第13話 そこは彼女の狩り場

「おらぁっ!!」

「ぶぺぁっ?!」


 ミソラの強靱な拳が盗賊の男に叩き込まれる。その一撃だけで男の頭はまるでスイカのように弾けとんだ。


「囲め! 囲んで一斉に攻撃を仕掛けろ!」


 他の部隊と同じようにディルク家へと向かっていた盗賊達の前に姿を現したミソラは問答無用と言わんばかりに殴りかかった。

 ミソラの一撃は一番近くにいた男の命を刈り取り、それが乱戦開始の合図となった。部隊の指揮をとる男はなんとかミソラの動きを封じ込めようとするが、足場の悪い森の中でも関係無く走り回るミソラを捉えることはできずにいた。魔法で攻撃しようにも、この乱戦の状況ではミソラよりも先に仲間に当たってしまう。人数の多さが仇となっていた。

 対するミソラはと言えば、その強靱な肉体を活かして一撃必殺で盗賊達の命を奪っていく。


「クハハッ、やっぱりたまには派手にやらねぇとなぁ。坊ちゃまの面倒見るのも悪くねぇけど、それだけじゃ鈍っちまってしょうがねぇ。おら、死ぬ気で来いよてめぇら。せっかくアタシの狩り場に来たんだ。じゃなきゃ殺すぞ!!」


 盗賊達の返り血で真っ赤になった爪と拳はその一撃の強さを物語っていた。隊長の男はもうすでにこの時点で失敗を悟っていた。ミソラは強い。勝てないと。

 しかしそう判断したからこそ次の決断は早かった。


「撤退だ! 逃げるぞ! 合流地点まで散開して逃げろ! 決してひとかたまりになるな!」

「あ?」


 状況が不利とみれば逃げる。男は逃げることが恥だとは思っていない。むしろそうすることで次の勝利へと繋げると信じていた。散開して逃げるように言ったのは、ミソラが遠距離技を持っていないと判断したからだ。ミソラが獣人族である以上属性魔法による攻撃の可能性は低いと。そしてその考えを裏付けるようにこれまでミソラは拳と爪による近距離攻撃しかしていなかった。

 例え一人が殺されても、その間に他の仲間は別の方向に逃げている。そうして少しでも時間を稼ぎ、誰か一人でも合流地点までたどり着くことができれば良いと隊長の男は考えたのだ。


「おいおいなんだよ逃げんのかよ。そういうのはさぁ……つまんねぇだろうがぁっ!!」


 背を向けて逃げる盗賊達を一人、また一人と捕まえては拳で殴り殺し、爪で切り裂く。その威力も速さも尋常では無い。しかし、隊長の男の作戦が功を奏したのか部隊の半分ほどはミソラからかなり離れた位置にいた。このまま行けば逃げ切れる。

 そう思っていた隊長の男だったが、突然縄に足を取られて木に吊り下げられる。

 周囲を見れば隊長の男だけでなく、離れた位置に居た仲間までも罠にかけられている。穴に落ちた者、トラバサミに足を挟まれた者など様々だったが、確かなのは動きを止められたということだ。一分、一秒を争うこの状況の中でこの罠はあまりにも致命的だった。


「な、なんだ!?」

「あ、あのぉ。逃げられると困るんですよぉ。あなた達のこと逃がしちゃうと私がレイハさんに怒られちゃうのでぇ」

「誰だお前は!」

「ひぃ! あ、あんまりおっきい声出さないでください。私、他の皆さんと違って戦えないんですってばぁ。だから逃がさないようにせっせと罠まで作ったのにぃ」


 罠を仕掛けていたのはカレンだった。もし万が一ミソラと戦うことを避けて逃げ出した時のために罠を仕掛けていたのだ。カレンは他のメイド達と違って戦うのが苦手だ。なにより盗賊と戦うなど恐ろしくてできるわけがない。ごくごく一般的なメイド。それがカレンだった。


「ちぃっ! こんなところで!」


 隊長の男はすぐさま足に巻き付いた縄を短剣で斬る。地面に着地した男はそのまますぐさまカレンへと斬りかかった。まずは一人確実に仕留めたかったのだ。


「ひぃっ、罠への対処早くないですか!? た、助けてぇええええっっ!」


 カレンは丸腰。そしてミソラとは違い鍛えている様子も無い。この女ならば仕留められる。そう判断した隊長の男だったが、カレンにばかり意識を向けていたせいで自分に迫る脅威に気付くことができなかった。


「おい、何うちのメイドに手ぇ出そうとしてやがんだよ」

「がっ!?」


 後ろから頭を掴まれ、ギリギリと万力のような力で締め付けられる。メキメキと自分の頭の骨が鳴る音がする。

 後ろから来たのはミソラだった。もうすでに他の罠にかかっていた盗賊達は仕留めたのか、その両手にはまだ血が滴っている。


「ミソラさん! 来てくれたんですね!」

「ったく、なにしてんだよカレン。一人くらいさっさと仕留めろって」

「む、無理ですよぉ。私は他のみなさんと違ってただのメイドなんですから!」

「知らねぇって。うちに来たからには少し鍛えろ。じゃねぇとぽっくり死ぬぞ」

「それは嫌ですけど。でもでも、ミソラさん達の鍛錬はキツすぎるんですってばぁ」


 ミソラが早朝訓練をしていることを知っているカレンだが、その内容があまりにもハードなのでとても真似はできる気はしなかった。


「情けねぇ。坊ちゃまが頑張ってるのにメイドのお前が頑張らないでどうすんだよ」

「いやいや、私これでもメイドの仕事はちゃんとこなしてますからね! ミソラさんやツキヨさんの分も! それにこうやって自分にできることはやってますから! というか普通のメイドは盗賊退治なんてしませんから!」

「うっ……まぁそれはそうか」

「まったくですよもう。で、その人はどうするんですか?」

「あ? これか?」

「あぁああああっ!! がぁあああああっっ!!」


 ミソラが男の頭を掴む手に力を込める。あまりの苦痛に持っていた短剣を落とし、必死に藻掻く隊長の男。しかしどれほど暴れてもミソラの手はビクともしない。


「い、いやだっ、だず、だずけ――」

「とりあえず潰しときゃいいだろ」


 必死に助けを乞う男だったが、最期の瞬間は実にあっさりと訪れた。

 バキッ、グチャッ、という音と共に男の頭部が握り潰される。目玉や脳髄が飛び出し、周囲の地面を赤く赤く染めていく。


「うぇっ、うぷっ……やめてくだいよミソラさん。また夢に見ちゃうじゃないですかぁ」

「アハハハッ! そういやお前、初めての時は思いっきり吐いてたもんなぁ。その時に比べたら成長したんじゃないか?」

「こんな成長別に嬉しくないです」

「とりあえずこっちはこれで全部だよな。もうクソ共のニオイもしねぇし。よし行くぞ、他のとこがどうなってるのか見にいかねぇとな」

「もう終わってるといいんですけどねぇ」

「あいつらなら大丈夫だろ」

「あ、ちょっと! そんな血まみれの手で触らないでください! というか血まみれの体で近付かないでください! ちゃんと洗ってください!」

「おっと。悪い悪い。血も嗅ぎ慣れたら良い匂いなんだけどなぁ」

「そんなわけないですから!」


 そんな言い合いをしながらミソラとカレンはその場を去って行く。その周辺に広がる凄惨な現場を残したまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る