秋の風

 昼間はセミの声が、夜は秋の虫の声が聞こえる季節。

 夏休みが明けてすぐの9月のことだ。今年はすぐに土日が来たから、今日は普通の休みだけど、まだ夏休み気分である。


 夏休み、結局何もしなかったなと思いながら布団の中でごろごろする。もう太陽は真上にあるような時間だけど、体を上げる気にはならなかった。

 母も父もアウトドア派なので、休みの日は外にいることがほとんど。だけど、その子どもの私は圧倒的インドア派である。今日もそんないつも通りの日で、家にいるのは私ひとりだ。

 今になって、カーテンが開かれた窓から太陽が差し込んできて眩しい。クーラーの効いていない部屋で布団にくるまっているのはそろそろ暑くなってきたし、起き上がろうかという気持ちになる。体は重い。

 まだ布団の上でごろごろすることを試みたけれど、やっぱりどうしても暑くて、起き上がることを決めた。

顔を洗うと目ははっきりしてきた。それと同時に空腹感が襲ってくる。恐らく昨日の夕飯の残りが今日の朝食兼昼食になっているだろうと、冷蔵庫を覗きにいく。

 すーっと涼しい風が流れてくる。冷蔵庫の中には昨日の夕飯の残りが入れてあった。ご飯とおかずとお茶を取り出す。


 窓を開けると少し強い風が入ってきた。

 鬱陶しいと、顔に張り付く髪の毛をはらいながらも、変化に気がつく。いつもみたいにぬるく重たくなくて、さっぱりしていた。

 そういえば、1週間くらい前から秋の虫の声が聞こえていた。やっぱりもう秋なんだ、夏休みは終わっているんだと実感する。

 そのままもっと体を外に出すと、暑いは暑いけれど、過ごしやすくて風が気持ちよかった。それは外でご飯を食べようかと珍しい気持ちになるくらい。

 広くはないベランダだけど、うちのベランダには、小さな机と椅子が置かれている。本当にパソコンと飲み物が何とか置ける位の大きさ。親が時々そこで仕事をしているのを知っている。

 私はそれを見て、自分は絶対に嫌だなんて思ってしまっていたけれど、今なら気持ちが分かる。爽やかな風が髪を揺らしていた。


「ピピッピピッ」

 電子レンジの音が聞こえて、台所に戻った。

 先程まで温めていた、タッパーに入ったおかずを取り出して、今度はお米を温め始める。そして、コップにお茶を入れて1口飲んだ。その分を足すより多めにお茶をついで、おかずと一緒にベランダの机へと運ぶ。

 風があるからと髪の毛を結いていると、また電子レンジの音が鳴った。今度はお米が温まった合図。


 お箸とご飯と一緒にベランダへ行くと、おかずに虫が止まっているのが視界に映る。

「うわっ」

 思わず声が出た。そろそろと近づくと、見間違いでもなく、虫が止まっていて、さらに近づくとそれは飛んで行った。

 最悪だ。やっぱりこれだから外は嫌なんだ。蓋をしていなかった私も悪かった。折角の良い気分は一気に下がり、虚しい気持ちに変わってしまった。右手に持ったお米と箸をそのままに、部屋へ持ち帰る。

 おかずとお茶を取りにベランダへ戻ると、さっきまでさっぱりしてた風は熱を持ち始めたように感じたし、太陽の日差しが眩しく感じられた。


 おかずは表面を念入りに剥ぎ取り、お茶は流しに捨ててきっちり洗う。

 見ていなかっただけで虫が入っていた可能性もあると考えると、そのまま飲む気にも、虫が触れていなかったところを食べる気にもなれなかった。家にだって小さい虫がいて、料理に触れている可能性があることは分かっているけれど、見てしまうとどうしても嫌なのだ。母や父は触れてたところ以外はそのまま食べてしまうのだろうけれど。


 リビングでご飯を食べながらさっきの出来事を思い出す。やっぱり私はエアコンを付けた、涼しくて、日焼けもしなくて、虫も居ない、室内が良い。自然の風も、綺麗な雲も、太陽に照らされてキラキラしている建物も、全部要らないから。

 そして、ひとつため息をした後に呟いた。

「蓋、しておけばよかった。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る