕輪に起因していたことも。


「そっちの方もまだ調査中ね。とりあえずアルトに任せることにしたわ」

「アルト? 彼、こっちに戻って来てるんですか?」

「えぇ。つい最近ね。しばらくはこっちに居るそうよ。ってなんだか嬉しそうね」

「いえ。そんなことは。ですがそうですか。戻ってきているのであればまたこっちに来た時には挨拶に向かわなければいけませんね」

「私の所には来てくれなかったくせに……」

「何の話でしょうか。とにかく、アルトに任せておけば安心ですね。また何かわかれば教えてください」

「もちろん。お互いに忙しくなりそうね」

「たとえどんなに忙しくなったとしても私のするべきことは一つだけですよ」

「ハルマ君を守ること?」

「その通りです。それが今の私にとって一番大事なことですから」

「レイハさーーんっ! 荷積み終わりましたよー!」


 そしてちょうど話が終わったタイミングで荷積みが終わったらしいカレンが声をかけてきた。


「次に会うのはハルマ君の入学式の時かしら?」

「そうなるでしょうね。では私はこれで」


 そそくさと立ち去ろうとするレイハ。しかし途中で振り返り、小さな、しかし確かに聞こえる声で呟いた。


「ミーナも……気をつけて。か、勘違いはしないでください。別に心配してるわけじゃありませんから。ただあなたに何かあると面倒だと思っただけですから」

「ふふっ、わかったわ。あなたも気をつけてねレイハ。何かあったらいつでも飛んで駆けつけるから」


 柄にも無いことを言って少しだけ赤くなった顔を隠すようにミーナに背を向けるレイハ。しかし今レイハがどんな顔をしているのか、ミーナには見えずともお見通しだった。


「私の心配は結構ですから。今度こそ帰ります。ではまた」

「えぇ、またね」


 そして、レイハ達はミーナに見送られながら王都を後にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る