第5話 新人ギルド職員ティータは見た

 その日も、冒険者ギルドの新人職員であるティータは仕事に追われていた。

 冒険者ギルドの職員になってからの毎日は多忙で、それこそ何度も心が折れそうになったが同僚や先輩達に支えられてなんとかここまでやってくることができた。

 そうして少しだけ仕事にも慣れてきた頃に事件は起こった。

 いつも通りの日だった。お昼ご飯に何を食べようか、あのお店に行ってみようかなんて考えながら冒険者からのナンパをいなし、業務をこなしていた朝。

 ギルドにやって来たのは目を見張るほどの美人だった。輝いているようにも見えるプラチナシルバーの髪、そして宝石と見まがうほどに美しい碧眼。目つきは多少キツいが、それすらも美しさを引き立たせるアクセントになっている。美の神というものの存在を信じてしまいそうになったほどだ。あまりにも違いすぎて嫉妬すら湧いてこない。そんな人がメイド服を着ているのだから目を惹くのも当然だった。自分の容姿に多少の自信があったティータですら息を呑んだほどだ。



(すっごい美人さんだぁ。メイド服ってことはどこかの貴族のメイドさんなのかな? 初めてみたなぁ)


 コルドにも当然ながら貴族は住んでいる。だからメイドも何度か目にしたことがあるのだが、今ティータの目の前に現れた女性は見たことが無かった。メイド服にも見覚えが無い。

 周囲の冒険者達がひそひそと話している声が耳に入る。


「おい、あれって」

「間違いねぇ。あのメイド服、ディルク家の奴だ」

「マジかよ。ってことは噂の?」

「あぁ。関わっちゃいけねぇ。くわばらくわばら」


 他の冒険者達も同じ認識なのか、まるで海が割れるかのようにごった返していた人波が割けていく。そしてティータと女性の間に一直線の道ができた。

 女性は何の迷いも無く、当然と言わんばかりにその道を歩いてティータの元へ近付いてくる。


「え? え? わ、わたし?」


 逆に戸惑うのはティータだ。近くで見ればなおのこと伝わる美しさ。纏う空気さえ違う気がするのだから不思議だ。


「え、えっと……お、おはようございます。本日はどういったご用件でしょうか」


 声を振るわせずに言えたのは奇跡だった。ティータは目の前の女性に目を奪われ、離すことができない。


「ギルドに依頼している件について進展があったとのことなので、ハルマ・ディルクの名代として来ました」

「……あっ、は、はい! ハルマ・ディルク様のご依頼ですね。少々お待ちください!」


 声まで綺麗だと場違いな感想を抱いていたティータは一瞬呆けた後、慌てて動き出す。


(ハルマ・ディルク、ハルマ・ディルク……ディルク? あれ、ディルクってどこかで聞いたことがあるような……)


 そんなことを考えていたティータの思考は遮ったのはギルドに入ってきた冒険者だった。


「よぉ姉ちゃん、依頼か? だったら俺らが受けてやってもいいぜ、なぁニルス、ダリット」

「あぁ。これでも俺らC級冒険者だからな。きっと力になれると思うぜ」

「嬢ちゃんからの依頼なら安くしてやるよ」


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらメイド服の女性に近付く。明らかに下心を含んでいた。

 この冒険者達のことをティータは知っていた。ティータがやって来たのとほぼ同時期に王都からやって来た冒険者達だ。リヒャルト、ニルス、ダリットの三人組。全員C級冒険者だ。実力はB級冒険者相当だと言われているが、素行の悪さゆえにB級への昇格が認められていないのだ。

 ティータも最初の頃は何度も声をかけられて迷惑した。同僚や先輩達のおかげで事無きを得たものの、その強引なやり口に何度か身の危険を覚えたものだ。

 しかし、今回に限っては誰も助けようとしなかった。それどころか憐れみの表情を浮かべるだけ。

 そんな同僚や先輩、他の冒険者達が助けないなら自分が助けなければと義憤に駆られたティータは立ち上がろうとしたが、それよりも早く女性が口を開いた。


「あなた達――!」

「失せなさい」

「あ?」

「死にたくなければ私の前から消えろと、そう言ってるんです」


 そんな物言いに眦をつり上げるのはリヒャルトだ。しかし目の前の女性は全く怯まない。


「てめぇ、こっちが優しくしてやってるからって調子に乗るんじゃねぇぞ!」


 短気なリヒャルトはそれだけでキレて掴みかかろうとする。

 

「触ることを許可した覚えはありません」


 その一瞬、ティータは冷たい風が吹いたような気がした。その直後だった。

 ガラガラと大きな音を立てて落ちたのはリヒャルト達三人が来ていた鎧。それがすっぱりと切り裂かれていたのだ。

 ほとんど裸のような格好にされた三人は何が起きたのかを理解できずにパクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返している。

 ティータも同じだった。何が起きたのかを全く理解できていない。


「これは警告です。最初で最後の。でなければ――」


 気付けば女性の手には短剣が握られていた。いつ抜いたのかもわからない。

 冷たい声音が彼女の本気を如実に告げている。

 彼女がもう一度短剣を振るう。ティータには一瞬手が動いた程度にしか見えなかった。

 それはリヒャルト達も同じだったのだろう。しかし彼らはすぐに自分が何をされたのかに気付いた。自分の首から血が流れていたからだ。決して深い傷ではない。だがたしかに血が流れていたのだ。その事実に気付いたリヒャルト達は顔を真っ青にする。


「今度はその首と胴体がお別れすることになりますね」

「ひっ……う、うわぁああああああああっっ!!」

「ば、化け物だぁあああああっ!!」

「助けてくれぇえええええええっっ!!」


 リヒャルト達は鎧を拾うこともせず、荷物すら投げ捨ててギルドから飛び出してしまう。


「ギルド内での揉め事は当人同士で解決すること、でしたね」

「え、えっと……はい。でもそれはあくまで冒険者同士の場合で」

「だったら問題ありません。私も冒険者の資格は持っていますから」


 そう言って差し出されたのは一枚のカード。それは彼女が冒険者であることを証明するものだった。


『A級冒険者 レイハ』

 

 カードに書かれていた文字にティータは目を丸くする。


「A、A級冒険者!? あなた、A級冒険者なんですか!?」

「あの、少し声が……」

「あ、ごめんなさい。つい興奮してしまって」


 しかしティータが興奮するのも無理はなかった。A級冒険者とはそれだけ稀少な存在なのだから。数百万人はいるとされている冒険者の中で、A級までたどり着けるのはほんの一握りだけなのだから。


「レイハさんって言うんですね」

「あ、そういえばまだ名乗ってなかったですね。ディルク家でメイドをしているレイハです。あなたは見ない顔ですけど、新人さんですか?」

「はいっ! つい最近ここに赴任してきましたティータって言います!」


 彼女、レイハがA級冒険者であるということを知ってようやくティータは先ほどの同僚や他の冒険者達が動かなかった理由を理解した。動く必要がなかったのだ。彼女一人で対応できてしまうから。


「そう。冒険者の相手は大変だと思うけど、頑張ってくださいね」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

「…………」

「…………」

「あの、それで……依頼の方は?」

「……はっ! すすす、すみませんすっかりうっかり、えとえと……」

「はい。これでしょ」


 横からサッと資料を差し出したのはティータの先輩ギルド職員であるフルムレアだった。


「先輩!」

「フルムレア、あなた居たのね」

「たった今戻ってきたの。さっきの冒険者、あなたでしょ」

「絡んで来たのは向こうよ」

「それはそうだろうけど。はぁ、まいっか。やり方も昔よりはマシになったし」

「昔のことは蒸し返さないで。で、それが今回の調査資料なの?」

「えぇ。そうなんだけど……」


 資料を受け取ろうとしたレイハの手をさっと避けるフルムレア。当然レイハは何のつもりかと視線を強くする。

 

「ごめんなさい。でもね、一つ伝えなきゃいけないことがあって」

「なに?」

「実はね、上で待ってる人がいるの」

「待ってる人? 誰なの?」

「ギルドマスター。私達のトップね。レイハが来たら部屋まで来るように伝えて欲しいって」

「ギルドマスター……彼が来てるの? 王都にいるはずじゃ」

「出張でこっちに来たみたいよ。とりあえず伝えたから。はいこれ」

「……ありがとう」


 調査資料を受け取ったレイハはそのまま外……ではなく、受付の横を通って上の階へと向かった。おそらくギルドマスターのいる部屋へと向かったのだろう。


「あのあの、どうしてギルドマスターがレイハさんを呼び出すんですか?」

「んー、まぁ色々あるのよ」

「先輩は知ってるんですか? というか先輩とレイハさんっていったいどういう」

「あの子とはちょっと付き合いが長いの。ほら、そんなことどうでもいいから仕事する。待ってるから」

「あっ、すみません。次の方どうぞ!」

「お待たせしました。こちらの方もどうぞ」


 ティータは再び仕事へと戻ったが、その頭の中ではずっとレイハのことを考えていた。


(レイハさん、カッコよかったなぁ……今度会ったら「お姉さま」って呼んでいいか聞いてみたり……えへ、えへへ……)


 その日からしばらく、突然何かを思い出すようにボーッとしてはニヤニヤと笑い出すティータの姿に多くの冒険者達は恐怖を覚えることになったのだが、それはまた別の話である。

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