第32話 もしこの勝負に勝ったなら

 勇者の息子であるハルマと公爵家の息子であるアデルが戦うという話を聞いた生徒達は休みであるにも関わらず修練場へと詰めかけた。

 修練場は魔法大会のトーナメントなど学園の催しにも利用されることがあり、そのため観覧席も用意されていた。そして今その観覧席は見学生や学園の生徒達で埋まっていた。

 レイハとミーナの姿も観覧席にあった。舞台上に居るのは模擬戦に参加する子達だけ。しかしこの場にいるほとんどの者の視線はハルマとアデルに集中していた。

 観覧席の賑わいを見て淡々と感想を呟くレイハと、思わず深いため息を吐くミーナ。多少見に来る生徒がいるかもしれないとは思っていたが、ここまでの賑わいになるとは想像もしていなかったのだ。


「これはまたすごい賑わいになりましたね」

「えぇ、本当に。食堂が賑わってるタイミングだったのがマズかったんでしょうね。まさかここまで広まってるなんて。休みの子達まで来てるもの」

「それだけこの一戦は注目されているということなんでしょうが」

「ハルマ君、大丈夫なの? これだけの視線に晒されながら戦うなんて」

「坊ちゃまならば大丈夫です。私はそう信じています。私が懸念しているのはそれ以外のことです」

「それ以外のこと?」

「先ほどの彼の様子……昨日と同じようで違うかったと言いますか。どこか高揚しているように見えたんです。何かに浮かされている、そんな感じが。これまでの経験上、そういったことがあるとろくなことにならないので」

「確かに……昨日の今日だものね。あれだけあなたに脅されて、たった一日で復活するなんて図太いなんてレベルの話じゃないもの。だから何か裏があるんじゃないかと、そう思ってるってことね」

「そういうことです――ん?」

「どうしたの?」

「今何か……誰かがこちらのことを見ていたような」


 一瞬感じた視線。それは決して好意的な視線では無かった。どちらかというと値踏みするような、こちらの反応を探っているような視線。レイハが視線に気付いたと悟るやいなやどこかへ消えてしまった。

 人数が少なければ探ることもできたのだが、これだけの人数がいるとそれも難しかった。


「ミーナ様、精霊達に反応は?」

「とくに無いけど。もしかして何かあったの?」

「……少し外します。ミーナ様、あなたはここに居てください。もし何かあればすぐに対処を。坊ちゃまに何かあれば殺します」

「え、ちょっとレイハ! 物騒なことだけ言い残さないでよ!」


 この視線の違和感をそのままにしてはいけない。そう思ったレイハは視線を感じた方へと向かうのだった。






 同じ頃、ハルマは修練場の舞台上で緊張しまくっていた。


「な、なんでこんなに人がいるの……」

「ハルマと彼が戦うっていう話がすぐに広まったみたいね。有名っていうのも困りものね」

「有名なのは僕じゃなくて父さんだけどね」

「それよりあなた、本当に戦うの? こんなこと言うのもあれだけど、彼、性格こそアレだけど実力は確かよ。公爵家の息子として英才教育は受けてるし何よりも【才能ギフト】持ちだもの。あなたは持ってないんでしょう?」

「……うん。だけど、僕がやらなきゃダメなんだ」

「勝算はあるの?」

「どうだろう。それもやってみないとわからないけど。でも諦めるつもりは無いよ」

「わかった。私は応援してるから。頑張って」

「うん。ありがとう」


 ポンとエリカに背中を押されてハルマは舞台上へと上がる。その瞬間、ハルマに向けられる視線がさらに強くなった。視線には重みがあるのだということをハルマは思い知らされた。


「……っ!」


 ハルマは無意識に首から提げたペンダントを握りしめていた。それはアデルと戦うことになった後、レイハが渡してくれたものだ。

 その時のことをハルマは思い返していた。





 昼食後、修練場に向かう途中のことだった。レイハに人目につかない所につれて行かれたハルマは、そこでレイハからペンダントを受け取った。

 透明な四角柱のペンダント。手のひらにのせるとヒンヤリと冷たかった。


「これは?」

「即席ではありますが私が作ったペンダントです。まぁお守りのようなものだと思っていただければ」

「お守り……」

「私は坊ちゃまの意思を尊重します。坊ちゃまがあの方と戦うというのであればそれを止めはいたしません。坊ちゃまならば乗り越えられるとそう信じておりますから。今回の戦い、私はお側にいることができませんから。ですから、これは私の代わりです。これがある限り私はいつでも坊ちゃまのお側におりますから。それを忘れないでください」

「……うん、ありがとう!」





 レイハがくれたペンダントを握っていると不思議と勇気が湧いてきた。

 近くにレイハがいるような、そんな気がして気持ちが落ち着いた。大衆の視線も気にならない。


「頑張るよレイハさん」

「よぉ、準備はできたのか? こんだけの人数の前で無様を晒す準備はよ」


 気付けば舞台上にアデルも上がってきていた。ニヤニヤとした笑みを浮かべてハルマのことを挑発してくる。


「知ってるぜ。お前、【才能ギフト】持ってないんだろ。情けねぇよなぁ。あの勇者の息子が【才能ギフト】無しなんてよぉ!」


 あえて周囲に聞こえるように大きな声で言うアデル。

 ハルマが【才能ギフト】を持っていないというのは貴族達の間では有名な話だった。

 アルバとシアの息子であったハルマがどんな【才能ギフト】を持っているのか期待されていたからだ。しかし結果は【才能ギフト】無し。期待も大きかっただけの落胆も非常に大きかった。

 そして今、アデルはあの時と同じことをしようとしていた。ハルマの心を萎縮させるために、戦う前に折るために。

 ある意味必然というべきか、この戦いを見に来ていた生徒達がザワつき始める。ヒソヒソと話す声がハルマの耳にも届く。しかしそれでもハルマの目は死んでいなかった。強い決意を秘めた瞳でアデルのことを見ていた。


「……チッ」


 この作戦はあまり効果が無いとそう悟ったアデルは舌打ちする。


「まぁいい。だったら実力で叩き伏せるだけだ。どうせてめぇじゃ俺には勝てねぇんだからなぁ! なぁ、もう始めちまっていいよなぁ!」

「落ち着きなさい。まずルールを説明します」


 待ちきれないといった様子で審判を務める教員に開始を促すアデル。教員はアデルを宥めると、両者へ向けてルールを説明する。


「今回の模擬戦は時間無制限。剣術、体術、魔法、【才能ギフト】、なんでもありの一本勝負。相手を気絶させるか参ったと言わせた方の勝ちです。ただし、殺傷能力の高い技の使用は原則禁止とします」


 それはつまり殺さなければ何をしても構わないということだ。そのルールを聞いたアデルは心底楽しそうに笑う。自分が負けることなど微塵も考えていなかった。

 むしろ、どうやってハルマをいたぶろうかとそんなことばかり考えていた。


「どうするよ。やっぱ降参って言うなら今のうちだぜ?」

「そんなこと言うわけない。たとえ君がどれだけ強くたって僕は戦うよ」

「へぇ……そうだ。いいこと思いついた。もし俺が勝ったらお前、俺の足元に跪いて逆らってごめんなさいって土下座しろ。ここで、みんなの目の前でな」

「……じゃあもし僕が勝ったら?」

「あ?」

「僕が勝ったらどうするの」

「はっ、そん時はどんなお願いだって聞いてやるよ。あり得ねぇけどな!」

「決まりだね。それじゃあもし僕が勝ったらその時は父さんへの侮辱を撤回してもらう」

「二人とも、位置へ」


 教員の言葉に従ってハルマとアデルは開始の位置に立つ。

 ハルマは刀を構え、アデルは騎士剣を構えた。もはや互いに言葉は尽くした。

 後は互いの実力をぶつけ合うだけ。


「それでは――始めっ!!」


 その合図でハルマとアデルの戦いの火蓋が切って落とされた。

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