第8話 【才能】とはなにか

 レイハが屋敷を出て行った後のこと。

 ハルマはサラから勉強を教わっていた。


「坊ちゃま、今日は前回の授業の復習も交えながら進めますわ」

「うん。よろしく」

「お願いします、ですわ坊ちゃま。教員には常に敬意と礼儀を払うべきですわ。さぁ、もう一度」

「お、お願いします」

「はい。よろしい。では今日は【才能ギフト】についてからですわ。坊ちゃま、前回の説明を覚えていますか?」

「うん。覚えてるよ。【才能ギフト】は生まれた時に与えられる能力のことで、持ってる人は魔法とは違う、色んな能力を使えるんだよね。神様からの贈り物で【才能ギフト】。その【才能ギフト】を持ってるかどうかは五歳の時に受ける適正検査でわかるんだよね。僕も受けたし……僕は【才能ギフト】を持ってなかったけど」

「えぇ。正確には神鏡と言われる鏡を使用することでその有無が判明しますわ。【才能ギフト】を持つ人の割合は全人口の約三割と言われていますわね。坊ちゃまのお父上が居た勇者パーティの面々は全員【才能ギフト】を持っていたそうですわ。わたくし達メイドの中ではレイハさん、ホリーさん、そしてこのわたくしが【才能ギフト】持ちですわね」

「【才能ギフト】って、遺伝するんだよね」

「えぇ。と言っても確実ではありませんわ。魔法を使える者の子が魔法を使えるわけでは無いように、親が【才能ギフト】を持っているからと言って確実に【才能ギフト】が遺伝するわけではありませんわね。確率は半々と言ったところでしょうか。ですから坊ちゃまも【才能ギフト】を持っていないことを気にする必要はありませんわ」


 それがサラの慰めの言葉であることはわかっていた。しかしハルマの心は晴れない。『勇者』の【才能ギフト】を持っていたアルバと、『全能』という【才能ギフト】を持っていたシア。その息子であるハルマはきっとすごい【才能ギフト】を持つに違いないと言われていた。しかし、五歳の時に受けた検査の結果は【才能ギフト】無し。その時に感じた周囲からの落胆をハルマは今でも覚えている。


(ううん。だからこそ僕ももっと頑張らないと。【才能ギフト】が無いなら無いなりにやれることをやらないと。いつまでもみんなに守られてるだけじゃダメなんだ)


 アルバもシアもそしてレイハも【才能ギフト】が無くても気にしなくて良いと言ってくれた。だがそれに甘んじているだけではダメなのだとハルマは自分に強く言い聞かせる。


「坊ちゃま、【才能ギフト】についても諦めることはありませんわ。お話によればあなたの父であるアルバ様も五歳を過ぎてから、十五歳の頃に『勇者』の【才能ギフト】を授かったとか。それ以外にも後天的に【才能ギフト】を手に入れた例はいくつか存在しますもの。もしかしたら坊ちゃまも後天的に目覚めるかもしれませんわよ」

「ありがとう。でも手に入るかどうかわからない【才能ギフト】に頼るより、僕は僕にできることを身につけたいんだ」


 ハルマの言葉にサラは少しだけ驚いたような顔をする。しかしすぐに笑みを浮かべた。


「それでこそですわ坊ちゃま! さぁ春からの学園生活に向けて学ぶべきことはまだまだありますわ。今度は魔法についての勉強をしていきますわよ!」

「お、お手柔らかに……」




 それから午後、昼食を食べた後にハルマは今度はツキヨとの剣術訓練に勤しんでいた。


「ふっ、ふっ、ふっ!」


 木刀を手に素振りを繰り返すハルマ。

 素振りを始めてからもうすでに一時間が経とうとしていた。額には汗が滲んでいたが、ハルマは素振りを止めることはしない。


「ふぁあ、うんうん。だいぶ形は様になってきたんじゃないかな」

「そうかな?」

「最初の頃なんて三十分も素振りしてたら型はグチャグチャだし、動けなくなってたでしょ。それ比べたら全然良くなってるよ。うーん、もうそろそろ実戦的な動きに入ってもいいかな」


 実戦、という言葉にハルマは息を呑む。ツキヨから刀術を教わるようになってから一年。ハルマは一度も本物の剣を握ったことは無かった。素振りと型の練習ばかり繰り返していたのだ。


「まぁ坊ちゃまに教えてるのは普通の剣術じゃなくて、私の刀術だからちょっと癖があるんだけど。使うのも剣じゃなくて刀だしね。とりあえず坊ちゃまには私の使ってる小太刀を貸してあげる。はいパス」

「うわぁっ、急投げないでよ」

「あはは、ごめんごめん。でもいい反応だったよ。抜いてみて」

「う、うん。わかった……」


 若干緊張しながらハルマは小太刀を鞘から抜く。初めて手にする本物の刀は見た目以上に重く感じた。でもそれ以上にハルマは刀身の美しさに息を呑む。素人であるハルマでもわかった。この刀は業物なのだと。


「じゃあさっそく使っていこっか。とりあえずあそこの岩から斬ってみよっか」

「わかった……って、え!?」

「どうしたの? 早く斬ってよ。そしたら今日の授業はもう終わりでいいからさ。私も早く終わらせて寝たいし……ふぁあああ」

「いやいや無理だよ! だってあの岩僕よりも大きいし! というか刀で岩が斬れるわけないでしょ!」

「できないって言ってたら何もできなくなっちゃうよ。大丈夫、坊ちゃまの体には私の刀術の基礎がもう身についてるはずだから。後はそれを使うだけ。簡単だよ。タイミングを計って、振り抜く。ただそれだけ」

「そんなこと言われても……もっと最初は案山子からとか」


 ハルマとてバカでは無い。岩というものがどれだけ硬く、そして重いかを知っている。いくら持っている小太刀が業物だとはいえ、それだけで岩が斬れるとは思えなかった。

 不安げなハルマを見てツキヨは仕方無いと木刀を手に立ち上がる。


「ふぁ……いい、坊ちゃま。刀って言うのはね、斬るためにあるの。岩だろうが鉄だろうが、呼吸とタイミングさえ合えば斬れる。私の教えた刀術はそういうものだから。だからその気になればこの木刀でも――」


 シュッと風を斬るような音が一瞬ハルマの耳に届いた。そしてその直後、岩が縦に割ける。その岩の断面は驚くほど綺麗だった。

 ハルマにはいつ斬ったのかすらわからなかった。

 

「こんな感じで斬れる。ね、わかったかな?」

「わかるわけないから! 木刀で岩を斬るって……えぇ……」

「うーん、困ったなぁ。ここで躓かれると思ってなかったんだけど。最終的には魔法も斬れるようになってもらう予定なのに」

「もっと無理だから!」




 ツキヨとの剣術訓練の後は今日最後の授業はミソラとの体術訓練だった。


「力! すなわち筋肉だ坊ちゃま! どんな局面だろうと最終的には力さえあればなんとかなる! というわけで腕立て、腹筋、背筋、スクワット、さらにもうワンセット追加だ!」

「ふっ、くぅ……はぁ……はぁ……うん、わかった!」

「いいか坊ちゃま。ただ漫然と動作を繰り返すだけじゃダメだ。どこの筋肉をどう動かしてるか。それを意識してやるんだ! 武器が無くなろうが魔力が無くなろうが、筋肉さえあればなんとかなる! 窮地も乗り越えられる!」


 獣人であるミソラは何よりも肉体の強さを重要視していた。獣人族はドワーフ族と同じで一部の種族を除いて魔法が使えない。だからこそ肉体を鍛え上げることで他の種族と渡り合ってきたのだ。

 しかし、獣人式のトレーニングは人族であるハルマにはかなりキツかった。いっそ理不尽なトレーニングであれば諦めもついただろう。しかしミソラのトレーニングはいつもハルマの限界を少し超えた所を求めてくる。もうひと踏ん張りすれば届くかもしれない。そう思えてしまうからこそハルマも頑張ることができていた。


「良いペースだぞ坊ちゃま。さぁこのままもうひと踏ん張りだ! 燃やせ、心と筋肉を!」


 ミソラはハルマの努力を知っている。

 偉大すぎる父母と比べられ、どれだけ努力しても【才能ギフト】が無いというだけで認められ無かった。しかしそれでも捻くれることなく、まっすぐに育ったハルマのことを純粋に凄いとミソラは思っていた。

 そして今もハルマは一歩でも前に進むためにミソラやツキヨからのしごきに耐えている。そんな姿を見ているからこそ、ミソラは自分のできる限りをハルマに教えたいと心から思うのだ。


「よし、坊ちゃま! 筋トレが終わったら今度は森の中をランニングだ。悪路でいかに姿勢を崩さずに走り続けるか。全身のバランスが重要視されるからな。アタシの後に続いて走ってもらうぞ! 返事!」

「は、はいっ!!」


 そしてその後も体力が無くなって倒れるまでハルマはミソラにしごかれ続けるのだった。

 

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