第6話 ギルドマスターとレイハの本性
フルムレアから調査資料を受け取ったレイハはそのままギルドマスターのいる部屋へと向かった。その表情はあまり明るくはない。むしろどこか嫌そうな雰囲気すら醸し出している。
部屋の前についたレイハは短く深呼吸してから部屋の扉をノックする。
「おう。入ってきていいぞ」
部屋の中から聞こえてきた声にやっぱりかとため息を吐きそうになる。そんな気持ちをグッと堪えてレイハは部屋の中に入る。
部屋の中に居たのは獅子の獣人族の大男。座ってるソファもかなり大きめなのだが、座っている男があまりにも大きいので比較的小さく見えてしまうほどだ。身長が優に二メートルを超えているだけでなく、腕も足も太い。鍛え上げられているのが一目見ただけでわかる。
部屋の中にはもう一人同じく獅子の獣人族の女性がいたが、ぺこりと小さく頭を下げるだけで何も言わない。
「久しぶりだなぁ、レイハ」
「……お久しぶりです、ハーマッド様」
「ガハハハッ!! まぁとりあえず座れよ。立ち話ってのもなんだろうからな」
冒険者ギルドのトップに立つ男。ハーマッド・シェリン。その名を知らぬ者はいないだろう。なぜなら彼は名高き勇者パーティの一人。その勇者パーティで常に前衛を務め、しかし一度も倒れることはなかった男。ゆえに付けられた名が【不沈要塞】。絶対の防御と攻撃を持つ男だ。
勇者パーティは『人魔大戦』後、様々な方面から声をかけられた。
それは当然といえば当然のことで、それぞれ話し合った結果、ハーマッドは冒険者ギルドのマスターに。ミーナは教育機関のトップに、そしてアルトは鍛冶組合の長となった。
全ての誘いを断ったアルバとシアは報奨金だけをもらって表舞台から姿を消した。
そんな英雄の一人であるハーマッドがレイハに旧知の仲であるかのように気安く声をかけている。何の事情も知らぬ人が見ればそれはひどく奇妙な光景だっただろう。
「セレナ」
「かしこまりました」
レイハが座ると同時、ハーマッドが傍らに立っていた女性に声をかける。彼女――セレナはレイハの前に飲み物を置くと、一礼して部屋から出て行く。
「……彼女は?」
「あぁ、オレの秘書だ。かなり仕事ができる奴でな。気が利くし色々と助けてもらってる。オレはどうも書類仕事ってのが苦手だからな」
「でしょうね。あなたにはもったいないくらいの人材かと」
「おいおいひでーな。それより……もういいだろ」
「……何の話ですか?」
「いつまで猫被ってんだって話だよ。セレナには席を外してもらったし、この部屋は外に会話が漏れる心配もない」
「……チッ。そういう変に気が利くところがマジでうぜぇ」
レイハの態度が豹変する。
座る姿勢すらも崩し、頬杖をついてハーマッドのことを睨み付ける。
まるで別人が憑依したかのような変わりよう。しかしそんなレイハの姿を見てハーマッドは驚くどころか大声で笑い出す。
「ガハハハハッ! やっぱりお前はそうじゃないとな。お前が「ハーマッド様」なんて言って来るもんだからつい笑ってしまったぞ! 何か変なものでも食ったんじゃないかってな! 勇者パーティに居た頃からずっと口が悪かったからなお前は」
これこそがレイハの素。正しくは、勇者パーティやごく一部の者だけが知るレイハの姿だ。メイドとしてのレイハしか知らないハルマには決して見せない、見せれない姿。
「うるせぇ声がでけぇ死ね」
「ふむ。なら久しぶりにやり合うか? 最近はどうも張り合いのある相手がいなくてな。お前ならば大歓迎だ」
「ふざけんな。なんでオレがそんなめんどくせぇことしなきゃいけねぇんだよ。だいたい、お前とは相性が悪いんだよオレは」
「なんだ弱音か? まぁお前はオレ達の中で一番弱かったからなぁ」
「ぶち殺すぞ」
レイハの全身から殺気と冷気があふれ出る。室内の気温が一気に何度も下がったような気さえする。しかしハーマッドは怯むどころか笑みをさらに深くする。
「そうだ。やっぱりお前はそうでないとなぁ。すっかり変わってしまったのかとも思ったが、それでこそレイハだ。ならば今から、と言いたいところだが……残念なことにセレナに私闘は止められているからな。それよりも家ではどうしてるんだ? ずっとあのままか?」
「あ? んなの当たり前だろうが。坊ちゃまがいるんだぞ。むしろ家では一番気をつけてるわ」
「ふむ、坊ちゃま……アルバの息子か。ハルマだったか。小さい頃に一度会ったきりだな。もう十四歳、今年で十五歳になるんだったか。元気にしているのか?」
「当たり前だろうが。坊ちゃまを病気になんかさせるわけないだろ。オレが居るときは怪我だってさせねぇわ。坊ちゃまはてめぇみたいな図太い奴と違って繊細なんだよ」
「随分と過保護だな。男なんだろう。だったら魔獣の群れに放り込んで戦わせたりしないのか?」
「するわけねぇだろうが! てめぇと一緒にすんじゃねぇよ!」
「もったいないな。あのアルバとシアの息子なんだ。鍛えれば強くなるだろうに」
「……いいんだよ坊ちゃまは。坊ちゃまはオレが守る。この先何があろうとも絶対に。だから強くなる必要なんてねぇんだよ」
「ふむ、それがお前の考えか。過保護過ぎると思うがな。まぁその話は置いておこう。今日はいくつか話があって来たんだ」
「暇人かよ」
「否、暇ではないぞ。ギルドマスターというのは実に多忙でな。王都から出るのでさえ一苦労だ。今回だっていようやく都合を付けて来れたんだからな」
「皮肉に決まってんだろうが。で、なんだよ話って」
「まずはお前のS級昇級についてだ」
冒険者の最上級ランクであるS級。世界中で見ても百人もいない。なろうと思ってなれるものでもない。S級への昇格とは名誉なことだった。しかしレイハは嘆息して首を振る。
「またその話か……それなら何回も断ってんだろうが。ってか、オレはもう冒険者じゃねぇっての。半引退状態だっての。そっちが止めるから籍だけ残してんだろうが」
「そうは言われてもな。お前の冒険者としての功績を考えれば簡単に辞めてもらうわけにはいかないし、A級で留めている方がおかしいんだが。昇格を受けてくれないとギルドはちゃんと評価しないと思われるだろう」
「なんでオレがお前らのためになりたくもねぇS級にならなきゃいけねぇんだよ。なったらなったであれやこれや理由付けて呼び出すくせによ。オレは坊ちゃまのメイドだ。冒険者やってたのだって坊ちゃまのためだ。オレは別にC級だろうがB級だろうがなんでも良かったのに、無理矢理A級まであげたのはてめぇらだろうが」
「そう邪険にするな。A級に上がった恩恵もたくさんあっただろう?」
「同じくらい面倒もあったけどな」
「手厳しいな。やはり無理か。まぁ仕方ない。あんまり期待はしていなかったからな。ふむ……ちなみになんだが、もしハルマがS級になって欲しいと言ったらどうするんだ?」
「なるに決まってんだろうが。当たり前のこと聞いてんじゃねぇぞ」
「即答か。なら今度はハルマの方からアプローチをかけて――」
「おいハーマッド、もし坊ちゃまに余計なちょっかい出してみろ。ただじゃ済まさねぇぞ」
「じょ、冗談だ冗談。そんなことするわけないだろ」
レイハから本気を感じ取ったハーマッドはすぐに言葉を撤回する。それだけ凄みをレイハは放っていた。
「んな話するためにわざわざ来たのかよ。だったら無駄足だったな」
「まずは、と言っただろうが。本題はここからだ」
「本題?」
「あぁ。実はな、お前に面倒を見て欲しい冒険者がいるんだ」
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