第12話 お菓子か丸呑みか
同じ頃、別の方向から『北の竜牙』の部隊がディルク家へと向かっていた。
金が、女が手に入る。考えるのはそのことばかりだった。まさか他の部隊が壊滅させられているなど思いもしていなかった。
「やっぱ女だな、俺は女買いてぇよ。最近どうにも溜まっちまってよ」
「この団に女いねぇしな。俺も毎日男の面ばっかり拝んで飽きちまった。まとまった金が入ったら俺も女買いに行きてぇな」
「俺は酒だな。安酒じゃねぇぞ。たまには良い酒飲まねぇとな。それに女なら屋敷にメイドがいるんだろ。それで十分じゃねぇか」
「いやいやわかんねぇぞ。メイドだからって美人とは限らねぇからな。もしかしたらババアがいるかもしれねぇんだからな」
「アハハハッ、違いねぇ!」
男達に気負いなどあるはずも無い。ただ貴族の屋敷を襲うだけの簡単な仕事。それが盗賊達の共通認識。ましてや今部隊には二十人以上の仲間が居た。緊張などするはずもない。
しかし、結論から言うならば彼らは来るべきでは無かった。なぜただ貴族の屋敷を襲うだけなのにわざわざ部隊を編成しているのか。なぜ一つの部隊に二十人以上いるのか。その理由を考えるべきだったのだ。
だが時すでに遅く。彼らは踏み入れてしまったのだ。決して生きては帰れぬ死地へと。
「おじさん達、こんな所でなにしてるの?」
「っ! な、なんだ!」
男は突然聞こえてきた声に驚き、咄嗟に剣を構える。他の仲間達も雑談を止め、声が聞こえてきた方を注視する。
息を呑む男達。そして木々の間から姿を現したのは金髪のエルフだった。エルフにしては幼いと思ったが、その特徴的な耳と何よりも夜でも輝く金髪が彼女がエルフであることを示していた。
「エルフ……? なんでこんなところにエルフが居やがるんだよ。しかもエルフがメイド服着てやがる」
「聞いてるのはホリーなんだけどなー。この先におじさんが望むようなものは何もないよ?」
「へ、へへ……嬢ちゃんこそこんなとこで何してんだよ。ガキはもう寝てなきゃダメな時間だろ?」
こんな夜更けに子供がこんな場所に居るはずがない。頭では全員そう理解している。しかし、正常性バイアスとでも言うべきだろうか。こんな不自然な状況でも盗賊達はホリーのことをただの子供のエルフだとしか思えなかった。否、そう思い込もうとした。
「お菓子……」
「へ?」
「おじさん、お菓子って持ってる?」
「い、いやお菓子は持ってねぇけど……」
「そっかぁ……それじゃあ」
「ひっ」
男のことを見上げるホリーの目に光は無く、ドロドロと溶けるようなその眼に男は本能的な恐怖を覚えた。ホリーがゆっくり手を伸ばす。その手が男の肩に触れた瞬間のことだった。
「お菓子になっちゃえ」
ポンッ、と間抜けな音と共に男の姿が消える。そしてその場に残ったのは小さな飴玉だけだった。ホリーはその飴玉を拾い上げると、そのまま口に放り込む。
「んー、あまーい♪ このおじさんはイチゴ味だ」
「な、なにしやがったんだ……」
「お、おいお前! あいつをどこにやったんだよ!」
「どこって、おじさん達も見てたでしょ? お菓子持ってたら見逃してあげたのに。持ってないっていうから。じゃあおじさんがお菓子にならないと」
「何ふざけたこと言ってんだよ! 俺達の仲間をどこにやったって聞いてんだ!」
「あのね、ホリーはね、お菓子が好きなの。だってだって、甘い物食べるとしあわせーな気持ちになれるでしょ? ホリーはいつだってしあわせーな気持ちでいたいの。でも好きなのはお菓子だけじゃないよ。坊ちゃまも好き、レイハちゃんも好き、ツキヨちゃんもミソラちゃんもサラちゃんもカレンちゃんも好き。好きな物や人だけに囲まれて生きていたいの。だけど……」
そこで一度言葉を切ったホリーは盗賊の男達に目を向ける。その目に光は無く、まるでゴミでも見るような目だった。
「ホリーの大好きなモノを傷つけようとするおじさん達は嫌い。だから、せめてホリーの大好きなお菓子に変えてあげるの。そしたらおじさん達のことも好きになれるから」
「う、うわぁあああああああっっ!!」
狂ってる、そうとしか言いようのないホリーの言葉に盗賊の男達は恐怖を覚えてその場から逃げだそうとする。
「ダメ。逃がさない。『
その小柄な見た目に似合わず俊敏な動きで距離を詰めたホリーは次々と男達を飴玉へと変化させていく。
「おっと、早く回収しないと。えへへ、飴がいっぱいで嬉しいなー」
どこから取り出したのか飴玉の入った瓶の口を開くホリー。すると不思議なことにその瓶の中に転がっていた飴玉が回収されていく。その様子をホリーはニコニコと笑顔で眺めている。しかし盗賊達にとっては恐怖の光景でしかなかった。次の瞬間には自分もその瓶の中に入れられるかもしれないと思ったからだ。
何をされているのかもわからず、あまりの恐怖に一目散に逃げ出す盗賊達。仲間のことなどどうでもいい。自分だけ生き残ればいいと。隣を走る者を転がしてでも先に進もうとした。そうして転んだ者の怒声も次の瞬間には聞こえなくなる。他の仲間と同じように飴玉にされたのだろう。
走って、走って走り続けた。ただひたすらに森の中をがむしゃらに走って。
「はぁ……はぁ……はぁ……な、なんなんだよあのエルフは! なんであんな奴がいんだよ!」
「俺が知るわけねぇだろ!」
気付けば二十人以上いた仲間は五人にまで減っていた。しかし幸いと言うべきか、ホリーの気配も無くなっていた。
助かったのだという安堵の笑みを浮かべる者、理不尽な状況への怒りを表す者、恐怖でおかしくなったのかブツブツと呟く者。反応は様々だった。
「なんで俺らがこんな目に遭わなきゃいけねぇんだよ! ただ貴族の屋敷から金と女を奪うだけの仕事じゃ無かったのかよ!」
そもそも悪事を企んだからこそこうなったのだが、それを突っ込めるような常識的な人間はこの場にはいないし、そもそもそんな思考をできるならば盗賊にはならないだろう。
苛立ちのままに、口々に文句を言う盗賊達。しかし彼らは忘れていた。ここは依然森の中で、決して安全な場所ではないのだということを。
「あら、まだこんな所にいましたのね。とっくに逃げたのかと思いましたわ」
「っ、な、なんだてめぇは!」
盗賊の男は聞こえてきた声にビクリと身を振るわせ、しかしその声がホリーのものではなかったことに若干安堵していた。
姿を見せたのは青髪をポニーテールにして纏めたメイド服の女だった。ホリーと同じメイド服であることに警戒しながら武器を構える。
「わたくしはサラ・ソラナスですわ! 今はディルク家でメイドとして働いて――」
「メイド……メイド……うわぁあああああああっっ!!」
恐怖に耐えきれなくなったのか、盗賊の男の一人が奇声を上げながらサラに襲いかかる。
「わたくしがまだ喋っているのですけど」
サラに斬りかかろうとした男の姿が忽然と消え去る。また飴玉にされたのかとそう思った盗賊の男達だったが、すぐに違うことに気付いた。
「シュー……」
「よくやりましたわリア。まったく、これだから盗賊というのはいけませんわね。人の話を最後まで聞かない、ましてや淑女に剣で斬りかかってくるなんて。いったいどんな教育を受けてきたのかしら。いえ、そもそもまともな教育を受けていれば盗賊になろうなんて思いませんものね」
サラの背後に居たのは巨大な蛇だった。サラを守るようにとぐろを巻くその蛇の体は不自然に膨れ上がっていた。それはまるで人一人を丸呑みしたかのように。
「この子はリアですわ。美しいでしょう。白いデビルパイソンなんて滅多にお目にかかれるものじゃありませんわよ」
「デビルパイソン!?」
デビルパイソン。それは獰猛で危険な魔獣として有名だった。手当たり次第になんでも丸呑みにしてしまうその貪欲なまでの食欲に、巨大な肉体には似合わぬ俊敏さ。冒険者の中でもB級以上の冒険者にしか討伐依頼が許可されない魔獣。さらに成長すればA級でも一人では手に負えなくなるほどだと言われている。
しかしそんなデビルパイソンがサラの言うことを聞いている。頭を撫でられて目を細めるデビルパイソンはまるでペットのようだった。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことか。突如現れたデビルパイソンの威圧感に盗賊の男達は動けなくなっていた。もし少しでも動けば仲間と同じように丸呑みにされてしまうのでは無いかと思って。
だがそれは男達の命がほんの少しの間伸びただけに過ぎなかった。こうしてここにいる以上、サラは誰一人として生かして帰すつもりはなかったのだから。
「さぁリア。食事の時間ですわ。この場にいる全員、食べてしまいなさい」
「シャーッ!!」
リアと呼ばれたデビルパイソンの赤い目が光る。マズいと思って再び逃げ出しても時すでに遅し。気付けば一人、また一人とリアの呑み込まれていき、残っていた盗賊達が全員リアの腹の中へと収まるまでにそう時間はかからなかった。
「シャー♪」
「ふふ、満足そうですわね。最近は新鮮なお肉を食べてなかったですもの。たまにはこういう日があっても良いものですわ。でも、鎧や剣は吐き出しておきなさいな。体に悪いですわ」
リアはサラの指示に従ってモゾモゾと動き、器用に盗賊達が着ていた鎧や武器だけを吐き出す。
「粗悪な鎧に武器ですわね。これじゃあ売ることもできませんわ。ま、もともと期待はしてませんでしたけど」
「あーーーっっ!!」
そんなサラとリアの元に遅れてやって来たのはホリーだった。ホリーは体はパンパンに膨らませたリアの姿を見てサラに詰め寄る。
「盗賊のおじさん達、みんなリアちゃんに食べさせちゃったの!?」
「え、えぇそうですわ。何か問題がありまして?」
「せっかくおじさん達を飴にしてたのに! もうー、飴が減っちゃった」
「あなた、また人を飴にしましたのね? 何度も止めなさいと言ったでしょうに」
「えー、でも美味しいよ? サラちゃんも食べる?」
「結構ですわ。そんな飴食べたくありませんもの。言っておきますけど、坊ちゃまにもダメですわよ」
「ちぇ、わかってるよー。レイハちゃんにもダメだーって言われてるし。美味しいのになー。どんな人でもお菓子にしちゃえば好きになれるのに」
「まったく理解できませんし、したくありませんわ」
ニコニコと飴を口に放りこむホリーの姿にサラは呆れ顔で言うのだった。
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