第33話 ハルマvsアデル

 試合開始の合図と同時、先に仕掛けたのはアデルだった。


「悪いな! じっくり攻めるってのは嘘だ! 一瞬でケリつけてやるよ!」


 距離を詰めてきたアデルに対し、ハルマはそれを無理に迎え撃つようなことはせずに冷静に距離を保つことでアデルの攻め方を伺った。

 アデルはハルマが引いた瞬間に逃げの姿勢であると判断。強化魔法で一気に体を強化し、凄まじい走力で一気にハルマとの距離を詰めてきた。


「っ!?」

「おいどうした! 俺に勝つんじゃ無かったのか! そんなんじゃ勝つどころか勝負にもならねぇぞ!」

「くっ!」


 アデルの騎士剣をギリギリで受け止めたハルマだったが、身体強化が間に合わずに吹き飛ばされてしまう。

 たった一撃で十メートル以上は飛ばされた。転がることなく着地できたのはミソラが体術を鍛えていてくれたおかげだろう。


「今の一撃だけで手が痺れてる。すごい威力だ」


 今のアデルの動きを見てわかった。アデルは戦い慣れていると。

 ハルマの避けの姿勢を見た途端に攻勢を強くしたのだ。そのせいでハルマは完全に不意を突かれる形になってしまった。

 相手の出方を伺おうとしてしまったこと。初手をアデルに譲ってしまったことがハルマの間違いだったのだ。

 この戦いでハルマが使える手段は限られている。ハルマの使える魔法は全て初級で、戦いで効果的なダメージを与えるのは難しい。使えるとしても不意打ちか、目くらまし程度。もし通用するとすればツキヨから教えてもらった月影一刀流だけだった。


(僕の使う月影一刀流はツキヨさんの足元にも及ばないけど。だけど、勝つためにはそれしかない。僕が教えてもらった型は三つだけ。使うタイミングを間違えちゃダメだ。僕の使える技術を全部使って勝ってみせる!)


 ふぅ、と小さく息を吐いてハルマは気持ちを切り替える。逃げちゃダメだと自分に強く言い聞かせた。

 アデルは余裕の表情でハルマのことを見ていた。自分の実力に圧倒的な自信があるのだろう。そしてそれは間違いじゃない。アデルの実力は確実にハルマよりも上だった。


「それでも!」


 今度はハルマから攻める。ツキヨに教わった特殊な歩法を使って開いてしまった距離を一気に詰める。しかし、身体強化を施しているアデルにとってはその動きすら緩慢に見えてしまった。


「おいまさか強化魔法をろくに使えねぇのか? そんなんで剣士やってんじゃねぇよ!」


 ハルマが踏み込んで来る位置を予測し、先に攻撃を仕掛けるアデル。そしてその狙い通りの位置にハルマは踏み込んできた。

 刀ごと叩き斬る。そう思っていたアデルだったがハルマが待っていたのはその一撃だった。急制動をかけて止まったハルマは刀を鞘に収めたまま、鞘を利用しアデルの剣を横から叩いて滑らせるハルマ。予想外の反撃に思わず姿勢を崩したアデルにハルマは蹴りを叩き込む。その直撃の瞬間、ハルマが強化魔法を使ったことによって威力が何倍にも膨れ上がった蹴りは先ほどハルマが飛ばされた時以上にアデルの体を吹き飛ばした。

 ツキヨから教わった鞘で攻撃をズラす方法と、ミソラの体術の合わせ技だ。


「よし、上手くいった!」


 とっさの思いつきでやったことだったが、予想以上に上手くいったことに手応えを感じるハルマ。

 また、観客席にいた生徒達もアデルが蹴り飛ばされたのを見てどよめいていた。

 立ち上がったアデルは額に青筋を浮かべていた。


「……おいてめぇ、今なんで抜かなかった。あ? おい、俺のこと舐めてんのか?」


 ハルマが刀を抜かなかったのは鞘だけの状態で滑らせることがまだできないからなのだが、アデルはそうは受け取らなかった。ハルマに手加減されたと、そう思ったのだ。

 何よりハルマに一撃入れられたという事実がアデルのことを昂ぶらせていた。


「いいぜ。じゃあこっからは全力だ。反撃もさせねぇ、圧倒的な力でてめぇを叩き潰してやる」

「これは……」


 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音と共に舞台上が揺れる。その揺れは離れた位置にいたエリカにまで届くほどだった。


「マズい。気をつけてハルマ! 彼、【才能ギフト】を使うつもりよ!」

「【才能ギフト】!?」

「気付いた所でもうおせぇ!」


 アデルの周囲に浮かぶ巨大な岩。それが一つではなく、いくつも浮かんでいた。


「そうか。これがサラさんの言ってた公爵家に伝わる【才能ギフト】!」


 【才能ギフト】は遺伝する。絶対では無いが、親が【才能ギフト】持ちだった場合その子供も【才能ギフト】持ちである可能性が高いのだ。そしてその【才能ギフト】は親の【才能ギフト】と同じ、または類似していることが多い。

 そしてソルシュ王国の公爵家には伝わり続けている【才能ギフト】があった。

 ブライナ家は『炎』。ドレアドル家は『風』。オードラン家は『水』。そしてランドール家には『土』の【才能ギフト】が伝わっていたのだ。

 当然ランドール家の息子であるアデルは『土』の【才能ギフト】を持っていた。


「ブッ潰れろぉ!!」


 飛んで来た岩の中にはハルマの身長とほぼ同等の大きさのものもある。もし当たればただの怪我で済まないのは目に見えてわかっていた。

 自分に向かって飛んでくる岩をなんとか躱しながらハルマはどうするべきかを考える。


(落ち着け、落ち着くんだ。【才能ギフト】だって万能じゃない。これだけ乱発してたら魔力の消耗も相当激しいはず。それに彼の【才能ギフト】は強化系じゃなくてレイハさんと同じ能力系だ。だとしたら操作に相当意識と使ってるはず。つまり、近づけたらチャンスがある!)


 近付くチャンスを伺うハルマ。避けに徹するハルマになかなか岩が当たらないことで次第にアデルは苛立ちを募らせていた。


「何か企んでやがるな。だったらこいつはどうだ! 『ストーンバレット』!」

「っ、あぐぅっ!?」


 ピシュンと空を裂くような音と共に飛んできた岩がハルマの左肩に直撃する。作り出した石を弾丸のようにして飛ばしてきたのだ。威力はそれほど高くないとはいえ、避けるのも難しい。それに当たり所が悪ければ致命的な隙を生みかねない。


「そら、今度は十発一気にいくぞ!!」


 大量の『ストーンバレット』がハルマに迫る。しかし、迫り来る石の弾丸に対しハルマの心に焦りは無かった。


「やるしかない」


 ハルマが刀を抜いた瞬間だった。その刀が煌めいたと同時、石の弾丸が砕かれハルマが一直線にアデルに向かって駆ける。


「ハッ、なんだその動きは。狙ってくださいってかぁ! 『ロックバレット』!」


 バカ正直に突っ込んでくるハルマを嘲笑いながらアデルは今度は先ほどよりもずっと大きい岩の弾丸をハルマに向かって飛ばした。


「月影一刀流、三ノ型――」


 ハルマが狙っていたのは一瞬だった。ハルマとアデル、そしてアデルの放った『ロックバレット』が一直線に重なりアデルの視界を覆う一瞬の隙。

 限界まで身を低くしたハルマは足にだけ身体強化を施し一気に加速、『ロックバレット』をスレスレで躱しながらアデルに肉薄する。

 レイハが以前見せた体の一部にだけ施す身体強化。それをこの土壇場で成功させてみせたのだ。


「なっ!?」


 驚きに目を見開くアデル。彼にとってはハルマが突然目の前に現れたようなものだった。


「『掩蔽えんぺい』!!」

「あがぁっ!?」


 下からの斬り上げ。アデルには避ける間すら無かった。ギリギリのところで刃を翻し、峰の部分をぶつけたハルマだったが、その一撃でアデルは手に持っていた騎士剣を落としてしまった。拾おうとしたアデルだったが、その前にハルマがアデルに刀を突きつける。

 この距離ではアデルが剣を拾うよりも、【才能ギフト】を使うよりもハルマが刀で斬る方が速い。誰がどう見ても明らかなほどに詰みの状況だった。


「僕の勝ちだ」

「くっ……っぅ……っ!!」


 ハルマの宣言にアデルがキッと怒りのこもった視線を向けるが、この状況では何も言い返すことはできない。何も言っても惨めになるだけだった。

 ガックリと項垂れたアデルを見て、降参の意と取った教員が手を上げて宣言する。


「勝者、ハルマ・ディルク君!」


 教員がそう宣言した瞬間、会場内に爆発的な歓声が上がった。

 ハルマがアデルに勝ったということへの賞賛、驚きの声が飛び交う。

 舞台袖で見守っていたエリカもホッと安堵の息を吐いた。そしてそれは観客席から見守っていたミーナも同じだ。


「なかなかやるじゃ無いハルマ君。彼の方はちょっと慢心が過ぎたわね。せめて油断していなければ良かったんでしょうけど」


 今回、二人の勝敗を分けたのはそこだった。

 自分が負けるはずがないという油断、慢心。それがハルマに付け入る隙を与えてしまったのだ。


「できれば今回のことが良い薬になってくれるといいんだけど……ん?」


 そこでミーナはアデルの様子がおかしいことに気付いた。ブツブツと何事かを呟くアデルの体から黒い魔力のようなものが出ていたのだ。

 次第に観客席に居た人達もその異変に気付き、ざわつき始める。


「俺は……俺は誰にも負けねぇんだよぉおおおおおおおおっっ!!!!」

「これは……マズい! ハルマ君、すぐに彼から離れなさい!」


 しかし、ミーナのその忠告は間に合わなかった。爆発的に膨れ上がった黒い魔力が一気に広がり、ドーム状に舞台を覆ってしまったのだ。すぐに観客席から舞台へと向かったミーナは舞台を覆う黒い魔力を見て顔を顰める。


「干渉を拒否する防御結界。外と内を完全に遮断されたわね。でもどうしてこんなものが……ううん、考えるのは後、今は早く中にいるハルマ君達を助け出さないと。こんな結界くらい私の精霊魔法ですぐに破って――」

「きゃぁあああああああああっっ!!」

「魔獣、魔獣だぁああああっっ!」

「なんですって!?」


 観客席から聞こえてきた悲鳴に振り返れば、そこには数多の魔獣、中には魔物までいた。


「いったいどころから――っ、あれは!」


 魔獣がどこからやってきているのかはすぐにわかった。空にぽっかりと大穴が開いていたのだ。そしてそこから次々と魔獣が落ちてきていたのだ。

 教員達や一部の生徒が応戦しているものの、いかんせん魔獣や魔物の数が多すぎる。このままでは押し切られることが目に見えていた。


「ごめんなさいハルマ君、少しだけ耐えて。あの魔獣を倒してすぐに戻るから。みんな、私に力を貸して!」


 苦渋の表情でハルマに謝罪したミーナはすぐに戻ることを約束し、精霊達と共に生徒達を助けに向かうのだった。

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