第11話 招かれざる客達

 夜、暗い森の中をとある一団が進んでいた。あえて整備された道ではなく、人目につかないことを意識して悪路を選んでいるあたり後ろ暗いことを考えているのは明白だった。


「兄貴、こんな森の先にホントに屋敷なんかあるんですかい?」


 そんな一団の中にいた男が先頭を歩く男に問いかける。聞かれた男は呆れながら答えた。


「あ? 今更なに言ってやがんだよ。間違いねぇよ。リヒャルト達も言ってただろうが。この先にディルク家があるってな」


 そう、男達が向かっているのはディルク家の屋敷。もちろん真っ当な理由で向かっているわけがない。

 男達は盗賊団だった。ソルシュ王国を中心に活動を続ける、百人以上からなる大規模盗賊団『北の竜牙』。冒険者ギルドや国などからも警戒されているほどの盗賊団。彼らの強みはその人数の多さによる数の暴力だ。どんな実力者も数には勝てない。それが彼らの持つ持論で、これまでも格上相手にも数で押して勝利してきたのだ。

 先頭を歩くのはそんな盗賊団の中で部隊長を任されている男で、最初に問いかけてきたのはまだ入ったばかりの新米だった。


「ディルクってあれッスよね。魔王を殺したとかっていう……なんでこんな辺鄙な場所に屋敷建ててんスかね?」

「さぁな。俺が知るわけないだろうが」

「でも大丈夫なんスか? 勇者ってのはバカみたいに強いんでしょ?」

「大丈夫だ。お前知らねぇのか? 勇者ってのはもう何年も前に行方不明になってんだよ。だから今屋敷に居るのはその息子とメイド達だけらしいぜ。しかもあれだ。勇者は魔王討伐の時の報奨金をたんまり貯め込んでるって話だぜ」

「おぉ! そりゃいいっスね。だから今回全員で行くんスね」

「そういうこった。上手くいきゃ金だけじゃなくて女まで手に入るこんな上手い話ねぇだろ。久しぶりに腕が鳴るってもんだ」

「リヒャルトさんもたまにはいい情報持ってきますね!」


 そして、彼らの情報源の一つにしているのが冒険者であるリヒャルド達だった。冒険者であるリヒャルド達を抱き込み、仲間にしたことによって彼らはより多くの情報を手に入れることができるようになった。

 今回もリヒャルド達が持って来た情報を元にディルク家への襲撃を決めたのだ。


「しっかし、なんでこんな美味い場所がいままで手を出されずにいたんスかね? 俺ならまっさきに飛びつくのに」

「さぁな。大方てめぇみたいにビビったんじゃねぇか?」

「お、俺はもうビビってねぇッスよ! なにが来たってやってやりますよ!」


 盗賊団の男達に緊張の色は無い。それも当然だ。向かっているのはただの貴族の屋敷。しかも居るのは子供とメイドだけ。これほど楽な仕事も無い。手にいれた金で酒が飲みたい、メイド達で遊んでやろうなどなど下世話な話が飛び交う。

 かくいう隊長の男も、同じくディルク家に向かっているであろう他の部隊をどう出し抜くかということばかり考えていた。

 楽な仕事になるはずだったのだ。


「――ねぇ」

「うわぁっ!?」


 突然聞こえてきた声に男は驚いて飛び上がる。もう一人の男はすぐさま武器を構える。後ろからついて来ていた他の仲間達も同様だった。

 盗賊団の男達の前に姿を現したのはメイド服の女だった。


「メイド? なんだ、ただのメイドじゃないッスか。しかもめちゃくちゃ美人!」

「美人って私が? ははっ、ありがと。一応聞いときたいんだけどおにーさん達だれかな? こんな時間にお客人が来るなんて話は聞いてないんだけど」


 隊長の男は、仲間の男とは違い、そのメイドの姿に警戒心を抱いた。確かに仲間の言うように思わず目を奪われるほどに美人。こんな状況でなければ同じようにテンションを上げていたかもしれない。

 しかし、何よりも異質だったのはその腰から提げている剣だった。男達が持っているものとは形状が違うその剣の名を男は知っていた。


「太刀……」

「へぇ、よく知ってるね。でもこれはただの太刀じゃなくて大太刀なんだけど。あ、そうだ。まだ名乗ってなかったね。私はディルク家でメイドをしてるツキヨっていうんだ。まぁ短い間だろうけど、よろしく」

「いいっスよ。それじゃあ俺がよろしくしてやるッス」

「あ、おいバカ不用意に近付くな!」

「大丈夫ッスよ。お――」


 それが男の最期の言葉になった。手を伸ばしかけた姿勢のまま、首を跳ね飛ばされたのだ。

 それはあまりにも突然のことで、隊長の男もその他の仲間も全く反応ができなかった。ドサッと地面に仲間の頭が落ちると同時、呪縛から放たれたように距離をとり、武器を構える。


「囲めお前ら!!」


 隊長の男の号令に従って、武器を構える仲間達。もはや死んだ仲間のことなどは気にしていられない。ツキヨを捕まえることなど考えもせず、殺すことだけを考えていた。この危険察知能力こそが彼が隊長にまでのし上がれた理由だった。

 しかし今回に限ってはもうすでに手遅れだった。


「へぇ、なかなか良い練度だ。二十人くらいかな。まぁこれくらいなら大丈夫かな。あんまり騒ぐわけにもいかないから手早く終わらせよう」


 人数では圧倒的に有利。しかしなぜか嫌な予感が収まらない。

 ツキヨが持つ大太刀が月の光を浴びて妖しく輝く。


「月影一刀流皆伝、ツキヨ・ミチカゲ――参るっ!!」


 その言葉と同時、ツキヨの姿が忽然と消える。


「ぎゃぁああああっっ!!」

「ぐあぁああああああっっ!!」


 その悲鳴が聞こえてきたのは包囲網の後ろからだった。隊長の男が見たのは倒れ伏す仲間の姿とその先で大太刀を鞘へとしまうツキヨの姿だった。

 倒れた仲間達はみんな一刀で斬り伏せられていた。鎧を着ていても関係無しの一刀両断。何をしたのか、どう動いたのかすらわからなかった。


「防衛陣形!」

「「おうっ!」」


 包囲網を一瞬で突破された男の判断は速かった。密集し全方位を守る陣形。盾を持った仲間が四方を固めることでどう攻撃してきても対処できるようにしているのだ。


「そんなに一箇所に集まっちゃっていいのかな? じゃあまとめていかせてもらうよ――二の型『偃月えんげつ』」


 ツキヨが踏み込み、距離を詰めてくる。盗賊達は予定通り盾で防ぎ、反撃をしようとした。

 しかし、半円を描くようにして水平に振るわれた大太刀は構えていた盾すらも紙のように斬り裂いて、一瞬で五人が上半身と下半身を分かたれた。仲間からあふれ出る血しぶきを浴びながら呆然とするしかない隊長の男の前で残っていた仲間達が次々と斬り伏せられていく。

 阿鼻叫喚となって逃げ惑う仲間達を止めることもできず、男はただ立ち尽くす。否、正確にはツキヨから目が離せなくなっていた。仲間が次々と斬られているというのに、その美しさに目を奪われていたのだ。

 舞い踊るように流麗な動き、一振りで仲間が両断され血しぶきが舞う。そんな光景があまりにも非現実的過ぎて。

 そして気付けば残っているのは隊長の男だけになっていた。


「うーん、良かったのは動きだけでちょっと物足りないかな。集団で強いタイプか。個の強さはそうでもないんだね。さてと、これで残るは君だけなんだけど。ってあれ?」

「あ……ぁ……」


 一面に広がる血の海の中に崩れ落ちる隊長の男。その目にはただただツキヨの姿が鮮烈に映っていた。あれだけ斬ったのにも関わらず、ツキヨは返り血一つ浴びていない。大太刀も同様だ。不思議なことにその刀身は鞘から抜かれた時のまま、血の汚れ一つ付いていない。

 月の光の下で大太刀を手に立つツキヨの姿はいっそ幻想的で。この世の者ではないかのようだった。


「あー、壊れちゃったか。激情して向かってきてくれる方が面白かったんだけど。まぁいっか。ごめんね。一人も生かして帰すなっていうのが決まりだからさ」


 そんな無情とも言える宣言と共にツキヨは大太刀を振り上げる。死がすぐそこまで迫っていながら、男はツキヨから目を離せずにいた。

 あぁ、俺はここで死ぬんだな。そんな他人事のような感情を抱いたまま――。


「さよなら」


 男の人生はそうしてあっさりと終わりを迎えた。

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