第4話 同じメイドだとしても仲良くできるとは限らない

 屋敷を出たレイハは屋敷の周辺に広がる森を通り抜けて街へと向かう。

 鬱蒼とした森のなかで唯一整備された道を進む。普段からしっかり魔物や魔獣の討伐を行っているからこそ、危険な気配は無い。とはいえ危険なことには変わりなく、それなりの実力が無ければここを一人で歩くことはできない。

 レイハは一秒でも早く用事を終わらせてハルマの元へ戻るために森の中を駆け抜ける。普通に歩けば二時間近くかかる道をレイハはものの十分程度で走破してしまった。全てはハルマへの想いが成せる技だ。

 森を駆け抜けたレイハは息が切れる様子も無く、人目につく前に身なりを整える。ディルク家のメイドとして、情けない姿を見せるわけにはいかないのだ。

 レイハがやって来たのは屋敷から一番近い場所にある街コルドだ。王都ほどでは無いが、それなりに栄えている街だ。レイハ達の住む森に住む魔獣や魔物、盗賊などからの襲撃を防ぐために大きな防壁に囲われている。

 防壁を守る兵士に通行証を見せて防壁の中へと入ったレイハはさっそく冒険者ギルドへと向かった。


「買い物……は、後回しの方がいいわね。荷物が増えても面倒だし」


 ギルドへの道中、レイハ達がいつも利用している市場を通る。

 そこはコルドで買い物をするならば誰もが利用する場所で、レイハ以外にも他家のメイドの姿もチラホラとあった。

 

(カリオス家、コユサギ家、それにアフレース家のメイドもいる)


 メイド服を見ればどこの家のメイドかわかる。家ごとにメイド服に違いがあるからだ。色で違いを出している家もあれば、高級素材を使い派手な模様を入れている家もある。そうした違いがあるからこそ、知識さえあれば服を見ただけで誰がどこのメイドなのか一目でわかるのだ。

 そしてそれはレイハも同じ。しかし、他家ほど服を弄っているわけではなくスタンダートなメイド服にディルク家の紋様が肩のところに刺繍されている程度だった。

 もちろんそれでもわかる人にはわかるのだが、ディルク家の紋様が有名かと言われればそんなこともなく。

 あくまで有名なのは【勇者】である『アルバ・ディルク』だけであり、ディルク家は今も下級貴族のままなのだ。


「おうレイハちゃん、また買い物かい? 今朝ホリーちゃんが来てたけど。もしかして買い忘れか?」

「いえ。今日は買い物じゃありません。ギルドの方に用事がありまして」

「そうかい、また寄ってくれよな!」

「はい。もちろんです」

「おぉ麗しのレイハさん。どうですこの魚。鱗まで光輝いてまるでレイハさんのように美しいとは思いませんかっ」

「フィ、フィルさん……えっと、そうですね。新鮮で良い状態の綺麗な魚だと思いますよ。私のように美しいっていうのはちょっと恥ずかしいですけど」


 レイハ達もいつも利用している市場だ。当然顔見知りも多い。少し歩くだけであちらこちらから声をかけられる。

 そんな中で、いつもレイハが野菜を買っている店の店主である恰幅の良い女性が息子を連れてレイハの前に現れた。


「あ、レイハちゃんこの間はどうもありがとね。レイハちゃんのおかげで助かったよ。まったく、うちのボンクラ息子ときたら。ほら、あんたからもちゃんとお礼言いな! あんたのせいで迷惑かけたんだからね!」

「う、うっせーなババア! 俺はただハルマと」

「ハルマ様でしょうが! ごめんねぇレイハちゃん。このバカにはキツく言っといたから」

「いえ、気にしないでくださいグラーナさん。あの時は止めなかった坊ちゃまにも非がありましたから。ターキ君も、ね?」


 グラーナの息子であるターキとハルマは友達同士だ。昔にレイハがハルマを連れてコルドへやってきた時に知り合い、そして友人となった。男同士で年も同じだったからか、すぐに打ち解けることができたのだ。それ以来たびたび訪れては一緒に遊んでいる。

 しかし以前、その遊びに中で二人で森へと向かってしまい魔獣に襲われたことがあったのだ。もちろんレイハがすぐに駆けつけたおかげで二人とも傷一つ負うことは無かったが、その時のことをグラーナは謝っているのだ。


「っ! ふ、ふんっ! 母ちゃんおれ配達行ってくるから!」


 気にすることは無いと微笑みかけるレイハに何故か顔を真っ赤にしたターキは顔を隠すようにしてそのまま走り去ってしまう。


「あんたっ! あぁもう、ほんっとにあの子は。レイハちゃん、また今度いっぱいサービスさせとくれ。でなきゃアタシの気が済まないよ」

「本当に気にしなくていいんですけど。でしたらお言葉に甘えて」


 グラーナと別れたレイハは周囲の視線――他家のメイド達の視線が自分に向いていることに気付く。

 この市場は買い物のための場所であると同時にメイド達にとっては情報を交換するための場所でもある。おそらくレイハのことを知らなかった者がいたのだろう。


「彼女、ディルク家のメイドよ」

「ディルク家?」

「えぇ。防壁の外……わざわざ森の中に住んでるおかしな人達よ。あまり関わらない方が良いわ。他のメイド達も変な人達ばっかりだもの」


 ヒソヒソと話していても、耳の良いレイハには聞こえてしまう。しかしレイハはそんな会話は毛ほども気にしない。言わせたい奴には言わせれば良いというのがレイハのスタンスだ。もしハルマの悪口であればその限りではないが。

 そんな他家のメイド達のことを無視してレイハは市場を抜ける。そしてコルドの中心に位置する広場へとやって来た。

 冒険者ギルドはどこの街でもその中心に位置していることが多い。冒険者ギルドとは情報が一番集まる場所であり、実力者が集まる場所でもある。何かあった時にすぐにでも対応できる場所に置いておきたいのだ。

 ギルドの中は喧噪に満ちていて、その声が外にまで響いている。


「はぁ、いつ来てもここは本当にうるさいですね」


 冒険者ギルドの扉を開くと、その中にいた人の視線が一斉にレイハへと集中する。しかしそれも一瞬のことで、入って来たのがレイハだとわかった途端目を逸らす。外とはまるで反対の反応だった。

 巻き込まれてはたまらないと言わんばかりにレイハの進行上に居た冒険者達が道を空ける。当のレイハはそれを当然のことのように受け止め、受付まで進む。

 受付にいた職員の少女は突然のことに驚いて目を白黒させながらレイハのことを見上げる。


「え、えっと……お、おはようございます。本日はどういったご用件でしょうか」





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