第44話 一年でもっとも大事な日

 ハルマが王都から帰って来て数日が経っていた。

 王都での激動が嘘だったかのような穏やかな日々。しかしハルマの体にまだ残っていたディアベルから受けた傷があの日が嘘で無かったことを伝えてくる。

 あの一件もあって、己の無力さをあらためて痛感したハルマはさらに強くなるためにツキヨやミソラとの鍛錬に励む……予定だったのだが、その肝心のツキヨとミソラが今屋敷には居なかった。

 レイハのもとに冒険者であるクラップとバレッタが出かけた日に用事があると言って屋敷を出て行った二人だったが、まだ帰ってきていないのだ。もう一週間以上になろうとしていた。

 そのことをレイハに聞いても二人ならば問題無いと一点張りで詳しくは教えてくれず、それはサラやホリー、カレンに聞いても同じだった。


「何かみんな様子がおかしいんだよね。何か隠してるっていうか」


 この数日間、メイド達の様子がおかしかった。どうにもハルマのことを避けているのだ。

 今もハルマは自室で一人。いつもならば勉強している時間なのだが、怪我をしたのだから無理はするなとレイハに言われ自室で療養していた。

 ハルマ本人からすれば動かずにいる方が鈍ってしまう気がして嫌だったのだが、レイハから許可が出るまでは極力部屋から出ることのないようにと言われているため、勝手に外で練習するわけにもいかなかった。

 自習を終えて、部屋のなかでできる最低限の鍛錬をし、今は完全に暇を持て余している状態だった。

 すると、まるでハルマが暇を持て余しているのを見計らったかのように部屋の扉がノックされる。


『坊ちゃまー、わたしですー。お茶とお菓子お持ちしましたー。入ってもいいですかー?』

「カレンさん? うん、いいよ」


 お盆を片手に部屋の中に入ってくるカレン。彼女は入ってくるなりキョロキョロと周囲を見回すと満足気に頷いた。


「ちゃんと部屋の中で大人しくしてたみたいですね」

「大人しくしてろって言われたしね。まぁちょっとだけ運動はしたけど」

「まぁそれくらいならいいんじゃないですか? とにかく今日は部屋で大人しくしといてもらえたらそれでいいので――って、あ!」

「どうしたの?」

「な、なんでもないですよぉ?」

「…………」


 明らかに嘘だった。思いっきり目が泳いでいる。何かを隠していることは明白だった。

 

(部屋で大人しく、とは言われたけど……今日はって今カレンさん言ったよね。なんだろう。なんか今の言い方スゴく含みを感じたんだけど)


 気になってジッとカレンのことを見つめてみる。しかしカレンは目を逸らしたまま決してハルマと目を合わせようとはしなかった。

 隠し事をされている。それはもう間違い無かった。しかし、ハルマにそれを無理矢理聞き出せるほどの度胸は無かった。


「はぁ、ありがとうカレンさん。そういえばツキヨさんとミソラさんは帰ってきたの? レイハさんが今日中には帰ってくるだろうって言ってたけど」


 ハルマが話を変えたことにカレンはあからさまにホッとした様子だった。

 

「えっとですね。お二人ならつい先ほど帰って来られましたよ。ちょっと……というかかなり大変だったみたいで、今は部屋でお休みになってましたけど。でもホントにスゴいですよね。まさかあんなものを手に入れて帰ってくるなんてさすがに想像もしてなかったっていうか」

「あんなものって?」

「あっ! こ、これも言っちゃダメなやつだった。えっと、えっと……ごめんなさい坊ちゃま忘れてください! それから夜ご飯になったら呼びに来るので、それまでは部屋から出ないでくださいね!!」

「あっ、カレンさん!」


 これ以上この場に居たら口が滑ってしまう。そう感じたのか慌てて部屋を出ていくカレン。そしてまた部屋に一人残されたハルマは少しだけ寂しそうな顔をする。

 疎外感、と言えばいいのだろうか。普段ならば気にしなかったのだろうが、ここまであからさまに仲間外れにされるような形になっては気にしないというのはさすがに無理だった。

 どうして自分には何も教えてくれないのか。そんなに自分は頼りないのか。そうして巡る想像はどんどん悪い方へと向かってしまう。

 もしこのままみんなに見捨てられたりしたら、そこまで考えがいきかけたハルマは頭を振ってその想像を振り払う。


「……寝よう」


 こういう時は寝て忘れてしまおう。そう思ったハルマはベッドに横になる。

 そして、気付けば眠りに落ちていた。





「……っちゃま、坊ちゃま」

「ん……レイハさん?」

「お休みのところ申し訳ありません。ですがもう夜ご飯の時間だったので、起こしに参りました」

「夜ご飯……って、嘘! 僕そんなに寝てたの?」

「それはもうよくお眠りでしたよ。さぁ、お顔だけでも洗って目を覚ましてきてください。部屋の外でお待ちしていますね」


 そう言うとレイハは部屋から出て行く。ハルマはゆっくり体を起こすと言われたとおり顔を洗い、外で待つレイハのもとへと向かった。

 レイハと一緒に食堂へと向かう。しかし、その足取りが重いのは気のせいでは無いだろう。今もすぐ近くにレイハが居るというのに、実際の距離以上にその存在を遠く感じてしまっていた。


(ううん、このままじゃダメだ。僕だって変わらなきゃ。ちゃんと聞いて向き合わないと)


「よし。あ、あのレイハさん!」

「坊ちゃま、食堂の扉を開けていただいてもよろしいですか?」

「え? えっと……」


 いつもならレイハが扉を開けてくれるのだが、今日はなぜかハルマに扉を開けるように促す。出鼻をくじかれたような形になってしまったが、ハルマは少し戸惑いながらも食堂の扉を開く。

 すると次の瞬間――。

 パンッ、パンパンパンッ、と小気味よい破裂音と共に色とりどりの火花が散る。

 突然の出来事にハルマがキョトンとしていると、レイハを先頭にメイド達が口を揃えて言った。


『坊ちゃま、誕生日おめでとうございます!!』


 レイハ、ツキヨ、ミソラ、ホリー、サラ、カレンが満面の笑みでハルマのことを迎え入れる。


「たん、じょうび……」


 思いがけない出来事に動揺していたハルマだったが、そこでようやく食堂の中の様子がいつもと違うことに気がついた。

 壁や窓には飾り付けが施され、テーブルの上は豪華な料理で埋め尽くされていた。その中心に鎮座するケーキなど今までに見たことがないくらいの大きさだった。


「そっか。そうだった……僕、今日誕生日だった」

「もしかして坊ちゃま、お忘れだったんですか?」

「ごめん。でも最近色々あったからすっかり忘れてたというか。これ、みんなが用意してくれたの? でもどうして……」

「坊ちゃまの誕生日。私達にとっては一年で最も大事な日と言っても過言ではありませんが、今年はそれに輪をかけて大事な日でございますので。これだけ盛大に祝わせていただくことにしました」

「あっ、サプライズみたいな形式にしようって言ったのはわたしなんですよ坊ちゃま。もうバレないようにするの大変だったんですから!」

「計画したあなたが一番バラしそうで不安でしたけど。まぁ坊ちゃまの誕生日を盛大に祝いたいというその気持ちは良いものでしたから。こうしてわたくし達も協力したのですわ」

「あのね、坊ちゃま。今日の料理はホリーとサラちゃんで全部作ったんだよ。部屋の飾り付けがレイハちゃんとカレンちゃんが担当したの」

「んで、アタシとツキヨがプレゼントと食材調達係ってわけだ。まぁケーキの食材に関しては一部冒険者にも手伝ってもらったんだけどな」

「はぁ、さすがにめちゃくちゃ疲れたけど。こればっかりは面倒だとか言ってられないし」


 これまで誕生日が祝われなかったわけじゃない。むしろ毎年レイハ達は欠かすことなくハルマの誕生日を祝っていた。しかし今年に限ってこれだけ盛大に祝うのにはもちろん理由がある。


「今年で坊ちゃまも十五歳。成人となられる年ですから。おめでとうございます坊ちゃま」


 今年はハルマが成人を迎える年。大きな節目となる年だった。だからこそレイハ達はずっと前から準備を進めていたのだ。


「……坊ちゃま? その、もしかしてお気に召しませんでしたか?」


 入り口で俯いたまま動かないハルマにレイハ達は若干不安そうな顔をする。


「やはりサプライズというのが良く無かったのですわ」

「えぇ!? そんなことないですよ! そ、それにサラさんだって乗り気だったじゃないですか!」

「どうしたの坊ちゃま? もしかしてお腹痛い?」

「お、おいどうしたんだよ。そんなにサプライズ嫌いだったのか?」

「いやー、あれはどっちかっていうと……」

「ごめんみんな。違う、違うんだよ! 僕、嬉しくないとかそんなこと全然無くて。むしろその逆で……みんなに嫌われたわけじゃ無かったんだってわかったら安心しちゃって……」


 気付けばハルマはボロボロと涙を流していた。

 安堵と、嬉しさと、色々な感情がない交ぜになって気持ちを落ち着けることができなかった。

 それでもこれだけは言わなければいけないと、泣いているハルマを見て慌てるレイハ達に笑顔を向けて言った。


「ありがとう、みんな。こんな風に祝ってもらったのが初めてだから戸惑っちゃったけど、僕、すごく嬉しいよ!」

「~~~~っ、坊ちゃまっっ!!」


 その一言にいよいよ我慢ができなくなったのがこれまでずっと感情を抑えていたレイハだった。目にもとまらぬ速さでハルマのこと抱きしめるレイハ。


「わぷっ!」

「申し訳ありません坊ちゃまっ!! まさかそのような寂しい思いをしていたなんて。これからは一秒たりとも傍を離れず――」

「はいはい。気持ちはわかったから一回離れなさいって。坊ちゃま息できてないから」


 ツキヨが半ば無理矢理レイハのことを引き剥がす。


「あはは、レイハちゃんってば大胆なんだから。まぁ気持ちはわかるけどねー」

「ミソラさん、例のモノは渡さなくて良いんですの?」

「おっとそうだった。坊ちゃま、アタシらからのプレゼントだ。きっと気に入ると思うぞ」


 そう言って差し出されたのは長方形の長細い箱。ずっしりとした重さのある箱だった。


「開けてもいいの?」

「いいよ。それ用意するの結構大変だったんだから。ま、材料とかは全部レイハが用意してくれたからそこは楽だったけど。仕上げがねぇ」

「今はその話しなくていいだろ」


 ドキドキしながら箱を開けるハルマ。

 その箱の中に入っていたのは刀だった。ツキヨの持つ大太刀ほどでは無いが、それなりに大きな刀。


「私の実家の方まで行って作ってもらってたんだよね。かなりの業物だよ。坊ちゃまに会わせて作ったオーダーメイドの刀。この世界に一本だけの、坊ちゃまだけの刀だよ」

「僕の……僕だけの刀……」

「大事にして、とは言わないよ。ちゃんと使ってね坊ちゃま」

「……うん、ありがとうみんな! 僕、今日のことをきっと忘れないから!」


 心の底から嬉しそうに笑うハルマの姿を見てレイハ達も自然と笑みがこぼれた。


「さぁ坊ちゃま。こちらへ。料理が冷めてしまいますから。私が料理を取り分けてきます」

「とりあえずサプライズ大成功ってことでいいですよね! あー、良かった! 私も緊張してお腹ペコペコですよー!」

「よっしゃ! アタシも今日は呑むぞー! あんだけ頑張ったんだからちょっとくらい羽目外してもいいよな!」

「ちょっとミソラさん、これは坊ちゃまの誕生日会ですわよ?」

「まぁまぁいいじゃない。サラちゃんも呑む?」

「わたくしは結構ですわ……ってホリーさん、あなたもう呑んでますの!? ツキヨさんまで!?」

「えー、だって今日は呑んでもいい日なんでしょ。だったら呑まなきゃ損だし」

「坊ちゃま、何か食べたいものはございますか?」

「どれも美味しそうだけど……あのステーキ、すごく大きいけど何のお肉なの?」

「あぁ、あれは竜のステーキですね。ツキヨとミソラがこちらへ帰る途中に狩ってきたそうです」

「竜!?」

「かなり上質なお肉なので美味しいですよ」

「あっ、わたしも竜のステーキ食べたいです!」

「こらカレン。先に坊ちゃまに決まっているでしょう」


 賑やかで、そして温かい空気が食堂内に満ちる。

 この場にいる者達に血の繋がりは無い。それでも彼らは確かに家族だった。この場に満ちる温かな空気は、まさに家族団欒と呼ぶに相応しいものだったのだから。





〈第二章 了〉


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