第15話 そしてまた日常は続いていく
夢を見ていた。すぐにこれは夢だとレイハは自覚した。理由は単純だ。
レイハ自身の視点がいつもよりも小さく、そして目の前にアルバが居たからだ。
そのアルバの姿も、レイハの記憶よりも少し若くなっていた。場所にも覚えがある。魔王との戦いの後の祝賀会の会場である王城だ。
この時のレイハはまだ九歳で、祝賀会での騒ぎに耐えきれず王城のバルコニーに避難していたのだ。
「ふぅ……疲れた……」
飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎ。貴族も平民も、王族すら関係無く騒ぎまくっていたのだ。
まだ子供だったレイハは酒を飲むこともできない。早く宿に帰りたいとそんなことばかり考えていたレイハの所にやってきたのがアルバだった。
「なに一人で黄昏れてるんだ? あっちでシアとミーナがお前のこと探してたぞ」
「うっ……ここに居る。見つかったらめんどくさい」
「逃げても無駄だと思うけどなぁ。ははっ、まぁお前らしいな」
「ちょ、頭触るな。撫でるなキモい」
「っと、悪い悪い。つい癖でな。いや、でもお前の頭が撫でやすい位置にあるのが悪いんじゃないか?」
「勝手にオレのせいにすんな! 今に見てろ、お前よりでっかくなって見下してやる!」
「そりゃ楽しみだな」
「な~で~る~な~!!」
少し酒が入ってテンションが上がっているのか、嫌がるレイハの姿を見てケラケラと笑うアルバ。しかし少しするとアルバは表情を真面目なモノに変える。
「ところで、お前この後はどうするんだ?」
「あ? この後って。宿に帰って寝るだけだろ。こっちは勇者パーティの一員じゃないんだからな」
「それなぁ。ホントに良かったのか? あいつらはまだ納得してないみたいだぞ」
「いいんだよ。オレは表に出るようなタイプじゃないし。王様に褒めてもらうなんて、欠片も興味が無い。それに、元とはいえ盗賊のオレが勇者パーティなんて外聞が悪いだろ。そういう変に揚げ足取られるような要素は無い方がいいんだよ」
「俺達は気にしてないし、そんなわけわからんこと言う奴らのことなんて気にしなくていいだろ」
「さすが勇者様、お優しいこって」
「茶化すなよ。俺達は――」
「いいんだよ。オレはその気持ちだけでな。別に全員に賞賛して欲しいわけじゃない。お前らが知っててくれるならそれだけで十分だ」
「ったく、ガキのくせにいっちょ前なこと言いやがって。もっと欲深くなっていいんだぞ」
「いやだね。オレは知ってるんだ。富と名声には面倒が付き纏うってな。そんなのはごめんだ。後は適当にのんびり細々暮らしてくだけだ」
「いやいや、その考えは早すぎるだろ。まだ九歳だろお前」
「ハッ、こっちは色々と人生経験豊富なんでな。どうするかって具体的な話は決めてないけど……まぁ旅? とかはしてみてもいいかもな」
魔王討伐の旅は終わった。それならば今度はただ世界を見て回る旅をするのも面白いんじゃないか、この時のレイハはそんな風に思っていた。
しかし、この次のアルバの言葉がレイハの人生を大きく変えることになる。
「具体的に決めてないなら、うちに来る気はないか?」
「は? どういうことだよ」
「うちのメイドにならないかって話だよ。どうだ? 悪い話じゃないだろ」
「お前……いきなりメイドになれはキモすぎるぞ」
自分のメイド服姿を想像してレイハはゾッとする。驚くほど似合ってなかった。
「俺がキモいみたいに言うな! 言っとくが、俺の提案じゃ無い……こともないが、最初に提案したのはシアだからな。俺達に息子が居るのは知ってるだろ」
「あー、確か四歳だが五歳だかのガキがいるって話だったな」
「そうだ。ハルマって言うんだけどな。お前にこいつの面倒を見て欲しいんだ」
「……あ? なんでオレがガキの面倒見なきゃいけねぇんだよ。オレはガキが嫌いなんだ。知ってるだろ」
「お前も十分ガキだけどな。でもうちの子はいい子だぞ。まだ小さいのに、俺達の事情をちゃんと汲んでくれてるしな。しかも優しいときた。目に入れても痛くないってのはまさにこのことだな」
「親馬鹿かよ……」
「ゴホン、とまぁそんな子なんだが……ちょっと色々あって友達がなかなかできなくてな。だからお前に友達、それか姉貴分的な存在になってやって欲しいんだ」
「なんでだよ。っていうかオレ、そういうナヨナヨしてそうなガキ嫌いなんだが。絶対性格合わねぇしな」
「ま、それは実際に会ってみて決めたらどうだ?」
「は?」
「実はな、今日連れてきてるんだ。さっきからあそこでこっちの様子見てる」
アルバの指差す方を見れば、バルコニーの入り口の所でシアの後ろに隠れてレイハのことを見ている子供が居た。
「ほらハルマ、こっちに来い。このお姉ちゃんが前に話してたお姉ちゃんだ」
アルバに呼ばれたハルマはシアに背中を押されて恐る恐るといった様子で近付いてくる。
「は……はじめまして……ハルマ・ディルク……です」
これがレイハとハルマの出会い。魔王討伐という一大事が終わった後にレイハを待っていた新たな始まりの瞬間だった。
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「……っ!」
窓の外から聞こえてくる鳥の声に目を覚ます。
「また懐かしい夢を……」
ハルマと初めて出会った日の夢。見るのは今日が初めてではない。もう何度も同じ夢を見ている。レイハの人生のターニングポイントと言っても過言ではないのだから当然だ。あの日の出会いがレイハを変えることになった。
ただ血に塗れるばかりだったレイハの人生に、新しい意味を生み出してくれたのだ。
「あの頃の自分に今の自分の姿を見せてもきっと信じないわね」
レイハとハルマが出会ったのは祝賀会の日だが、レイハとハルマが打ち解けたのはもっと先の話だ。もし今のレイハを昔のレイハが見ればきっと目を見開いて驚くに違いない。そんな自分が容易に想像できる。
身支度を調えながらレイハは昔のことを思い返す。昔のレイハは自分にメイド服が似合うわけがないと思っていた。しかし今はどうかと言えば、存外見れるようになったのではないかとレイハ自身は思っている。
それもこれもハルマに相応しいメイドになろうと努力した結果だ。今までも、そしてこれからもレイハはハルマだけのメイドで在り続けるとそう決めていた。
「さて、それじゃあ今日も頑張りましょうか」
夢の中とはいえ、昔のハルマの姿を見ることができたレイハは上機嫌でキッチンへと向かう。
ディルク家の朝食は当番制だ。メイド達が日替わりで担当している。ハルマの朝食、当然手を抜けるはずもない。昨日盗賊団を倒した時以上の集中力で朝食作りに励む。
そうして全員分の朝食を作り終えてから向かうのがハルマの部屋だ。
音を立てないように、静かに部屋の中に入るレイハ。ハルマは昨日の鍛錬の疲れもあってか眠ったまま起きる気配は無い。
「この様子だと昨日のあれも気付かれてなさそうね。良かった。坊ちゃまにあんな世界を見せるわけにはいかないもの」
レイハはずっと裏の世界で育ってきた。だからこそその醜さをよく知っている。他のメイド達もそうだ。裏の世界を知っている者ばかり。唯一カレンだけは例外だが。そしてだからこそハルマをそんな世界に関わらせたくはない。ハルマには表の世界で生きていて欲しい。
それがレイハ達メイドの願いだった。
ハルマの寝顔は穏やかでそれこそいつまでも眺めていられるほどだったが、レイハは心を鬼にしてハルマのことを起こす。
「坊ちゃま、起きてください」
「んぅ…………レイハさん?」
寝ぼけ眼をこするハルマに昔とは違う心からの笑みを向けるレイハ。
「おはようございます坊ちゃま。もう朝ですよ」
こうしてディルク家の一日は幕を開ける。レイハのメイドとしての一日が始まるのだ。
〈第一章 了〉
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