第40話 レイハの宣戦布告
レイハの『
「レイハ、一応聞いておくけどアデル君を巻き込んだのはわざと?」
「……オレが技を使った時にこの場に居たのが悪い」
「はぁ、つまりわざとってことね。どうするの。このままだと確実にランドール家と問題になるけど」
「別に問題ない。突っかかってくるなら迎え撃つだけだし。それにランドール家って怪しいんだろ。というか今回の一件でほぼ黒って確定したようなもんだし。なんだったら先手打ってオレが潰してもいい」
「バカ」
「あだっ! なにすんだよ!」
「レイハ、あなたは昔からそうだけど考えが短絡的過ぎるの。ランドール家が全ての元凶だって言うならそれもやむなしだけど、そういうわけじゃないでしょ。魔王教団はランドール家の勇者――アルバへの劣等感を利用しただけ。ここでランドール家を潰したって根本的な解決にはならないの。もちろん調査はしないといけないけど。腐っても四大貴族の一角。そう簡単な話じゃないのよ」
「もっと楽に考えればいいのに。じゃあどうするんだよ。確かに氷漬けになってるだけで死んでるわけじゃないから、助けられないわけじゃないけど。言っとくけどオレはごめんだからな。あんな奴のためにわざわざ力使いたくない。なんだったら今すぐにでも粉々にしてやりたい」
「子供みたいなこと言わないの。それに、今回は彼も被害者かもしれないんだから。ちゃんと話を聞かないと」
「……ふんっ。好きにしろよ。でもそっちの二人は確実に殺す。とくにそっちのワルプとかいう奴は。移動系の【
「またあなたらしい理由というか。でもそうね。そういう理由なら仕方無いでしょう。氷ちゃん、アデル君を助けてあげて」
『……っ……♪』
ミーナの言葉に従って氷の妖精ことフェンリルはアデルの元へ飛ぶ。そしてフェンリルがふぅ、と息を吹きかけるだけで氷像となっていたアデルの体が溶けて元に戻っていく。
これこそがフェンリルの力。氷を自在に操ることができるのだ。それがたとえレイハの生み出した氷であろうとも、だ。ミーナが『
アデルを元に戻したフェンリルはそのままアデルのことを連れて来る。
後はディアベルとワルプの二人を処理して終わり――そう思ったその時だった。
「「っ!」」
それは突然地面から湧いてきた。泥のような、あるいは闇のようなもの。それがディアベルとワルプに纏わり付き、どこかへと連れて行こうとしていた。
とっさに氷を使って二人を呑み込む闇よりも砕いてしまおうとしたレイハだったが、それよりも早く闇が完全に二人のことを呑み込んでしまった。
「ちっ、逃がした! ミーナ、今のなに!」
「私に聞かれてもわかるわけないでしょ。精霊魔法や属性魔法では無さそうだからあれも【
「だとしたらワルプの方だな。ディアベルは強かったけどせいぜいあの魔王軍の隊長クラス。四災厄レベルじゃ無かった」
四災厄。それはかつてレイハ達が戦った魔王軍の中でも魔王に次ぐ実力を持った者達だ。通常の魔人族が人族の兵士五人から十人ほどの強さだとすれば、四災厄は一人当軍。桁違いの強さだった。ディアベルは硬さこそ厄介ではあったものの、それだけだ。その意味でレイハからすれば厄介なのはディアベルよりもワルプだった。
移動系の【
「じゃあどうする? こうして逃げられちゃったわけだけど」
「問題無い。ギリギリだったけど手は打った。後はあいつに任せる」
そう言ってレイハはニヤリと、イタズラに成功した子供のような笑みを浮かべた。
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そこはソルシュ王国から遠く離れた東の地。魔人族の領地にほど近い場所に魔王教団の拠点はあった。
その中の一角。祈りの間と呼ばれる場所に今は十数人の教団員が集まっていた。最奥に座る一人を除き、他の者達はかなり焦った様子だった。
その部屋の中心で床に手をつき、集中している様子の男が一人。周囲に居る教団員はその男の集中力を乱さないようにするためか、ソワソワしながらも声をかけるようなことはしなかった。
焦って居る理由はただ一つ。ソルシュ王国、聖ソフィア学園に居る仲間を救うためだ。
祈りの間の壁には映像のようなものが映っていた。聖ソフィア学園の修練場での映像が。教団員の一人が持つ『遠見』という【
見ていたのはワルプ。任務の遂行具合を確認する程度の感覚だった。しかし、一人のメイド――レイハが現れてから全てが狂ってしまった。
護衛として共に送った魔人族であるグルドラはあっさりと殺された。それどころか教団内でもトップクラスの実力者であるディアベルまでもがたった一人のメイドに敗れたのだ。
ディアベルとワルプ。この二人を失うのは今後のことを考えてもあまりにも損失が大きすぎる。だからこそ躍起になって救おうとしていたのだ。
部屋の中心で床についている男はこの場で唯一彼らを救う可能性のある【
『招来』。それが男の持つ【
そのため組織内でもワルプの方が重宝されていたのだが、今はこの男だけが希望だった。
「っ、掴んだ! 間に合ったぞ!」
「おぉっ! 早く呼び戻すんだ! お前達は医療班の準備を! 今はまだ氷漬けにされているだけだ。必ず助けられるはずだ!」
「はいっ!」
バタバタと動き始める教団員達。そして騒がしくなる祈りの間の中心に氷漬けのディアベルとワルプが姿を現した。そのあまりに痛ましい姿に教団員達は思わず目を逸らす。
「あのディアベル様までもがこのような姿になられるとは……早くお救いしなければ。ん? これは……氷の塊?」
一人の教団員が拾い上げたのはディアベルとワルプの近くに転がっていた拳ほどの大きさの氷。二人を呼び戻す際に巻き込まれたのか? と思った教団員だったが、それが間違いであることにすぐに気付かされた。
『あー、めんどうだなー』
「へ?」
氷からそんな間の抜けた声が聞こえると同時。男は顔を掴まれた。そして抵抗する間もなく全身氷漬けにされてしまった。
一瞬の静寂。後に何が起きたのか把握した教団員達だったが時すでに遅く。祈りの間は阿鼻叫喚の地獄と化した。
『めんどーだけどちゃんとやらないともっとめんどーだからさー。みんな殺すねー』
『
突然の命の危機に部屋の入り口に殺到する教団員達。しかしそれは悪手だった。
「開かない。開かないぞ! どうなってるんだ!」
「凍ってる……氷で扉が凍らされてるんだ!」
『逃げちゃダメだよ。追うのめんどーだから。って、その二人連れてくのはもっとダメだってば』
ワルプとディアベルを連れて逃げようとしていた教団員を氷で足止めするレイハ。
『とりあえず壊すね』
まず狙うはディアベルとワルプ。狙いを定めたレイハは氷の槍を射出する。しかしここでレイハにも予想外のことが起きた。ディアベルを逃がそうとしていた教団員が凍らされた足を自ら斬り、そのままディアベルごと窓の外に身を投げたのだ。
一瞬の判断の差だった。ワルプを担いでいた教団員は躊躇ってしまったがためにその身をワルプごと差し貫かれた。
『あ、逃げた。んー、ホントは追わなきゃなんだけど。まぁいっか。マストはワルプだけだったし。さてと、それじゃあ後はてきとーでいいよね』
ディアベルを追うことはせず、部屋の中に残っている教団員の始末を優先することにしたレイハ。しかし技を発動しようとした瞬間、横から凄まじい衝撃に襲われ壁に叩きつけられた。
『いたー。って、べつに痛覚ないんだけどー。それよりもやっぱりまだ居たんだ魔人族。はぁ、めんどーだなー』
「ずいぶんと好き勝手してくれたな」
その男は、魔人族は、祈りの間の奥で座っていた男だった。
これ以上は許すまいと動き出した男は壁に叩きつけたレイハの四肢を砕き、その頭を掴む。
『ずいぶんゆうちょーだね。ここまでされてようやく動くなんて。それともめんどーだった? ううん、ケガでもしてるのかな?』
「貴様……何者だ」
『ボク? ボクはただのレイハのコピーだけど。まぁボク達も向こうで好き勝手やられてイライラしてたからさー。これでお互いさまだよねー』
四肢を砕かれた状態であるにも関わらず、レイハは余裕の態度を崩さない。それどころか笑みを浮かべてすらいた。
『そうそう。実はボクの本体からメッセージがあるんだよ。さいごにそれだけ教えてあげるー』
「なんだと?」
『もし次にそちらの関係者と会うことがあれば容赦無く殺しますので、この名と顔をゆめゆめ忘れること無きように。だってさー』
それはレイハから魔王教団への宣戦布告とも取れる言葉だった。
『さて、それじゃ伝えることは伝えたしもういいよね』
「何を言って――っ!」
そこで魔人族の男は気付いた。レイハの魔力が異常なまでに高まっていることに。
「お前達、早くこの場から離れろ! 少しでも遠くに!」
『もう遅いってば。じゃあね――『アイスバースト』』
それはコピーだけが使えるとっておきの自爆技。
こうしてこの日、魔王教団は一つの拠点と多くの仲間を失うことになったのだった。
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