第9話 変わるもの、変わらないもの
「ただいま」
「戻ったぞー」
「あ、ミソラさんお帰りなさ――って坊ちゃまぁあああああ!? ど、どどどうしたんですかそのお姿は!」
「うわ、泥だらけだね坊ちゃま」
ハルマのことを出迎えたカレンはその泥だらけの姿に驚いてわたわたと慌てだす。もそもそとお菓子を食べていたホリーもその手を止めてしまったほどだ。
「最後のランニングの時に転んだんだ。最後の最後で足元の注意が疎かになったな坊ちゃま。まぁでもあそこまでついてこれたのは褒めてやるぞ!」
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 坊ちゃま、すぐにお風呂に入りましょう! もう用意してますから!」
「え? もうちょっと休んでから――うわぁああああああっっ!!」
風の如き速度でハルマを風呂場へと連れて行くカレン。遠ざかっていくハルマの悲鳴をミソラとホリーは見送る。
「アタシも風呂入りたかったんだけどな。汗かいたし。あ、そうだ。アタシも坊ちゃまと一緒に入ってくるか!」
「ダメだよー。前にそれしてレイハちゃんに怒られたの忘れたの? あむ。んー、この飴も美味しいなー」
「そうだった……レイハも頭硬いよな。ってかホリー、まだ菓子食ってんのか。あんた一日中食べてないか? それで夕飯食えるのか?」
「お菓子はねー、別腹なんだよー。ミソラちゃんも食べる?」
「アタシはいらねーよ。それ例のアレだろ。食いたくねーって」
「むー、美味しいのに。んー、次はどれにしよっかなー」
どこから取り出したのか、瓶いっぱいに詰まったお菓子を物色する。
「って、そういえばレイハの奴、まだ帰ってきてないのか? もうアタシ腹減ったんだが」
「もう帰ってくると思うよ。夕飯には戻るってカレンちゃんに伝えてたみたいだし」
「ただいま戻りました」
ホリーとミソラがそんな話をしていると、ちょうどその本人が帰ってきた。
レイハはでかけた時よりも多くの荷物を持っていた。
「お、噂をすればって奴か」
「レイハちゃんお帰りー。荷物いっぱいだね」
「えぇ。ちょっと買い物が予定よりも多くなってしまって」
「ねぇねぇ、お菓子は? お菓子は?」
「あなたは今朝もらったって言ってたでしょう。それについ一昨日大量に買わされた記憶があるのだけど」
「そんなのもう食べちゃったよー」
「早すぎでしょうそれは……ところで、坊ちゃまは?」
「あー、坊ちゃまなら今ちょうど風呂に行ったところだぞ。アタシとの訓練でちょっと泥だらけになったからな」
その言葉にレイハの目つきがスッと細くなる。心なしか冷気すら身に纏っているような気がする。
「ミソラ、あなたまさかまた無茶なトレーニングをしたんじゃないでしょうね」
「え、あー、いや……でも坊ちゃまも頑張ってたぞ!」
「そういう問題じゃないでしょう! 全く、前回もあれほど注意したのに。坊ちゃまが怪我をしたらどうするの!」
「そうは言ってもトレーニングに怪我はつきものだしなぁ。ちゃんとそのあたりは注意してるし。それに強くなりたいって言ったのは坊ちゃまの方だろ。認めたのはレイハじゃねぇか」
「それは……」
最初、レイハはハルマが剣術や体術の訓練をすることに反対だった。しかし他のメイド達や何よりもハルマ本人からの強い意向もあって渋々認めたのだ。
「坊ちゃまが努力したいって言ってんだから、それをサポートするのがアタシらの役目だろ」
「ホリーもそう思うよレイハちゃん。ミソラちゃんだって無茶苦茶なトレーニングしてるわけじゃないし。それに、あんまり過保護過ぎると坊ちゃまに嫌われちゃうよ?」
「うぐぅっ!?」
ハルマに嫌われる。その一言にレイハの心は甚大なダメージを受ける。想像しただけでもこのダメージ。もし本当にハルマに「嫌い」などと言われてしまった日には立ち直れる気がしなかった。
「ぼ、坊ちゃまは優しいもの。そんなことを言うはずが……」
「いやでも坊ちゃまも十四歳だろ。難しい年頃じゃねぇか。アタシの弟も同じくらいだけど、しょっちゅう姉貴うぜぇだのキモいだの言ってくるしな」
「あなたのバカな弟と私の坊ちゃまを一緒にしないでちょうだい!」
「いや、さらっと酷いこと言うなよ。まぁ確かにバカではあるんだけどな。とにかく、強くなりたいって坊ちゃまの気持ちとちゃんと向き合ってやれよ」
「それはわかってるわ……でも、だけど私は……」
「あのな、お前がそんなんじゃ坊ちゃまが――」
「まーまー二人とも落ち着いて。レイハちゃんは昔っから坊ちゃま大好きだもんねー。心配しちゃうよね」
ヒートアップしかけた二人の間に割って入るホリー。このあたりの手管はさすがにメイド最年長といったところだった。
「……一度部屋に戻るわ。坊ちゃまがお風呂から上がったら夕飯にしましょう。もう準備はできてるんでしょう?」
「うん。カレンちゃんがバッチリねー」
「じゃあ準備を進めておいて。ミソラは……まぁゆっくりするといいわ。さっきは少し熱くなってしまってごめんなさい」
「いや、熱くなっちまったのはこっちも同じだからな。アタシも部屋に戻って着替えてくる。さすがに汗を一度拭いときたいしな」
二人とわかれて部屋に戻ったレイハは机の引き出しを開ける。そこにあったのは映像を閉じ込めることができる魔晶石。その魔晶石に魔力を込めたレイハはそこに映る記録をジッと見つめる。
映っていたのは幼い頃のハルマと、そしてメイドになったばかりの頃のレイハ。その後ろにはアルバとシアもいる。
どこかぎこちない笑みを浮かべるレイハの手をハルマが握っている。その後ろでアルバとシアが楽しそうに笑っている。レイハにとって始まりの一枚。
「坊ちゃま……」
あの時からあまりに多くのことが変わってしまった。それでもレイハの想いだけは変わっていない。ハルマを守る。それだけがレイハの存在意義だった。
「坊ちゃまを守る。それが私のやるべきこと。それはこれからも変わらない。だけど坊ちゃまが変わることを望んでいるならば私は……」
魔晶石の映し出す光景を見つめながら、レイハは一つの決意を固めた。
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