第7話 頼みを聞く条件
「面倒見て欲しい冒険者だと?」
ハーマッドの言葉にレイハはあからさまに嫌そうな顔をする。
「嫌だよ。なんでオレがお前の頼み事聞かなきゃいけねぇんだよ」
「そういうだろうな。だが、当然ただ働きじゃない。もちろん報酬はある」
「はっ、金か? それとも物か? どっちにしてもオレは欲しいもんなんかねぇし、受ける理由は――」
「情報だ」
「……情報だと?」
「オレが提示するのは情報だ。アルバとシアについてのな」
「どういうことだ。オレはギルドに依頼してたはずだよなぁ。アルバとシアの情報を集めてくれって。今日もらった報告書はなんだ。ただの飾りか?」
レイハは苛立ちを隠そうともせずに言う。レイハがギルドに出した依頼はアルバとシアの捜索及び、その情報の収集。長期依頼としてギルドに委託し、ギルドがそれを冒険者に斡旋する形でレイハは情報を集めていた。今の所めぼしい情報が無いというのが実情だが。それでもレイハはギルドの情報収集能力を頼りにし、依頼を継続していたのだ。
しかし、今のハーマッドの言葉はその根幹の信頼を揺るがしかねないものだった。
「今までこっちに寄こしてた情報はなんだ。ただの形か? やってますってみせかけか? くだらねぇ、使えねぇ情報ばっか寄こしやがって。本命はずっと隠してたってのか? どうなんだよてめぇ」
溢れ出す怒りが抑えきれないのか、レイハの体からあふれ出る冷気が室内の温度を一気に氷点下まで下げる。
机の上に置いてあった飲み物だけでなく、様々な物が凍り付き、その影響は室内だけでなく外にまで及ぼうとしていた。
「言いたいことはわかるが落ち着け」
「これが落ち着いてられるか!」
「一つ勘違いを訂正しておくぞ。別にオレは情報を出し渋ったわけじゃない。オレが提供するのは、オレが個人的に調べた情報だ。お前の依頼を受けた冒険者達が出した情報は全て渡してある。それがお前の期待に添えないものであったのは……まぁ申し訳ないと思うがな」
「だから契約違反してるわけじゃねぇって、そう言うのかよ」
「そうだ。オレが個人的に調べて、個人的に所有している情報をお前に提供する理由は無いだろう」
「……ハーマッド、お前のそういうところマジで嫌いだ」
「悪いとは思ってる。だが、現状でお前に対して使えそうな交渉材料がこれくらいしか無かったからな」
「……チッ」
レイハは溢れ出していた冷気を抑え、しかし苛立ちは隠そうともせずにドカッとソファに座り込む。
「つまらねぇ駆け引き覚えやがって。その情報も使えなかったらマジで覚えとけよ」
「期待に添うものかはわからないが、まぁ役には立つだろう」
「で、その面倒見て欲しい冒険者ってなんなんだよ」
「あぁ。最近入ってきた有望株の冒険者でな。クラップとバレッタという二人の冒険者だ。冒険者になってまだ一年程度だが、もうC級まで到達してる有望株だな」
「へぇ、そりゃ普通にすごいな。一年やそこらじゃ普通はD級止まりだろうに」
冒険者はE級から始まる。そこからD級に上がるまでに一年から二年はかかる。それを一年でC級まで上がるというのはかなりの才能だった。
「一年でA級にまで上がったお前がそれを言うか」
「オレはもっとすごいからな。で、そいつらがどうしたんだよ」
「才能があるのは間違いない。いずれB級、いやA級に上がるのも難しくはない。そう思えるレベルの奴らだ」
「そこまでべた褒めするほどの奴か。珍しいな」
ハーマッドがここまで手放しで褒めているのを初めてみたレイハは多少の驚きと共にその冒険者達に若干の興味を抱いた。
「そう。実力だけ見ればこの上ない逸材と言える。だがなぁ、だからこその問題が起きた」
「わかった。あれだろ。そいつら調子に乗りやがったな」
「そういうことだ。まったく情けない話だが。なまじ実力があるだけに手が付けられなくてな」
「で、オレに叩きのめせって?」
「必要とあればな。オレができれば一番なんだが、ギルドマスターが一介の冒険者に必要以上に介入するわけにもいかないからな」
「もうしてるだろ。オレだって同じじゃねぇのかよ」
「お前は冒険者である前にオレ達の仲間だろう。たとえ世に知られてなかったとしても、オレ達だけはそれを知ってるからな。あの城での戦いはレイハ居たからこそ勝つことができた」
「……ふんっ。まぁ適当にしごいてやるよ。ただこっちに来させろよ。オレが坊ちゃまから離れるわけにはいかねぇんだからな」
「わかってる。ただ油断はするなよ。クラップとバレッタは二人とも【
「へぇ二人ともか。なおさら珍しいな。そりゃ調子に乗るわけだ。オレにはどうでもいいけどな。受けたからにはこなす。でもやり方はオレに任せてもらう。その結果二人が冒険者止めても知らねぇぞ」
「そこまでは……いや、そうだな。その時はその程度だったということだ。それで折れるならこれから先はやっていけないだろう」
ハーマッドから許可を得たレイハはニヤリと笑う。
「言ったからな。やっぱダメってのは無しだぞ」
「男に二言はない。それと、これが報酬の情報だ」
「……ってか、ハーマッドも調べてたんだな」
「当たり前だろう。あいつらはオレにとっても大事な仲間だ。探さない理由がない。オレだけじゃないぞ。他の二人もだ。できる限りのことはしてる。まぁそれでも見つけることはできていないんだがな。本当にどこに行ったのか」
「まぁあいつらなら大丈夫だろ。つーか大丈夫じゃなきゃ許さない」
「ガハハッ!! そうだな。何か事情があるんだろう。まったく、戻ってきたら一言二言文句を言うじゃ済まないな」
「当たり前だ。どれだけ坊ちゃまのこと悲しませてるか。ってそうだ。そっち願いをきく代わりってわけじゃねぇけどもう一つ頼みたいことがある」
「ん? なんだ」
「実は――」
レイハはもう一つの頼み事を口にする。ハーマッドその頼み事に驚き、しばらく迷った後に首を縦に振った。
「いいだろう。もしそうなったならその時は一切関与しないと約束する。できればそんなことは起きない方が良いんだがな。確実なのか?」
「さぁな。でもオレの勘的には間違いない」
「お前の勘はよく当たるからなぁ。無茶はするなよ」
ハーマッドの言葉を聞いたレイハは報酬として受け取った封筒を手に立ち上がる。
「ではハーマッド様、話は終わったようなので私はこれで失礼します」
「お、おぉ。しかしすごいなその変貌ぶりは。まるで別人だ」
「ふふっ、そんな大層なものでもないんですけどね。ようは意識の問題ですから。ハーマッド様だってギルドマスターとしての自分と、そうじゃない自分があるでしょう。同じ事です。
「わかった。ちなみにお前のことはどう伝えておく? A級冒険者だってことは言っておくか?」
「そうですね……いえ、引退した冒険者、とでも。その方が面白そうですから」
「ん? ガハハハッ!! なるほどな。そういうことか。いいだろう。そう伝えておく。それとまた今度会う時は細かいことは抜きにしよう。飯でもおごってやる」
「お断りします、と言いたい所ですが……まぁそうですね。機会があれば」
クスッと小さく笑ったレイハは頭を下げて部屋を出て行く。
部屋の外にはハーマッドの秘書であるセレナが居た。会話を聞かないようにするためか、離れた位置で耳まで塞いでいる。その律儀さにレイハは思わず笑ってしまう。
セレナはレイハが出てきたことに気付くとサッと立ち上がる。
「わざわざ席を外してもらってありがとうございました」
「いえ。命令でしたから」
「ふふ、では私はこれで」
「お気を付けてお帰りください」
「えぇ、ありがとうございます」
そのまま足早にギルドを出たレイハは空を見上げる。ハーマッドと話している内に思ったよりも時間が経っていたのか、時刻はすでに昼になろうとしていた。
「もうお昼になったのね。今頃坊ちゃまは昼食を食べている頃かしら。はぁ、できれば坊ちゃまの元に戻りたい……あぁ、坊ちゃま。って、そんなこと考えてる暇があったら早く用事を済ませないと」
ギルドでの用事が終わったとはいえ、レイハがこの街でやるべきことはまだまだ残っている。手持ちの道具の整備、買い物、手紙を出すなど、挙げ出せばキリがない。
「待っていてください、坊ちゃま!」
一秒でも早くハルマの元へと戻るため、レイハは気合いを入れ直して走り出した。
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