第36話 アデルの暴走
「い、一体なにが!?」
アデルとの戦いに勝利したハルマ。しかし、異変が起きたのはその直後のことだった。
教員がハルマの勝利を宣言すると同時、ガックリと項垂れたアデルはブツブツと小さな声で何かを呟いていた。そして顔を上げたかと思えば、血走った目で自分が負けるはずがないと叫んだのだ。
その言葉に呼応するようにアデルが付けていた腕輪が黒い輝きを放ち、アデルの体を呑み込んだ。
そして気付けば舞台上と観覧席で完全に切り離されてしまったのだ。
あっという間の出来事にハルマには何もできなかった。
「あぁあああああ、ぁあああああああああっっ!!」
「っ、アデル君!」
一瞬呆然としていたハルマだったが、苦しむようなアデルの声にハッと我に返る。
アデルは明らかに苦しんでいた。普通の様子ではない。まるで無理矢理力を、魔力を引き出されているような、そんな雰囲気を感じた。
「助けないと!」
気付けば体が動き出していた。アデルに駆け寄ったハルマだったが、何度呼びかけてもアデルの暴走は止まらない。そもそも声が届いているのかどうかも怪しかった。
「うぅ、ああああああああああっっ!!」
「うわぁっ!?」
ただアデルの体から魔力が放出されただけ。それだけだというのに、その放出の威力でハルマは吹き飛ばされてしまった。
「い、いったい何が起こってるんだ」
「ハルマ!」
「え、エリカさん!? どうしてここに!」
「どうしても何も、彼の様子がおかしくなったのを見て危ないと思ってあなたの所に向かおうとしたらこんなことに。どうやら外と完全に切り離されてるみたいね。さっきこの舞台上を覆う黒い瘴気みたいなのに触れてみたけど、弾かれてしまったの。普通に外に出るのは難しそうよ」
「そうだったんだ。ごめん、こんなことになっちゃって」
「どうしてあなたが謝るのよ。別にあなたがやったことじゃないでしょう。そんなことより今どうするかを考えないと。彼、いったいどうしたの?」
「僕にもよくわからないんだ。突然あんな風になっちゃって。もしかしたら彼がつけてる腕輪が原因かもしれない」
「腕輪?」
「うん。あの腕輪が光ったと思ったらこんなことになったから。確証は無いんだけど」
「そう。でも狙う価値はありそうね。試せることは試してみるべきよ。あの腕輪、壊しましょう」
「でもさっき近付こうとしたら吹き飛ばされて。近付くのも簡単じゃないかもしれない」
「泣き言言わないの。この状況、彼が原因なのは間違いないもの。外がどうなってるかはわからないけど、なんとかするためにもまずは彼を止めないと」
「……そうだね。なんとかしよう!」
エリカに手を引かれて立ち上がるハルマ。舞台上にはもう一人先生がいたのだが、最初の衝撃に巻き込まれたのか意識を失って倒れていた。外からの応援が望めない以上、ここでなんとかできるのはハルマとエリカだけだった。
「手荒なまねはしたくないけど。あの腕輪を壊すか、彼の意識を奪うか。どっちかしかないわね。どっちの方が現実的だと思う?」
「どうだろう。まずは近づけないことにはなんとも。でもできればあの腕輪の方をなんとかしたいかな。そっちの方が確実かもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「その、なんていうかすごく嫌な感じがするんだ。あの腕輪。ごめん、確証があるわけじゃないんだ」
「いえ、気にすること無いわ。そういう直感って大事だもの。さ、やりましょう」
そういうとエリカはどこからともなく大剣を取り出した。
「い、今どうやって……」
「ごめんなさい。そういえば言ってなかったわね。これが私の【
最高の【
「行くわよハルマ!」
「うん!」
アデルに向かって駆け出すハルマとエリカ。それまでずっと狂ったように叫んでいたアデルがピタリと動きを止める。
「許さない……俺は……俺は最強なんだよぉおおおおおっっ!」
「っ、【
アデルは突然【
「何あの量!」
「もしかして暴走してる? たとしたらまずい。早く止めないと彼の命に関わる!」
「どういうこと!?」
「今の彼は【
早く止めないとアデルの命に関わる。そう聞かされ急いでアデルの元へ向かおうとするハルマだったが、次から次へと飛んでくる岩がハルマとエリカの接近を許さない。
それどころかアデルの攻撃はどんどん苛烈になっていく。
「このままじゃ近づけない! 岩をなんとかしないと!」
「わかってるわ。ハルマ、私の後ろについてきて。私が道を切り開く!」
そう言うとエリカはハルマの前に立って駆け出した。ハルマもその後に続いて走り出す。
「ハルマに見せてあげる。ドラグニール流の剣術を! すぅ――『竜神功』!!」
『竜神功』。それはドラグニール流に伝わる強化術。通常の強化魔法とは違う。魔力を消費し続けることで通常の強化魔法以上に体を強化することができる。今のエリカは通常の何倍もの力を発揮していた。
「遅れないでねハルマ! 一気に突き抜けるから! 『竜砕剣』!!」
迫り来る岩をエリカが大剣で両断していく。エリカの後ろを走るハルマはその苛烈ならがらも美しかった。こんな状況だというのに思わず見惚れてしまうほどに。
「――マ、ハルマ! 聞いてるの!」
「え、ご、ごめん! なに!」
「ボーッとしないで! だから、私の剣じゃまだ父様みたいに繊細な破壊はできないから、彼の腕輪を壊すのはあなたにお願いって言ってるの!」
「え、えぇ!? 僕が!?」
「当たり前でしょ! じゃなきゃついてきてなんて言わない! それともできないから諦める? なら私が彼の腕ごと両断することになるけど!」
「そ、それはダメだよ! わ、わかった。僕がやってみる!」
幸いにもというべきか、冷静さを失っているアデルの攻撃は単調だ。岩の数こそ先ほどとは比べ物にならないほど多いが二人のことを狙ってくるだけなのでエリカも斬りやすかった。
「後少し。一気に道を開く! ハルマ、私の技に合わせて飛び込んで! いい!」
「わかった!」
「――『竜衝波』!!」
エリカが大剣を振りかぶり、全力で振り降ろす。大剣から放たれる衝撃破がアデルまでの道を開く。ハルマは足に強化を集中すると、一気にアデルへと接近した。
チャンスは一度だけ。自然と刀を握る手に力がこもる。しかしハルマは意図してその力を抜いた。ツキヨの教えてくれた剣に必要なのは力ではないから。
エリカがアデルまでの道を開いてくれた。ならばハルマが失敗するわけにはいかない。
(一太刀で斬るしかない。だとしたら使える技はあれだ。できる。僕ならできる。信じるんだ、僕の剣を!)
「月影一刀流、七ノ型――『居待月』!!」
納刀状態からの抜刀。すなわち居合い斬り。
その目が見据えるのはアデルの腕輪だけ。その一点にのみ意識を集中してハルマは刀を振るった。
アデルの操る岩が頬を掠める。それでも止まらずに加速、加速、加速。
「ここだぁああああああああっっ!!」
渾身の一撃。銀の一閃が狙い違わずアデルの腕輪だけを斬る。
カラン、という音とともに地面に転がる腕輪。やがてその腕輪から放たれていた禍々しい黒い光は消滅した。
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