第37話 守護する者
ハルマが刀を振った時に伝わってきた確かな手応え。ハルマの振るった一刀は狙い違わずアデルの腕輪を真っ二つに斬り裂いた。
「やったっ!」
アデルの腕輪から放たれていた禍々しい黒い光は無くなり、無機質な銀の輝きを放つだけ。ハルマが最初に見た時に感じた嫌な雰囲気もどこかへと消えていた。
「あ――ぁ……」
腕輪を斬られたアデルはそのまま脱力。糸が切れたようにその場に倒れ込んでしまった。
そしてアデルが意識を失ったことにより、大量に浮いていた岩も消え去った。
「ハルマ、大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ。彼も意識を失ってるだけみたいだ」
「そう。よかった。でもこれでなんとかなりそうね。この舞台上を覆っていた黒い瘴気も少しずつ薄くなってきてるみたいだし」
アデルが意識を失い。その腕輪が効力を失ったことで舞台上を覆っていた黒い瘴気も消え去った。しかし、中にいたハルマ達は知らなかったのだ。今外がどうなっているのかということを。
「っ、ハルマ危ない!」
「え、うわぁっ!?」
瘴気が薄くなったことで外にいた魔獣達が舞台上へと雪崩込んでくる。その突然の襲撃にハルマの反応も僅かながら遅れてしまった。
魔獣の爪牙がハルマに迫る。ハルマの迎撃も間に合わない。他の魔獣に襲われていたせいでエリカの援護も間に合わない。
迫る爪牙にハルマの顔が強張る。ハルマの命が魔獣に散らされる。そんな未来を幻視したエリカの胸中が絶望に染まる。
しかし、ハルマの守護者である彼女がそんな未来を許すはずが無かった。
『おいクソ魔獣。このガキに触るんじゃねぇよ』
「え?」
突如、ハルマが首から提げていたペンダントが青い輝きを放つ。そして、驚くハルマの目の前でペンダントから姿を現したのは今この場にいないはずのレイハだった。
『死ねゴミクズ』
ハルマに襲いかかろうとしていた魔獣の頭を鷲掴みにしたレイハはそのまま魔獣の全身を凍り付かせ、握り潰してしまった。
フン、と鼻で笑いながら手についた氷をパンパンと叩いて払うレイハ。
「レイハ……さん?」
『あ?』
ペタンとその場に座り込んだハルマは突然現れたレイハの姿に戸惑う。レイハは観覧席にいたはずで、何よりも今目の前にいるレイハはハルマの知るレイハとはあまりにも雰囲気が違い過ぎたから。
『なんだよガキ。オレがレイハに見えねぇってのか?』
「ガキ……オレ?」
声も姿もハルマの知るレイハと同じ。しかしその喋り方も雰囲気もハルマの知るレイハとはまるで違っていた。
そんなハルマの戸惑いを見抜いたのかレイハはニッと不敵に笑う。その笑い方もまた普段のレイハと違い過ぎてなんとも言えない気持ちになる。
『そんな顔すんなって。ま、気持ちはわかるけどな。オレはあれだ、レイハだけどレイハじゃねぇから気にすんな』
「どういうこと?」
『それだよそれ。そのペンダント。あいつが渡しただろ。オレの本体が。そのペンダントにはあいつの力が込められてんだ。『氷の鏡像』っていう、まぁ簡単にいうとコピー作る技だけどな。お前の魔力を使ってコピーを作る。お前の身に危険が迫った時に発動するとっておきってわけだ。つまりオレは偽物ってことだな。だから何も気にすんな。ってヤバ。話してるうちに囲まれちまったか』
「っ! 魔獣!」
ハルマがレイハ(コピー)と話している間に舞台上にはさらに魔獣が集まってきていた。ハルマの側にいるレイハ(コピー)のことを警戒しているのか、すぐに襲いかかってくる気配はないものの、狙っているのは明らかだった。
『まぁ安心しろって。お前のことはオレがしっかり守ってやるからよ。おらクソ魔獣共。オレの前に姿を見せたこと後悔させてやるよ! さっさと死ねや――『氷滅陣』!!』
拳を振り上げて思いっきり地面を殴るレイハ(コピー)。
その直後のことだった。ハルマとレイハの周辺だけを残して舞台上全てが氷で埋め尽くされる。
ハルマ達に襲いかかろうとしていた魔獣達は一匹残さず物言わぬ氷像と化した。
あまりに早技に呆然とするハルマ。しかしすぐに舞台上には教員とエリカが残っていたことを思い出して顔を青くする。
「レ、レイハさんエリカさん達は!」
『エリカ? あー、あのガキか。知らねぇよ別に。オレが守るのはお前だけだからな。他の奴なんてどーでもいい。今のに巻き込まれたんじゃねぇの?』
「そんな……」
「ちょっとあなた! いきなり何するのよ!」
しかしそんなハルマの心配は杞憂に終わった。二人の周囲を囲む氷の山を越えてやってきたのは教員を抱えたエリカだった。かなり怒った様子でレイハ(コピー)に詰め寄る。
「あなた、私達のことも気にせずに技と使ったでしょ! もう少しで巻き込まれるところだったわ!」
『あーうっせ。別にいいだろ巻き込まれなかったんだから』
「なっ!? あなたねぇ!」
「ごめんエリカさん! えっとレイハさん……で、いいんだよね?」
『ん? 別にオレはどう呼ばれてもいいぞ。レイハって呼びにくいなら好きに呼べよ』
「えっと、それじゃあミラーのレイハさんだから、ミレイさん、とか?」
『ミレイか……うん。いいんじゃねぇか』
「どういうこと?」
「えっと。説明するとこのレイハさんは本物のレイハさんじゃないんだ。レイハさんのくれたペンダントから生み出されたコピーらしくて」
『そういうこった。オレに与えられた使命はこのガキを守ることだ。お前のことなんてどうでもいいんだよ』
レイハ(コピー)改めミレイの物言いにエリカは眦をつり上げる。あやうく巻き込まれそうになったのだから当然と言えば当然だろう。
「待って! 落ち着いて二人とも。ミレイさんも……その、僕を守ってくれるのは嬉しいんだけど……」
『はぁ……へーへー、わかった。わかったよ。そこのそいつも守ってやればいいんだな。気は進まねぇけど』
「っ、ご心配なく! 別にあなたに守ってもらう必要なんてないから!」
『そうかよ。だったら――っておい待て!』
その危険を察知したのはミレイだけだった。ハルマもエリカも気付くことができなかった。
「え?」
二人の命運をわけたのはミレイの一瞬の判断によるものだった。
ハルマとエリカの視界からミレイが消える。
否、違う。
ミレイが吹き飛ばされていた。そして二人がそう知覚した時には二人は舞台上から舞台外へと移動させられていた。
「っ、ミレイさん!?」
「いったい何が!?」
わけがわからないのも当然だった。一瞬の間に状況は一変してしまったのだから。
先ほどまでハルマ達がいたはずの舞台が完全に破壊されていた。巨大な何かが通ったように抉れてしまっていた。
『ちっ、しくじった』
「っ!?」
土煙の中から現れたミレイの姿を見てハルマとエリカは息を呑む。なぜならミレイの右上半身が無くなっていたからだ。
「だ、大丈夫なの!?」
『あーうっせ! いちいち騒ぐな! 言っただろ。オレはただのコピーだ。別に本物の肉体があるわけじゃねぇ。だから別にこれからぐらいどうってことねぇよ。ガキ、魔力借りるぞ』
「う、うん……」
ペンダントが光り、魔力が吸われるような感覚。それと同時にミレイの体が復活していった。そうしている間にもミレイは目の前を警戒したように睨んだままだった。
『おいガキ。それからガキ二号』
「ガ、ガキ二号って私のこと!?」
『当たり前だろうが! んなことは今どうでもいいからさっさとここから離れろ。あいつはやべぇ』
ミレイがそう言うと同時、舞台上を覆っていた土煙が一気に吹き飛ぶ。その中心に立っている男を見てハルマは怖気が走るという言葉の意味を身をもって知った。
並の成人男性よりも頭一つ分は大きい長身に、鎧など不要と言わんばかりの鍛え上げられた肉体。そこにいるだけで場を制圧してしまうような圧倒的な存在感を、その男は放っていた。
そして何よりも、その男の身体的特徴。血のように赤い瞳に浅黒い肌。そして白髪。魔人族。かつてハルマの父であるアルバが戦ったという種族。
生まれて初めて見る魔人族の姿にハルマは完全に呑まれてしまっていた。
上手く息ができない。蛇に睨まれた蛙とはこのことではないだろうか。
『おいしっかりしろ!』
「――っ、ゴホッ、ゴホッ!」
息ができていなかったと気付いたのはミレイが背中を叩いてくれたくれたおかげだった。
「驚いたな。今の一撃でその男以外は殺すつもりだったんだが。まさか上手く躱されてしまうとは。お前は何者だ?」
『ハッ、お前に名乗るような名前は持ち合わせてねぇよ』
「そうか。なら――」
『っ!』
ハルマの時が止まる。
魔人族の男を見失ったのだ。決して注意を逸らしたわけではない。むしろ逆。目を離せるはずなどなかったというのに、だ。
しかし気付けばハルマの隣に居たのはミレイではなく魔人族の男になっていた。
「名を持たぬままに死んでいけ」
たった一撃。その一撃だけでミレイは修練場の壁に叩きつけられた。
ミレイがレイハのコピーだと言うことはわかっている。しかしそれでもレイハと同じ姿をしたミレイが手も足もでずに壁に叩きつけられているというのはハルマにとっては衝撃でしかなかった。
「ミレイさんっ!?」
慌ててミレイのもとへ駆け寄ろうとするハルマ。しかしその判断は間違いだった。
「ハルマ、ダメっ!」
「――っっがっ!?」
何が起きたのかわからなかった。気付けば地面に叩きつけられていた。全身がバラバラになったのではないかというほどの衝撃が遅れてハルマの全身を貫く。その一撃だけでハルマの意識は刈り取られてしまった。
「お前がハルマ・ディルクだな」
「な……なんで僕の名前……知って……」
「お前がその理由を知る必要はない。ついて来てもらうぞ」
「っ、『竜神――』」
「止めておけ」
「っ!」
「お前がその力を使おうとした瞬間、お前は終わる」
その一言だけでエリカは動けなくなってしまった。闘志が、意思が、完全に折られてしまった。
ハルマが抱え上げられる。意識を失っているハルマは抵抗することもできない。
『おいてめぇ、そのガキから手を離せ』
「まだ抗うか」
連れて行かれそうになるハルマを奪還せんとミレイが飛んでくる。しかし、その男は片腕だけでミレイのことをあしらった。
「抵抗は無意味だ。それとも時間を稼いでいるつもりか? そこに【精霊王】がいるからな。たしかに【精霊王】ならば相手にとって不足は無い。だが、その【精霊王】も今は魔獣や魔物に足止めされている。はたしてここに来るまでにどれだけの時間がかかるか」
『ハッ、【精霊王】だ? んなもんにオレが頼るわけねぇだろうが。オレが頼るのはいつだってオレだけだ』
「? 何を言って――っ!」
とっさに避けることができたのは男の生存本能によるものだった。しかし回避の代償として担いでいたハルマが奪われてしまった。
「…………誰だ。貴様は。どこからやってきた」
『へへっ、やっと来やがったか。遅いんだよ――
音も無く着地した彼女は静かに振り返る。その身に纏う雰囲気は静謐。しかしその瞳だけは激しい怒りに満ちていた。
「準備はできていますか?」
「なに?」
「私に殺される準備です!」
「抜かせ――っ!!」
そして、二人は激突した。
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