風が吹く

すがら

お気に入りの場所

 殆どの店がシャッターの閉まる商店街を抜けてから1つ目の角を右に曲がると、一見行き止まりに見える。だけど、実はその右側に、細い道があるのだ。そこを進んだ所には、蔦が伸びて張り付いている二階建ての古い建物がある。私のお気に入りの店だ。

 中に入ると、見た目とは裏腹に冷房はガンガンに効いていて、先程までの暑さはもうどこかへ行ってしまった。

 一応は売り物だというのに、本はそこらじゅうで床に積まれている。足元に気をつけながら奥へ進むと、そこには店主である男が床に寝っ転がって本に夢中になっていた。私にも気づかずに。

 いつもこうなので、最初こそ恐る恐るだったけれど、もう慣れっこだ。店主の隣に積まれた本からして、今日は児童書の気分のようだ。

 店主はその時々の気分によってテーマを決めて本を読むらしく、前回はミステリであったし、その前は、、、忘れてしまったけれど、ジャンルだったり、著者だったり、時には表紙の色とか、とにかく何かしら決めている。そして、絵本から専門書まで、見境なくなんでも読む。


 ここは古本屋である。個人図書館という方が正しい気がするけれど。

 というのも、店主が本の虫であるがために、自分で買って読んだ本を古本として売っているらしい。でも図書館はなんで?と思うかもしれない。それは本が売れないからだ。先程話したように、この店はあまりにも人に気づかれにくいために、1部の常連を除いては、基本的に来客が無い。その上、立ち読みが可能であり、どちらかと言うと本は売れて欲しくない店主自身が、それを推奨してしまっている。

 お金はどうしているんだろうとか色んな疑問はあるけれど、気にしないでおく。


 いつものように気になる小説を見繕って机に持っていく。そう、ご丁寧に机と椅子も置かれているのだ。今日は気になる本をどうしても1冊に決められなかったので、机には2冊が重なっている。その流れにのっとって、上の方を先に読み始めることにした。

 先に読んだ店主の軌跡を辿って、私も頁をめくる。もうそこは本の中の世界だ。


 *


 夕焼けチャイムが聞こえる。小学生の大きな話し声も、おばちゃんのよく通る笑い声も聞こえる。ちょうどキリの良い所である小説に栞を挟んで顔を上げた。今日はもう帰ろうかな。続きは楽しみだけれど、急いで先に進めたいタイプでは無い。

 開かれなかったもう1冊も手に取って、2冊とも店主の元へ持っていく。渡しておけば、少なくとも2週間は取り置きしておいてくれる。跡の付かない栞であれば、栞を挟んでおくことも問題無い。

「今日は2冊?珍しいね。」

「どうしても決められなくて。次の時にもう1冊を読みます。」

 その後、軽くたわいのない話をして、それではまた、と挨拶をする。


 空はまだ明るい。うだるような暑さに、あちー、と独り言を呟いて家へ帰る。

 冬は外の暗さに驚きながら、その寒さに身を縮めるし、春と秋はその時々だけど、空と気温になにかしらの感情を持つ。

 あれは夏休みだったから、帰りが早かった時のことだけど、雨上がりの街の青空に、絵に書いたような大きな虹が掛かっていて、とても綺麗だったことがある。その時は思わず中にいる店主に声をかけてしまった。


 図書館よりも静かで、落ち着いていて、本に囲まれることが出来る、ここが私のお気に入りの場所である。

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