第35話 レイハvsグルドラ

「グルドラさん、彼女の相手は任せましたよ! 私は彼を呼ぶ準備を進めなくてはならないので」

「おう。任せろや」


 グルドラの後ろにいるワルプが何かしらの準備を進めていた。


(彼を呼ぶ? このグルドラとかいう奴以外にも誰か連れて来る気か? それに修練場の方に魔獣を呼ぶとか言ってやがったな。さっきの穴といい、あいつ【才能ギフト】持ちか。それも移動系の。だとしたら相当面倒だな。決めた。まず先にあいつを処理する)


 この場での脅威度を比較した時、戦闘力でいえばグルドラの方がはるかに上。しかしそれ以外の要素も加味すれば一番危険なのはワルプであるとレイハは判断した。魔獣を呼ばれるだけならまだしも、グルドラ以外の魔人族を呼ばれでもしたら厄介極まりないのだから。


「まずはあなたからです」


 レイハは目の前のグルドラを無視して跳躍。グルドラの頭を飛び越えてその後ろにいたワルプに攻撃を仕掛けようとした。


「ひ、ひぃ!? グルドラさん!」

「おいおい、俺のことは無視かよ! そりゃ無いんじゃねぇのか!」


 しかしそれを許してくれるほどグルドラは甘くなかった。グルドラは背後に着地したレイハを追い抜き、レイハとワルプの間に割って入った。凄まじい速さだった。

 

「どらぁっ!!」


 グルドラの一撃がレイハを襲う。ギリギリのところで防御したレイハだったが、その一撃の威力は凄まじくビリビリと骨まで痺れていた。


「本当にバカ力……これだから魔人族は」

「そいつは褒め言葉として受け取っとくぜ。それにしても驚いたな。今の一撃は確実に骨を折ったと思ったんだが。まさか耐えられるとはな」

「あなたの力が弱かっただけでしょう」

「そいつは悪かった。今度はもっと力を入れてやるよ」


 まだまだ余裕そうなグルドラを見てレイハは内心で舌打ちをする。レイハは知っている。今の一撃がグルドラの全力ではないことを。軽いジャブ程度の攻撃でしかないことを。

 魔人族の身体能力は異常だ。その肉体は鋼のように硬く、その足は風のように速く、その力は岩すら容易く砕く。魔力で強化せずとも素の身体能力でそのレベルなのだ。それだけではない。

 しかし何よりも異常なのは、その精神の在り方だった。魔人族は生来、闘争を好む。戦いの中でしか生きられない性質なのだ。

 魔人族同士で戦って戦って、戦い続けて。そうして勝ち残る者だけは成長できる。生き残ることができるのだ。つまり、大人であるグルドラはその時点で一流の戦士と呼べる存在だった。


「さぁ今度はこっちから攻めるぞ」


 そこからグルドラの猛攻が始まった。振り降ろされた拳が屋上の床を砕き階下まで貫く。凄まじい衝撃だった。何度も振るわれる拳が屋上を穴だらけにしていく。


「グルドラさん、気をつけてください! こちらまで揺らされては集中力が乱れます!」

「はいはい。気をつけるよ。ったく、注文の多い野郎だ。なぁ、そう思わねぇか?」

「彼があなたの主であるならばその命には従うべきでしょう」

「主だぁ? ふざけたこと言ってんじゃねぇよ。あいつは使えるから使うだけだ。なんで俺があいつの下につかなきゃいけねぇんだよ。むしろ逆だ。俺らがあいつのこと使ってやってんだよ!」

「なるほど、俺ら、ですか。そうですか。わかりました」


 すでに修練場の方から魔獣の気配が漂っていた。ワルプが呼んだであろう魔獣であることは明白。防げなかった己の不甲斐なさに苛立ちつつ、レイハは次善を考える。そしてその答えはすぐに出た。

 グルドラもワルプもこの場で仕留めて修練場の魔獣を全て片付ける。そんな単純ながらもっとも効果的な答えが。

 本当ならば捕まえるべきなのかもしれない。しかし、今のレイハはとてもそんな気分にはなれなかった。


「普段ならば二人とも捕まえるという考えも浮かんだのでしょうが……坊ちゃまの人生初めての試合を、晴れ舞台をこの目で見られなかったことへの怒りが凄まじいものでして。なによりその元凶が目の前にいると思うと憎くてたまらない。先ほどからどうにも感情の抑制が効かないんです。ですから殺します」


 ふつふつと湧いてくる怒りがレイハの体を突き動かしていた。

 その感情のままにレイハが生み出した無数の氷の槍がレイハの背後に浮かぶ。

 その光景にグルドラはゾクゾクするような感覚を覚えた。同族と戦った時にすら感じなかった感覚だ。


「フハハハハハッッ!! いいなぁおい! かかってこいよ!」

「死ね」


 レイハが射出した氷の槍をグルドラはただの拳で次々と砕いていく。そのラッシュはあまりにも速く、腕が何十本もあるかのように見えるほどだった。

 一方で自分にも降り注ぐ氷の槍をゲートを作ることでなんとか躱しているワルプは生きた心地がしなかった。


「は、早くなんとかしてくださいグルドラさん! こんな状況じゃとても集中できません!」

「黙ってろよ、こっからがいいところなんだからよぉ! なぁ、まさかこれで終わりじゃねぇよなぁ!」

「……『氷血の乙女アイスメイデン』」


 グルドラを挟むようにして現れた棺。その内側には氷でできた針が無数についている。それは敵を殺し、眠らせるための氷の棺。レイハが指を鳴らすと同時に『氷血の乙女アイスメイデン』はグルドラを挟み閉じた。

 

「グルドラさんっ!?」


 避ける様子も見せずに無抵抗なまま呑まれていったグルドラに思わず焦った声を上げるワルプ。しかし逆に技を決めた側であるはずのレイハは小さくため息を吐いた。

 ビキビキと氷の棺に亀裂が入る。その亀裂は徐々に大きくなり、瞬く間に壊れてしまった。中から出てきたのは無傷のグルドラだった。

 氷の棺に呑まれる直前、ワルプは全身に強化魔法を施し、なお硬くなった肉体で針を防いだのだ。そして内側から粉砕して出てきたのである。


「やはりこの程度の技は破りますか」

「いや、なかなか焦ったぜ。まさかそんなことまでしてくるとはな。他には何ができるんだ? もっともっと見せてくれよ! 今度もまた正面からぶち破ってやるよ!」

「はぁ……いけませんね。最近は盗賊などしか相手にしていなかったもので。やり過ぎてはダメだと無意識に加減をしていたようです」

「加減? 加減だと。まさかお前、この俺相手に手加減してたってのか? ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ!」


 手を抜かれていたという事実に思わずカッとなるグルドラ。手を抜かれるいうのは魔人族にとってかなりの侮辱行為だった。

 グルドラが今度は強化魔法を施した状態でレイハに攻撃を仕掛ける。速さも威力も先ほどとは比にならない。レイハをミンチにしてやろうとグルドラは全力で拳を振り下ろした。

 しかし――。


「少し勘違いをしているようなので教えてあげましょう」

「なっ!?」


 グルドラの拳をレイハは片手で受け止めた。ミンチにするどころか、涼しい顔をしたままで。


「私はあなたよりも強い」

「グ……グググ……ッ」


 グルドラが全力で押してもレイハの体はビクともしない。それは力に自信があるグルドラにとって初めての経験だった。


「ふざけんな! 力で、この俺が、負けるわけねぇんだよぉおおおおおっっ!!」

「力だけに頼るからそうなるんですよ。いいですか? 殴るとはこういうことです」

「がっ!?」


 レイハがフッと力を抜き、ずっと押していたグルドラは姿勢を崩す。そうして姿勢を崩したグルドラに向けてレイハは左の拳を叩き込んだ。レイハよりもはるかに大きなその体がその一撃を受け止めきれずに水平に飛ぶ。


「クッソ、なんだ今のは! 俺はちゃんと体強化してたはずだぞ!」


 強化魔法を施したグルドラの肉体は鉄球すら弾く。だというのにレイハの一撃は確かにグルドラにダメージを与えていた。


「ハーマッド直伝の発勁です。まぁ彼ほどの完成度ではありませんが。細かい原理は省きますが防御無視の一撃だと思っていただければ。あなたの肉体がどれだけ硬くても関係ないんですよ。とはいえ、これはあくまでこうやってダメージを与えることもできますよということを示しただけ。今度は私の得意技でいきます」

「っ……お、おいワルプ! まだ終わらねぇのか!」

「後少し、少しです。耐えてください!」

「おせぇんだよてめぇはよ! さっきからなんべんそれ言ってんだ!」

「おや、仲間割れですか? 先ほどまでの威勢はどうしたんですか」

「っ!?」


 短剣を手に近付いてくるレイハがグルドラには得体の知れない何かに見えた。ダメージを与えられたという事実がグルドラの心を萎縮させていた。

 次の一撃は耐えて逆に拳を叩き込んでやる、そう思う心とまたわけのわからない技を使われるんじゃないかという恐怖。これまで己の肉体だけを頼りに生き抜いてきたグルドラにとってその肉体への信頼が揺らぐことは致命的だった。


「ち、チクショウがぁあああああああっっ! 俺は強い、強いんだよぉおおおっっ!!」


 散々迷ったすえにグルドラがとった行動は突っ込んで攻撃することだった。レイハの攻撃に耐えれるか不安なら、攻撃させなければ良いと。


「らぁああああああっっ!!」


 追い詰められたことによってグルドラの体のリミッターが外れたのか、その打撃はグルドラの生涯で一番とも言える速度と威力だった。

 

「『氷壁』」


 しかし、その最高の一撃はレイハが生み出した氷の壁にあっさりと阻まれてしまった。それどころか、拳が『氷壁』に触れた瞬間、右腕が肩まで凍り付く。

 そしてレイハが振るった短剣がグルドラの左腕を斬り飛ばした。

 

「あぁああああああああっ、腕が、腕がぁあああああああっっ! なんでだよ。なんで俺の腕が斬られんだよぉおおおっっ!!」


 これまでも剣士と戦ったことはある。しかし誰もグルドラの肉体に傷をつけれた者はいなかった。グルドラの鋼の肉体を前に剣の方がへし折れた。しかしレイハの持つ短剣は刃こぼれ一つせずいとも簡単にグルドラの左腕を斬り飛ばしてしまった。

 なぜそんなことが起こるのか、わけがわからないというグルドラにレイハは答えを教えた。


「理由は単純ですよ。あなたの強化魔法よりも私の強化魔法の方が上だった。ただそれだけです」

「ふざけんな、そんなわけあるか!」

「そう思うならあなたはやはりその程度なのでしょうね。そこで思考を止めてしまうのですから。これは私が、私達が魔人族と戦うために編み出した技術なんですけどね」

「嘘だ。あり得ねぇ、こんなことあるはずがねぇ! お、おいワルプ! ゲートだ、ゲート開け!」

「なんですか急に。まだここから離れるわけにはいかないんですよ!」

「うるせぇ! だったら俺だけでいい。どこだっていいから今すぐ俺を逃がせ!」


 初めて感じる命の危機にグルドラはレイハに背を向けて走りだした。ワルプの力を使って逃げようとしたのだ。

 

「し、仕方無いですね。ではこちらへ、それほど遠くへは飛ばせませんが」

「それでも構わねぇ。さっさとここから離れ――」

「私がそれを許すと思いますか? 言ったはずですよ、殺すと」

「ひ、ひぃいいいいいいいいっ! グルドラさん!?」


 ゲートに飛び込もうとした瞬間、ワルプの目の前でグルドラの首が飛んだ。そしてそのままドシャリとグルドラの体が崩れ落ちる。あまりにも呆気なく散ったグルドラを見てワルプはフードの下で顔を真っ青にする。その姿に未来の自分を幻視してしまって。

 

「さて、順番が狂いましたが次はあなたです」

「わ、私はここで終わるわけにはいかないんですよ! 魔王様を復活させるまでは!」

「っ!」


 ワルプがとっさに開いたゲートから魔獣一匹が飛び出してくる。その魔獣はすぐさま処理したレイハだったが、その僅かな隙にワルプは自身が生み出したゲートへと飛び込んだ。


「逃がしませんよ」


 ゲートが閉じる寸前、ワルプを追ってレイハもゲートへと飛び込んだ。

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