第10話 それがハルマの望みならば

 ハルマが風呂から上がるのを待って全員で夕食を取った後、ハルマは自室へと戻った。その傍には当然のようにレイハがいる。


「坊ちゃま、今日はすみませんでした。お傍にいることができず」

「ううん。気にしないで。レイハさんだって色々やることはあったんだろうし。むしろ街の方でもっと羽を伸ばしてきても良かったのに」

「ふふ、ありがとうございます。でも大丈夫です。私は坊ちゃまの傍に居られればそれが一番ですから。もちろん坊ちゃまがお一人の時間が欲しいというなら配慮いたしますが」

「僕はただみんなが働き過ぎてないか心配なだけで。だってみんな、僕のために色々と動いてくれてるでしょ」

「そのお気持ちだけで十分です。さぁ、坊ちゃま。今日はお疲れになったでしょう。少し早いですがもうお休みになった方が良いのでは?」

「うーん、でもちょっとだけ復習とかしたかったんだけど」


 ハルマの言葉にレイハはチラっと時間を確認する。


「この時間ならまだ大丈夫ね……」

「どうしたのレイハさん」

「いえ、なんでもありません。わかりました。でも少しだけですよ。無理もよくありませんから」

「うん、わかってるよ。ありがとう」


 サラとの勉強はそうとう有意義だったのか、復習をするハルマはどこか楽しそうだった。


「今日は何の勉強をされたんですか?」

「今日は【才能ギフト】と魔法についてだよ。特に【才能ギフト】についての部分を細かく教えてもらったかな。僕は【才能ギフト】を持ってないけど、レイハさんが持ってる【才能ギフト】は『氷』だったよね」

「はい。その代償というべきか、私は他の属性魔法を使うことはできませんが。ですが、応用の幅もあって使いやすい能力ですね」

「確か【才能ギフト】って持ってる人でも能力系と強化系に分かれるんだよね。レイハさんは能力系ってことかな」

「そうですね。はっきり分けるのは難しいですが、大きくはその二つになるでしょう。私の持つ『氷』もそうですが、『炎』や『風』、『雷』などもあります。強化系は……そうですね、例えばアルバ様とシア様は強化系の【才能ギフト】ですね」

「父さんと母さん……父さんは『勇者』で母さんが『全能』だったよね」

「えぇ。あの二人の【才能ギフト】はかなりチーt……ではなく、強化系の中でも特に強力だと思いますよ」


 【才能ギフト】にも色々種類がある。能力系の【才能ギフト】は使いやすいが弱点も多い。逆に強化系の【才能ギフト】は使い方がわかりにくいものが多い。アルバの持つ『勇者』の【才能ギフト】などその最たる例だろう。レイハですらその全容は知らない。わかっているのは身体能力を超強化できること、そして剣に光属性を纏わせることができるなどだ。

 【才能ギフト】を持っていると判明した段階で使い方がわかれば良い方で、【才能ギフト】の使い方がわからないまま一生を終える人もいるほどだ。


「【才能ギフト】があるっていうのも難しいんだね。うーん、【才能ギフト】の一覧表みたいなのがあったらいいのになぁ」

「学園にはそういった目録もあるそうですよ。今までの【才能ギフト】所有者がどんな【才能ギフト】を持っていたのか、どう使っていたのかまで」

「そうなんだ! 一度読んでみたいなぁ」


 真面目に勉強するハルマの姿を見て、レイハは小さく微笑む。

 それからしばらく勉強をするハルマを見守っていたレイハだが、ハルマが少し欠伸をし始めたことで勉強を止める。


「坊ちゃま、今日はその辺りにして休みましょう。もう良い時間ですし」

「でももうちょっと」

「無理は禁物です。さぁ、寝ましょう坊ちゃま」


 半ば無理矢理勉強を中断させ、寝る準備を進めるレイハ。ハルマ自身も限界は来ていたのか、勉強を止めた途端に眠気が襲ってきてレイハにされるがままであっという間に着替えまで済まされる。とんでもない早業だった。

 ベッドに横になるハルマのベッドの傍らにレイハはそっと座る。ハルマが眠るまで傍にいる。それがハルマが幼い頃からの二人にとっての当たり前だった。


「坊ちゃま、だいぶ筋肉がついてこられましたね」

「そうかな」

「えぇ。普段頑張っておられる成果ですね」

「だといいんだけど。でもツキヨさんの刀術訓練の方は全然で。今日なんて岩を斬れって言われて。結局最後までできなかったんだ」

「それはまたツキヨらしいというか……彼女は少し特殊ですからね。坊ちゃまは坊ちゃまのペースで身につければ良いと思いますよ」

「レイハさんは岩を斬ったりできる?」

「そうですね。【才能ギフト】を使えばできるでしょうが、それ抜きとなるとどうでしょう。できなくは無い、かもしれません」

「できないわけじゃないんだ……やっぱりすごいなぁレイハさんは」

「褒めても何も出ませんよ。明日の朝食が少し豪華になるくらいです」

「褒めたわけじゃなくて本心なんだけど。でも朝食が豪華になるのは嬉しいかも。僕ももっと頑張って、レイハさんやみんなみたいに強くなりたいな……」

「……坊ちゃまは、どうして強くなりたいのですか?」

「え?」

「最近の坊ちゃまは強くなろうと頑張っておられます。ですが、なにがきっかけで強くなろうと思われたのですか?」

「僕……ずっと何もできないままだから。レイハさんや、他のみんなに守られてばっかりで。それじゃダメだと思ったんだ。僕も父さんや母さん……レイハさんみたいに、誰かを守れるくらい強くなりたいって。そしたら僕も胸を張って父さん達の息子なんだって……」

「坊ちゃま……」


 それは初めて聞くハルマの本音だった。ずっと負い目があったのだろう。何もできない、守られてばかりの自分自身に。

 初めて聞いたハルマの想いに、確かな成長を感じたレイハは嬉しさと一抹の寂しさを覚えた。レイハが手を握って、レイハの後を歩いていただけハルマはもういないのだと。


「すぅ……すぅ……」

「……お休みなさいませ、坊ちゃま」


 気付けば眠ってしまったハルマを起こさないよう、囁くように言うレイハ。その表情は慈愛に満ちていた。


「強くなりたい……ですか。もう私に守られていただけの坊ちゃまではないのですね。わかりました。それが坊ちゃまの望みならば、私が全力で叶えましょう。坊ちゃまの前にどんな障害が立ち塞がろうとも、その全てを取り除き私が坊ちゃまを高みへと導いてみせます」


 そんな新たな誓いをレイハは自身の胸に刻む。

 そしてそのままハルマの部屋から離れて行くレイハだが、向かったのは自室ではなく屋敷の外だった。

 屋敷の外に出たレイハはジッと周囲を見回してから彼女を呼んだ。

 

「ツキヨ」

「はいはーい」


 レイハがその名を呼ぶと、その隣にツキヨは降り立った。


「首尾はどう?」

「まぁ予定通りかな。たぶんもうそろそろだと思うよ。サラがそう言ってた」

「そう。ならいいわ。ではこちらもいつも通りに。坊ちゃまはもう寝たから、決して騒がないように、起こさないようにだけ気をつけて」

「りょーかい。遠慮はしなくていいんだよね?」

「えぇ。好きにして構わないわ。みんなにもそう伝えて」

「いやぁ、久しぶりに楽しい夜になりそうだねぇ」


 忽然と姿を消すツキヨ。今のレイハの言葉を他の全員にも伝えに行ったのだろう。

 いつもこれくらい早く動いてくれればいいのにと思いながらレイハも準備を始める。


「さぁ、招かれざるお客様達をお出迎えをしてあげましょう」

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