第3話 ディルク家の事情

 朝食後、ハルマはレイハから一日の予定を伝えられていた。


「今日は午前中はサラと勉強。昼食後、小休憩を挟んでツキヨと剣術の練習。その後は夕食の時間までミソラと体術の訓練です」

「ミソラさんか……ミソラさん、厳しいんだよね」

「坊ちゃまのためです。学院では勉学や魔法だけでなく、剣術や体術の授業もあるそうなので。その時に坊ちゃまが恥をかかないためにも最低限は身につけておくべきかと」

「それはわかってるんだけど……」

「それに自衛の手段というのは多いに越したことはありませんから。もちろん何があろうとも私たちが坊ちゃまのことをお守りいたしますので、そんな万が一など考える必要もありませんが」

「……そうだね。ボクのためだもんね。うん、ボク頑張るよ」

「その調子です。坊ちゃまなら大丈夫です。坊ちゃまにできないことなどありません」

「そこまで言われるとちょっと恥ずかしいんだけど……そういえばレイハさんは今日なのかあるの? いつもはレイハさんが勉強を教えてくれてたよね?」

「えぇ。できれば私も坊ちゃまの傍を離れたくはないのですが……実は冒険者ギルドに顔を出さなければいけなくなりまして」

「ギルドに?」


 冒険者ギルド。薬草の採取や魔獣の討伐、または捕獲など様々な危険に命を賭ける者達が所属する場所だ。基本的にはどんな依頼でも受けてもらえることもあり、その需要は幅広い。そしてレイハ達もまたギルドに一つの依頼を出していた。


「アルバ様達についての新しい情報が入ったのかもしれません」

「あ……」


 レイハの言う二人とは、アルバとシア。勇者パーティの要とも言われた二人でもありハルマの実の両親でもある人物。

 アルバとシアは十年前から行方不明になっていた。生きているのか、死んでいるのか、それすらもわからない。レイハとハルマに少し用があると言って出かけたきり、戻ってきていないのだ。

 レイハはそんな二人の捜索と手がかりを探すためにギルドに長期的な依頼を出していたのだ。

 両親の名前を出されたハルマは少しだけ暗い顔をする。普段はあまり顔に出さないが、心配していないわけでは無い。ハルマがどれだけ二人の帰りを待ち望んでいるか、それをレイハは知っている。


「そんな顔をしないでください坊ちゃま。あの二人ならきっと大丈夫です」

「……そう、だね。うん。それじゃあそっちはレイハさんにお願いしようかな。よろしくね」

「はい、お任せください。さ、坊ちゃまも勉強の準備を。サラは待たされるのが嫌いですからね」

「そうだった。もう行かないと。それじゃ」


 サラとの勉強へ向かうハルマのことを見送ってからレイハも出かける準備を始める。

 ディルク家の屋敷は街から離れた場所にある。そのため一度出かけてしまえばすぐに帰ってくることはできないのだ。

 部屋に戻り最低限の準備を済ませたレイハが出かけようとしていると、遠くからカレンの声が聞こえてきた。


「レイハさ~ん!」

「どうしたのカレン。あなたにはホリーと一緒に屋敷の掃除をするようにお願いしてたはずだけど」

「えっとですね、その掃除のことなんですけど。掃除用具が一つ壊れていたのを思い出しまして……」

「壊れていた?」

「そうなんですよ。箒なんですけど、年季が入ったものだったからですかねー」

「…………」


 若干目を逸らしながら言うカレンに、わかりやすすぎると内心で呆れながらレイハは指摘する。


「私が一週間に一度用具の点検をしているのは知ってる?」

「えっ!? そ、そんなことしてたんですか?」

「えぇ。そして私が最後に確認したのは一昨日。その時に掃除用具も点検したけど、すぐに壊れそうな物は一つも無かったのだけど。特に箒は新調してからまだ半年も経っていなかったはずね」

「うっ……」

「壊したのね」

「……はぃ」


 レイハの凍てつくような視線にカレンは消え入るような声で頷く。しかし、次の瞬間には勢いよく顔を上げた。


「で、でもですね! 違うんです! えっと確かに壊しちゃったんですけど、わざとでは無かったというか不慮の事故というか……ホリーさんと箒で空を飛べたら楽しいよね、って話をしてて。私が適当に、飛行の魔道具でも取り付けたら飛べたりしないですかねーって言ったらホリーさんがそれだって言って取り付けて。それで試してみたら……」

「思った以上に勢いよく箒が飛んでぶつかって折れてしまったと。箒だけでなく魔道具まで使ったのね」


 その時の様子を想像したレイハは思わずため息を吐く。カレンもホリーも仕事はこなすのだが、たまにこうして予想もしないことを引き起こす。


「言いたいことは山のようにあるけど、時間も無いから今はいいわ。はぁ、仕方ないわね。街の方に行ったら新しい箒を買っておくから、今日は物置にある予備を使って。それとホリーには帰ったら私の部屋に来るように伝えておいて。もちろんあなたも一緒に来ること。いい?」

「わかりました……って、レイハさん街の方に行かれるんですか?」

「えぇ。所用で。帰りはおそらく夕方頃になると思う。夕飯までには戻るから。今日の担当はカレンだったわね。坊ちゃまを落胆させることがないように」

「も、もちろんです!」

「それと私が居ないからってサボらないように。特にツキヨにはそう伝えておいて。たぶん今もどこかで眠りこけてるんだろうけど」

「そういえば部屋に戻ってく姿を見かけましたね」

「……叩き起こしておいて。周辺の魔獣狩り、今日はツキヨの担当だから」

「わかりました」

「それじゃあ私はもう行くから。屋敷のことはお願いね。もし本当に何か緊急のことが起きたら」

「魔道具でレイハさんに連絡、坊ちゃまの安全最優先、ですよね!」

「えぇ。じゃあ行ってくるわ」

「はい、行ってらっしゃいです!」

 

 そうしてレイハはカレンに見送られて屋敷を出た。

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