採用担当者の憂鬱

浅賀ソルト

採用担当者の憂鬱

人事を担当している友人から聞いた話。新入社員のうち何人かは数日とか数ヶ月でやめる。

「で、人事担当になんでこんな奴を採ったんだと責任が問われるわけですよ」

「雇う前にそれが分かれば苦労はしないって」

「ほんとそれ」友人はしみじみ言った。

「早期退職をAIで予想みたいなニュースやってなかった?」

「あー、あれね」

知っている人もいると思うが、早期退職を予想するAIというのが研究されていてニュースになった。

「けどね、この早期退職を予想するっていうのは昔っから言われてて、どれもすぐに消えてってるんよ」

「そうなの?」

「学校の成績とか、希望職種の傾向とか、性格分析とか、容姿や服装、言葉遣いから分析とか、とにかくもう本当になんでも見た。顔写真から分析とかあったよ。そのうち手相や誕生日から予想とか出てくるんじゃない」

「なーんだ」

「それで分かれば苦労しないって奴よ」

私は友人と違って人事担当ではないけど、やめそうにない人が急にやめたりその逆もあったりと経験している。あと、仕事の能力も最初の予想とは外れたりするのが普通だ。

「で、結局のところ、どうするの?」

「採用担当の成績ってことになってるんだけど……」

「あー」

言っていることは分かる。早期退職されると採用担当の評価が下がるわけだ。お前の人を見る目がないんじゃないか、と。

「分かるでしょ?」

「そうすると、何がなんでもやめないでって話になるよね」

友人は急に声を小さくして、「実はここだけの話ね」と言った。

「うん」

「前の採用担当が、入社直後に退職すると損害賠償を行うって脅してて」

「芸能事務所じゃん」

「実は、その芸能事務所のやりかたをパクったんだって。『すぐにやめたら弁償してもらうぞ』って」

「それでそれで?」

「で、ある新人が、それでもやめたくなって、無断欠勤をしたんよ」

「うん」

「まあ最初は、事故とか危ない病気かってことになったんだけど、そのうち例の退職代行サービスみたいなの? あれから連絡が来て」

「あー、あれか。誰が使うんだと思ってたけど、そういうときに使うんだ」

「で」さらに友人の声が小さくなる。「その前の担当は代行サービスのところに行って……」

「行って?」さすがに聞いたことのない話だ。

「その社長の家族の写真を撮って、『この代行依頼は断れ。お前の家を知ってるぞ』と」

「ナニソレ」

「で、代行依頼を断る連絡を目の前で入れさせたのよ。『申し訳ありませんが、今回の依頼は取り下げさせていただきます。大変難しいケースですので、ご自分で辞職願を出してください』と」

「うん」

「そうしたら次の日にちゃんとその新人が出社してきたのよ」

「それは、そうか……」

「当然、そんなんだから体調不良から鬱病の発症になるでしょ?」

「うん」

「どうしたと思う?」

「……この展開なら診断書を書いた医者の住所をつきとめるしかないでしょう」

「まさにそうなんだけど、医者ってあんまりそういう脅迫って効かないのよ」

「そうなんだ」知らんがな。とはいえ、医者って脅迫に強そうなイメージはある。

「そう。で、その前の担当者は、その心療内科の患者に対してどんどん嫌がらせしていったのね。あそこに通うとひどい目に遭わせるぞ、と」

「……それ、どこまで通じるの?」

「この話ね、どこかに気の強い人がいて、警察に駆け込むとか、弁護士の相談するとかすればよかった話なんだけど、たぶん、全員が気が弱かったのよ」

「全員が気が弱かったのかー」

「最終的に医者も折れて診断書の取り下げとなったのね」

「辞職願も取り下げ、医師の診断書も取り下げ、と。それで?」

「それで出社できたのは数日だけで、また来なくなったから、今度は家まで迎えに行くようになったのね」

「もう放ったれよ」

「で、担当者としては、これはもう仕事をさせてもしょうがない。ある程度の費用の回収をしよう、と。で、生命保険に入会させて、親を受取人にして、その親に、生命保険から会社に与えた損害については弁償致しますと念書を書かせて……」

「待て待て待て。怖すぎる」

「最後まで聞いて。ここまで聞いたら最後まで聞かなくちゃ」

「いや、最後まで聞くけど」

「けどすぐに自殺した場合には生命保険って下りないでしょ?」

「そうなの?」

「そうなの。保険金で費用を回収するには事件とか事故とか、あと病気とかじゃないと」

「なるほど」

「で、やったのが、家の中でカセットコンロで一人鍋をしているときの一酸化炭素中毒。この偽装が大成功。そして親も気弱だったから素直に生命保険から何割かを会社に与えた損害の弁償として回収できたんだって」

「あー、どっかで悪が滅ぶと思ったのに成功みたいになった」私は大声で嘆いた。こんな話じゃ全然気持ち良くならない。

「大丈夫。その担当者、転職したんだけど、そこで思ったほど年収が上がらなかったんだって」

「ちくしょう!」

私はなんだか悔しくなって叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

採用担当者の憂鬱 浅賀ソルト @asaga-salt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ