第34話 魔人族との邂逅
ハルマとアデルが戦い始める少し前、修練場を飛び出したレイハは学園内で不審人物の捜索をしていた。
学園は休み、さらにほとんどの人が修練場に集中しているというだけあって学園内に人の姿はほとんど無い。
レイハが修練場から出た理由二つある。一つは修練場にはミーナがいるからだ。もし修練場で何か起きたとしてもミーナがいれば対処できる。問題は修練場の外、学園内で何か起こされた場合だ。
もしそうなればいくらミーナでも対処が遅れてしまう。その穴を埋めるためにレイハが動いたのだ。
そしてもう一つの理由がレイハが相手の存在に気付いたからだ。あの視線は本来レイハでは無くミーナに向けたものだったのだろうが、ミーナよりも先にレイハが気付いた。そしてレイハに気付かれてしまった以上、あの場に残るのはリスクにしかならない。少なくともレイハならば気付かれた段階でその場から去る。
「……だから修練場の外に逃げたかと思ったんだけど」
レイハが一人で探すには聖ソフィア学園はあまりにも広い。あまり効率的だとは言えないだろう。
「魔力の消費が激しいからあんまりしたくなかったんだけど。『氷界』」
生み出した冷気を限界まで広げるレイハ。もしその氷に触れる者がいればレイハにも伝わる。『探知』の魔法が使えないレイハが編み出したレイハなりの探知方法だ。
「……このフロアに八人。上の階に七人……ん? 一人だけやけに早く移動してる人がいる。この動き……この人ね」
標的を見つけたレイハは上階へと駆け上がり、逃げるように離れていく人物を追う。相手はまだレイハに追われていることに気付いていない。その動きを見てレイハは微かに違和感を覚えた。
「逃げてるわけじゃない? もしかして屋上に向かってる?」
引っかかりはしたものの、屋上ならば都合が良いと気持ちを切り替えるレイハ。屋上への出入り口は一つだけ。逃げ道を塞ぐという点でも、屋上に居るのは都合が良かった。
不審人物が屋上で足を止めたのを確認したレイハはすぐに屋上へ飛び出した。そこに居たのは全身黒ずくめのフードを目深に被ったいかにも怪しい人物。
「見敵必殺」
レイハはその姿を視界に収めると同時、問答無用で攻撃を仕掛けた。氷の刃を飛ばし、制圧しようとする。しかしギリギリの所で気付かれ避けられてしまった。
「これはこれは。ずいぶんなご挨拶ですね。まさか問答無用で仕掛けてくるとは」
フードを被っていて姿こそわからないが、声からして男だということだけはわかった。そしてレイハの目から見て、この男は戦闘員では無かった。レイハの投げた氷の刃の避け方を見ればわかる。明らかに慌てて避けたという動きだった。
「失礼。ですが疑わしきは処理せよ、というのが私の考えでして」
「それはずいぶんと物騒なことだ」
「先ほど修練場でミーナ様のことを見ていたのはあなたですね」
「やはり気付かれていましたか。これでもキチンと気配は殺していたのですが」
「だとしたらそれは甘いと言わざるを得ないでしょう。現にこうして私に気付かれているのですから。さて、ではそろそろ教えていただきましょうか。あなたの目的を。どうしてここにいるのかを。あぁ、答えないと言うのであればそれでも構いません。その場合はすぐに処理するだけですので」
「この私が勇者パーティであったミーナ様のファンであったという可能性もあるのでは?」
「それがあり得ないことくらいは十分にわかっているはずですが。ですがそうですね、もし万が一そうであった場合は私に目を付けられたのが悪かったと思ってください。要するに運が悪かった、ということですね」
「っ……」
レイハが本気で言っていると悟った男は思わず冷や汗を流す。周囲に目を向けても屋上という開けた空間では逃げることができるような場所も無い。なにより男の持つ力を使うには集中する必要があった。
そのために男はまず時間を稼ぐことにした。
「そ、そうですね。では私の自己紹介からしましょうか。私はワルプと申します。以後お見知りおき――」
「興味ありません」
「――あがぁあああああああああっっ!! あ、足が! 足がぁあああああ!」
レイハの投げた氷の刃が男――ワルプの足に刺さる。
何を呑気に自己紹介などしているのかと呆れながら、ワルプの勘違いに気付く。なので、レイハはワルプの勘違いを訂正することにした。
「いいですか? 私があなたに聞いているのは目的だけです。あなたの名に興味などありません。そしてもう一つ、私はあなたのことを殺します。目的を話そうがそうでなかろうが、どちらにしてもです。目的を話して死ぬか、それとも話さずに死ぬか。あなたに待っているのはただそれだけです」
その冷徹な瞳にワルプは心の底からの恐怖を感じた。本気で殺す意思を感じ取ってしまった。
「ま、まま待ってください。落ち着きましょう。殺すだの殺さないだの。物騒な話は。私の目的を知りたいのでしょう?」
「知れれば良いな、程度の思いですが。教えてくれるのであれば聞きましょう。ですがどうか手短に。私はあまり気が長い方ではないので。それから私が何か企んでいるとそう判断した瞬間、あなたを殺します。怪しい挙動を見せても同様です。わかりましたか?」
「わ、わかりました。わ、私はただ実験道具の成果を確認しにきただけで」
「実験道具? それはなんですか」
「それは……なんて、答えるわけがないでしょうっ!」
ワルプが床に手を着いた瞬間のことだった。突然レイハの視界が傾く。見ればレイハの右足の部分にぽっかりと穴が開いていた。その穴の中に右足が沈んでいたのだ。
そしてレイハが姿勢を崩したその一瞬の隙をついてワルプが逃げだそうとする。
「なるほど。それがあなたの答えですか。いいでしょう」
しかしレイハに焦りは無かった。ただ姿勢を崩されただけ。その姿勢からでも攻撃することは難しくなかった。
ましてやワルプは足を怪我している、その動きは非常に遅かった。
「どこに逃げようとしているのか知りませんが無駄ですよ」
穴にハマった足を抜いたレイハが地面に手をつき、屋上一面を全て凍らせる。
「なっ!?」
屋上の扉だけでなく、足まで凍らされたワルプはレイハの攻撃範囲の広さに驚愕する。必死に足を動かそうにもワルプの力では氷は砕けなかった。
「警告はしました。無視をしたのはあなたです」
これ以上余計な真似をされる前に、とワルプのことを仕留めようとしたレイハだったが、『氷刃』を生み出そうとした瞬間、妙な魔力の波動が修練場の方から流れてきて動きを止めてしまう。
「今のは……」
「ハ、ハハハハハッ! どうやら実験は成功したようですね!」
「……実験とやらが何かは知りませんが、これ以上あなたに時間をかけているわけにはいかないようですね」
「申し訳ありませんがそれはこちらの台詞ですよ。さぁ来てくださいグルドラさん!」
レイハが投げた『氷刃』がワルプに当たる直前、ワルプの目の前の空間にぽっかりと黒い穴が開き、その穴に『氷刃』が呑み込まれる。先ほどレイハが足を取られたものと同じ穴。しかしその大きさは違う。今度は人が一人通れるほどの大きさだった。
「おいおい。ようやくワープゲートが開いたかと思ったらいきなり物騒なもんが飛んで来やがってよぉ。おいワルプ。てめぇなにしてやがんだ」
その声は穴の奥から聞こえてきた。そしてニュッと腕が出てきたかと思えば、そのままズズズッと誰かが出てくる。
「あー、このワープの感覚ってのはどうにも慣れねぇなぁ」
出てきたその姿を見てレイハは驚きに目を見開く。なぜなら、その姿を見たのは実に十年ぶりのことだったから。
浅黒い肌に白髪、そして血のように赤い瞳。その特徴を持つ種族はたった一つだけだった。
「……魔人族」
憎々しげに呟くレイハとは対照的に、ワルプはようやく呼び出すことができた増援に歓喜していた。
「待っていましたよグルドラさん! 早くその人をやってしまってください! 私は準備しておいた魔獣達を修練場に送り込みます!」
「おう。そっちの方は頼んだぜ。おい女。そういうわけだ。運が悪かったな。てめぇはここで俺に殺されることになった。ま、安心しろよ。他の奴も全員すぐに同じところに送ってやるからよ」
指をゴキゴキと鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべるグルドラ。
レイハはそんなグルドラを見てため息を吐きながらも短剣を抜いた。
「はぁ……まさかこんなところで魔人族に会うことになるとは思いもしませんでした。いいでしょう。私のやることは変わりません。ただ殺す相手が一人から二人に増えただけです」
「……あ?」
「安心してください。あなただけではなく、そこの彼もすぐに同じところに送って差し上げますので」
「ハハハハッッ! 上等だ、やれるもんならやってみやがれ! 死んでから後悔すんじゃねぇぞ!!」
そう言ってグルドラは心底楽しそうに高笑いしながらレイハに襲いかかるのだった。
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