第14話 盗賊団の末路

 リヒャルド達は盗賊達と一緒にディルク家へと向かっていた。


「兄貴……ホントに大丈夫なんですかね?」

「あ? ニルスてめぇなにビビってやがんだよ」

「でもよぉ」


 ニルスの脳裏に浮かぶのは昼間のギルドでのことだ。いい女を見つけたと思ったリヒャルド達はいつものように手篭めにしようとレイハに声をかけた。しかしリヒャルド達はあっさりと返り討ちにあった。

 何をされたのかもわからぬまま着ていた鎧を切り裂かれ、二度目は無いと脅された。

 あの時の冷たいレイハの目。あれは確実に本気だった。人を殺したことがある者の目だった。その時の恐怖が今もまだニルスの胸中に燻っていたのだ。


「こっちは三十人以上いんだぞ。しかも他の部隊も向かってる。あいつがどんなに強かろうがこの人数に勝てるわけねぇだろ」

「ひひっ、そうだよな。あの女、絶対に犯してやる。泣きわめいたって許さねぇ」

「当たり前のこと言ってんじゃねぇ。あの女……ただじゃ済まさねぇ」


 あの時、レイハに対して恐怖を覚えたのはニルスだけでは無かった。リヒャルドもダリットも同じだ。

 しかし恐怖が落ち着いてきた頃に湧いてきたのは激しい怒りと憎しみだった。

 ギルドで恥をかかされた屈辱。女に手も足も出なかった事実。それがリヒャルドにはどうしても許せなかった。この屈辱を晴らすには何が何でもレイハを自分のモノにするしかないとそう思ったのだ。

 そしてリヒャルドはレイハがディルク家のメイドであることを突き止め、仲間の盗賊団を唆してディルク家へと襲撃を仕掛けることにしたのだ。もし何があっても大丈夫なように、盗賊団の全員を動員して。


「おいリヒャルド。ホントにこんな人数いるのか? いつもみてぇに一つだけの部隊じゃダメだったのかよ。その女がいくらバカみたいに強いって言っても、ただのメイドなんだろうが」

「だから何度も言ってるだろドーマンの兄貴。あの女はマジで化け物なんだよ。それにもし屋敷に宝がたんまりあったら、この人数だけじゃ持ち帰れねぇかもしれないだろ」

「そうは言ってもなぁ。できりゃ他の奴らは別の案件に回したかったんだが。いくつか話も来てたしな」


 リヒャルドの言葉にどこか懐疑的な様子を隠しきれないのは盗賊団『北の竜牙』の団長ドーマンだ。弟分であるリヒャルド達の必死の訴えと報酬の旨みから団の全員を招集したのだが、今のところ脅威は何も感じない。

 とどのつまり、リヒャルド達の過剰反応なのではないかとドーマンはそう疑っているのだ。


「まぁいいけどな。金さえ手に入りゃ文句はねぇよ。おい、ホントに金はあるんだろうな」

「ま、間違いねぇって。ちゃんと調べたからな」


 その言葉は半分本当であり、半分嘘だった。リヒャルド達が調べたのは、レイハがディルク家のメイドであること。そしてディルク家が魔王討伐の際に国から多額の報奨金ももらっていることだけ。その報奨金が残っているかどうかまではわからなかった。それでもあると言ったのは、そうでも言わないと団が動いてくれないと判断したのと、ディルク家が出している依頼の報酬金が想像以上に高かったからだ。ならば金は持っているはずだとそう思ったのだ。

 リヒャルドはドーマンをはじめ、後ろにいる盗賊団に目をやる。


「こんだけ人数がいるんだ。いくらあいつが化け物でも大丈夫に決まってる」


 もう何度目かわからないが、自分に強くそう言い聞かせ先に進む。暗い森の中を進むリヒャルド達だったが、不意に違和感に気付いた。


「なぁおい、なんかやたらと寒くねぇか?」

「そういや……言われてみれば確かに」

「大丈夫だ、こっちにはドーマンの兄貴もついてんだからな」

「てめぇら何言ってんだよ。今の時期の気温なんてこんなもんだろ。お前らビビり過ぎなんだよ」


 ドーマンだけはいやに怯えている様子のある三人に呆れながらどんどん先へと進む。そんな時だった。それまでとは明らかに違う凍えるような冷たい風が吹き抜けたのは。


「……なんだ」


 明らかに自然ではない風にさすがドーマンも警戒を抱く。

 そんな彼らの前に、彼女が姿を現した。


「こんな夜更けに、我が家にいったい何のご用でしょうか」


 夜の静寂と共に姿を現したレイハは静かにそう問いかける。


「ひっ、ど、ドーマンの兄貴! あいつだ! あいつが俺らが話してた女だ!」

「へぇ、なるほどな。確かにいい女だ。お前らが言うだけのことはあるな。おい女、今すぐ股開いて媚びるなら俺の女にしてやってもいいぞ」


 ドーマンの言葉にレイハはピクリと眉を動かす。今の言葉をレイハが不愉快に思っているのは明白だった。


「あまりに愚劣、これだから盗賊というのは」

「あ? なに言ってやがんだ。痛い目見たくなかったら――」

「この先はディルク家の屋敷となっております。申し訳ありませんが、あなた方をお招きした記憶はございません。ですが盗賊団がここまで来た以上、生かして帰すわけにもいかないので。そうですね、大人しく投降するのであれば苦痛無き死を与えましょう。あくまで向かってくるというのであればその保証は致しかねますが」

「はっ、てめぇはこの数が目に入らねぇのか? おいてめぇら! 遠慮することはねぇ、やっちまえ!!」


 ドーマンは後ろにいる部下達に向かって号令を出す。しかし、いつまで経っても動く気配が無い。それどころか部下達からの返事すら無かった。


「おいてめぇら! 返事くらい――!?」

「無駄ですよ」


 苛立ちながら振り返ったドーマンが目にしたのは、氷の像と化した部下達の姿だった。頭の先から足の先まで完全に凍り付いている。


「……あ? お、おいてめぇら……なにがどうなって……」

「彼らには眠っていただきました。永遠に、ですが。とはいえ、ここに置いておいても邪魔なので」


 レイハがパチンと指を鳴らした途端、部下達の氷像が跡形もなく砕け散る。あっという間だった。あっという間に部下達は散り、残されたのはドーマン、リヒャルド、ニルス、ダリットだけとなってしまった。


「な、なにしやがった! なにしやがったてめぇっ!!」


 怒りに震えるドーマンとは対照的に、リヒャルド達は腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。


「何をしたのかと問われれば、掃除でしょうか。ゴミを見れば片付ける。当然のことでしょう?」

「てめぇっ!!」


 ドーマンは巨大な大剣を手にレイハに斬りかかる。しかし、レイハはまったく動きすらしなかった。地面からせり上がってきた氷がドーマンの攻撃を全てはじき返す。


「私の『氷』も砕けない程度の攻撃で粋がっていたんですか? それはまた随分と滑稽なことですね」


 嘲笑するようなレイハの言葉にいよいよ激昂するドーマン。


「ぬぉおおおおおおおおおおっっ!!」

「そういう暑苦しいのやめてもらっていいでしょうか。はっきり言って鬱陶しいので」


 ドーマンの大剣が氷に触れた瞬間、大剣どころか大剣を持っていた両手まで凍り付く。驚きに目を見開き、距離をとろうとするドーマンだったが、今度はその足が動かない。見れば足は氷に冒されていた。どれだけ力を込めても動かない、動かせない。ここまできてようやくドーマンは自分の間違いを悟った。

 目の前にいるのはただのメイドではなく、リヒャルド達の言う通り化け物なのだと。しかし自覚したところでもう遅い。


「抵抗しなければ苦痛なく死ねたものを――その愚かさには相応しい罰を与えましょう」

 

 動けないドーマンの左右に氷の塊が出現する。それは棺のような形をしていて、しかし普通の棺と違うのはその内側に無数の針があったことだ。鋭利で、人など容易く貫いてしまいそうな氷でできた針が。


「名付けるならば……そうですね、『氷血の処女アイスメイデン』とでも言うべきでしょうか。あなたのために作った、あなただけの棺です。さぁ眠りなさい。氷の乙女に抱かれて」

「や、やめ――っ!?」


 レイハが再びパチンと指を鳴らせば、『氷血の処女アイスメイデン』はドーマンを包み込む。ガタガタと震える『氷血の処女アイスメイデン』。しかしその震えもやがて収まり、微動だにしなくなる。


「あ、兄貴……ドーマンの兄貴!!」


 リヒャルドが呼びかけても返事は無く、ただ無音が返ってくるだけ。『氷血の処女アイスメイデン』はただ静かにドーマンをその内に抱きしめるのだ。


「さて、これで残るはあなた達だけですね」

「ひっ……」


 頼みのドーマンも居なくなり、残されたのはリヒャルド、ニルス、ダリットだけ。しかし完全に心を折られてしまった彼らに戦う意志などあるはずも無かった。


「た、たのむ許してくれ……ほんの出来心だったんだよ!」

「そうだ! 俺達、ドーマンさんに言われて……仕方なかったんだ!」

「生かしてくれるなら……あれだ! お前の依頼、俺達がただで引き受けてもいい! それならどうだ? 俺達は今はまだC級だけど、そのうち絶対B級に上がる冒険者なんだ。縁を持っておいて損はないだろ!」


 リヒャルド達の必死の命乞い。たとえどれだけ無様でも死にたくはなかった。

 しかしレイハはそんな命乞いを嘲笑して一蹴する。


「あなた達、もし逆の立場ならどうしますか? それが答えだと思いますけど。というか、そもそもの話ですね。あなた達はもう冒険者ではありませんよ」

「は? ど、どういうことだよ」

「あなた達の冒険者資格はもう剥奪されているということです。つまり、ここにいるあなた達は冒険者ではなくただの盗賊。そしてこの国において盗賊は殺されても文句は言えないですからね。あなた達もそれだけのことをしてきた自覚はあるでしょう?」


 リヒャルド達が盗賊としてどれだけの非道を働いてきたのか。ギルドでの態度、そして今回の襲撃を考えれば想像に難くない。ゆえにレイハが手心を加える理由は全くなかった。


「あぁそれと、必死に喋って時間を稼いでいるようですが無駄ですよ。あなた達の仲間はもう全員死んでますから」

「……は?」

「仲間が来る時間を稼いでいたのでしょうが、残念でしたね」

「あれ、もうこっちも終わりかけなの?」


 背後から聞こえてきた声にビクリとして振り返る。そこに居たのは大太刀を手にしたメイド服の女――ツキヨだった。


「なーんだ、もうちょっと遊べるかと思ったのに。あ、ねぇレイハ、私が斬ってもいい?」

「ダメよ。あなたはもう済んだでしょう」


 ゾッとするほど冷たいツキヨの瞳にガタガタと全身が震え出すリヒャルド達。もはや話は生き残る、生き残らないではなく、どう死ぬかという段階になっていた。

 しかしリヒャルド達にとっての絶望はこれで終わりでは無かった。


「ねぇレイハちゃん聞いてよー! サラちゃんがね……ってあー!! まだ盗賊の人残ってたんだ! ねぇねぇレイハちゃん、この人達お菓子にしちゃってもいいよね!」

「お止めなさいなホリーさん。みっともないですわよ」

「シュー……」


 続けて姿を現したのはホリーとサラ、そしてサラについて来たデビルパイソンのリアだった。


「おいレイハ! こっちはもう終わったぞ! まだ終わってねぇのかよ!」

「レイハさぁーん、もうわたし疲れましたよぉ。ってうわ! まだ盗賊残ってたんですか!?」


 最後にやって来たのはミソラとカレン。こうしてこの場にディルク家のメイドが全員揃った。リヒャルド達は完全にレイハ達に囲まれてしまった。


「なんなんだよ……なんなんだよてめぇらは!」


 リヒャルドの絶叫にも近い言葉にレイハ達は顔を見合わせる。


「なにって。私達はメイドですよ。坊ちゃま……ハルマ・ディルク様に仕える、ディルク家のメイド。それ以上でもそれ以下でもありません。あなた達の間違いはただ一つ。ディルク家に……坊ちゃまの家に手を出そうとしたこと。さて、そろそろ終わりにしましょうか。お昼にギルド言ったことを覚えていますか?」

「え……」


 レイハが短剣を構える。それは昼にリヒャルド達がギルドで見た短剣だった。


「今度はその首と胴体がお別れすることになる、私はそう言ったんですよ」


 グラリと、リヒャルドの視界が傾く。元に戻そうとしても思うように動かない。そのままどんどん視界が傾き、リヒャルドが最期に目にしたのは頭部を失った自分の体と、同じように頭部の無いニルスとダリットの姿だった。





 リヒャルド達の死を確認したレイハは短剣をしまった。


「……さて、これで終わりね」

「なんか呆気ない終わり方だね。もうちょっと楽しめたら良かったんだけど」

「あーあ。殺しちゃったらお菓子にできないのにー。もったいないなー」

「どうでもいいけど、さっさと風呂に入りてー」

「わたくしはリアの餌を調達できたから満足ですわ。まぁ、下品な盗賊の相手をするのは嫌でしたけど」

「もう終わりですか? 終わりですよね? あー、良かったです。もう怖かったんですからぁ」


 それぞれ言いたいことを好き勝手に言うツキヨ達に、レイハはまだ最後の仕事が残っていることを告げる。


「はいはい。そこまでよ。まだ仕事は残ってるわ。盗賊達の痕跡を跡形も無く消すこと。サラ、残った死体はあなたの魔獣達の餌にでもして。カレンとツキヨとミソラは仕掛けた罠の解除、回収。ホリーは私と血痕と戦った後の処理よ。坊ちゃまが起きた時に痕跡一つ残さないこと。いいわね」

「ふぁあ、私はパス。面倒だからカレンに任せるねー。私は寝るから」

「アタシは風呂に入ってくる」

「えぇ!? 二人とも手伝ってくださいよー! 待ってくださいってばー!」

「今回の死体を回収すれば、しばらくは餌に困ることはなさそうですわね。レイハさん、後で冷凍保存に協力してくださいな」

「わかったわ。じゃあホリー、私達も行きましょう」

「うん。それじゃ頑張ろっかレイハちゃん」


 こうして盗賊団『北の竜牙』は全滅。誰一人として生きて帰ることはなく終わりを迎えたのだった。

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